アレンジ
番外編: 続・この映画の原作がすごい!(上)
こ
のブログを始めたばかりの頃に、映画の出来に関係なく、あくまで"本"としての面白さで選んだ映画原作本を紹介する記事を書きました(
「番外編: この映画の原作がすごい!(海外篇)」
と
「番外篇: この映画の原作がすごい!(国内篇)」
)。100冊にこだわったため、泣く泣く外した本もあれば、またそもそもその存在をすっかり忘れていた本もあり、またあれから二年、新たに巡りあった本もあったりして、改めて「これは」と思うものを数え上げてみれば、なんだかんだでけっこういい冊数。というわけで、ここらで再びオモシロ原作本の紹介記事、題して
「続・この原作がすごい!」
でございます。
選んだ本の数は、50冊。特定の贔屓作家の作品がずらりと並んではつまらないので、前回に引き続き、選択基準は
"一作家につき一作品"
。むろん、以前に取り上げた本の著者とのダブりもありません(うそ。実はとある理由で一冊だけあります)。全作まとめてひとつの記事にする予定が、半分書き終わったところで、ずいぶん長くなってしまったので、(上)(下)の二回に分けることにしました。そんなわけで今回は、五十音順に並べたタイトルの「あ」行から「さ」行まで、25冊の紹介。いずれも前回記事の出がらしなどでは決してなく、飛び切り面白い作品ばかりです。そもそも"本"が映画化されるということは、それが面白いからに決まっているわけで、個人の趣味に合う合わないは別として、畢竟、映画の原作本にハズレなし、と言い切ってしまっていいかもしれません。
ちなみにイラストは、リチャード・スタークの
"悪党パーカー・シリーズ"
第一作、
「悪党パーカー/人狩り」
二度目の映画化作品、
「ペイバック」
(1999)の主人公、"ポーター"を演じたメル・ギブソン。なぜ主役の名前が"パーカー"でないかといえば、それは著者が著作の権利を売っても、主人公名の権利は売らなかったから。知財大国アメリカの権利ビジネスは、かくも複雑繊細なのですね。
* 絶版・品切れ以外の作品については、本の画像からAmazonの当該ページにリンクしてます。
続・この映画の原作がすごい!(あ行~さ行)
原作名:
青葉繁れる
著者名: 井上ひさし
映画化作品: 「青葉繁れる」(1974年 監督:岡本喜八)
著者自らが青春時代を過ごした終戦直後の仙台を舞台に、バンカラの気風を色濃く残しながらも、その実、アタマの中はオンナのことばかり、という冴えないにもほどがある、しかしいつの時代も高校生なんてそんなもんだ、という青臭い若者四人組(途中から五人になる)の、イタくて恥ずかしく、甘酸っぱい青春の日々のあれこれを、井上ひさしらしさ全開のユーモラスな筆致で描いた、ノスタルジックな青春小説。高校生の頃、その面白さ(となんといってもその薄さ)に惹かれて二度も三度も読み返した本であるにもかかわらず、つい最近まで、その存在をすっかり忘れていました。なぜ今頃になって思い出したかといえば、つい最近、たまたまケーブルTVで放映していた映画を観たから。映画の感想は、やめておきましょう...
原作名:
赤ひげ診療譚
著者名: 山本周五郎
映画化作品: 「赤ひげ」(1965年 監督:黒澤明)
幕末の小石川養生所を舞台に、病苦にあえぐ貧しき人々とその救済に尽くす無私無欲の医長、新出去定のヒューマンな姿を描いた連作時代小説。ことあるごとに去定に反発する御殿医志望の若き医員見習い、保本登の人間的成長を描いたビルドゥングスロマンでもあります。前回は、山本周五郎の存在をすっかり忘れていたのですが、遅ればせながら
「椿三十郎」
(1962)の記事を書いたときに、あっと思い出しました。
三十郎の人物像が、原作(
「日日平安」
)の主人公と似ても似つかない、まったくの別人("バケモノ")に作り変えられていたのに対し、どこかしら三十郎に似た面影のある
「赤ひげ」
(1965)の主人公、新出去定の粗暴で無愛想で腕っ節が強くて、そしてホントは人情家というキャラクターは、そっくりそのまま、原作に描かれているとおりのものだったりします。要するに、映画の去定の"バケモノ"っぷりは、いかにも黒澤明が作って三船敏郎が演じたからのようにみえて、その実、原作者の意図していた人物像そのものなのですね。そのうち映画についての記事を書く予定なので、詳しくはまたそのときに。
原作名:
悪党パーカー/人狩り
※絶版
著者名: リチャード・スターク
映画化作品: 「ペイバック」(1999年 監督:ブライアン・ヘルゲランド)
リチャード・スタークは、実は前回取り上げた
「ホット・ロック」
の著者、ドナルド・E・ウエストレイクの別名義。要するに、この作家だけダブっているのですが、でもあくまで"別名義"ということで。軽妙洒脱なコメディ・タッチの作品が多い著者が、同じ作家の手によるものとは思えない、硬質かつ非情なタッチでもって、しかしプロットを自在に操る融通無碍な職人芸はそのままに描いたピカレスク小説が、何を考えているのかよくわからない(阿佐田哲也風にいえば"うたわない")一匹オオカミの強盗、"パーカー"を主人公にした、
"悪党パーカー・シリーズ"
。本作はその第一作目にあたる作品ですが、全23冊のち、邦訳された20冊は、いまやすべてが絶版状態。既読はほんの数作です(初期作品の古本は、なにせ高くて手が出ない)。そもそも本作も長らく絶版だったのですが、映画化されたお陰で、めでたく復刊されました(ただし、その後またすぐに絶版)。
ちなみに
「ペイバック」
(1999)は二度目の映画化で、エピソードをかなり脚色しつつも、原作のスピード感をうまく汲み上げた、テンポのいい佳作。特に活字では表現不可能な、映画ならではのクライマックスが素晴らしい。しかしなんといっても、カルトの呼び声が高い最初の映画化作品、ジョン・ブアマンの
「殺しの分け前/ポイント・ブランク」
(1975)を観たくて観たくて仕方がないのです。
原作名:
悪魔のような女
※絶版
著者名: ボアロー&ナルスジャック
映画化作品: 「悪魔のような女」(1955年 監督:アンリ=ジョルジュ・クルーゾー)
"ボアナル"ことピエール・ボアローとトーマス・ナルスジャックが共作した長編第一作。いわゆるフレンチ・ミステリらしい、こってりじっとりした心理描写が魅力のサスペンスです。ちなみにヒッチコックの
「めまい」
(1958)の原作も、この作者。思えばテーマと展開に、どこか似通ったところのある物語です。
ジョルジュ・クルーゾーの傑作スリラーを観たあと、ずいぶん経ってから原作を読んだのですが(長らく絶版だったものの、1996年の再映画化の際に版元を変えて再刊された)、事件の様相が、記憶とまったく違っていることに戸惑いました。映画が、夫殺しを共謀した妻と(夫の)愛人の物語だったのに対し、原作は、妻殺しを共謀した夫とその愛人の物語――とまあ、その設定が、鏡像のように正反対だったからです。原作の設定がこうであるべきだった理由も、またそれにもかかわらず、映画が設定を変えた理由も、おおよそ想像できなくもないのですが、ネタばらしなってしまうので、書くのはやめておきます。いずれにしても最後の一行には、横っ面を思い切り張り飛ばされたような衝撃を受けてしまったものです。映画の設定のヒントも、あるいはこの最後の一行にあったのかもしれません。
原作名:
あしたのジョー
著者名: 高森朝雄(原作)、ちばてつや(作画)
映画化作品: 「あしたのジョー」(1980年 監督:福田陽一郎)
前回は、マンガの存在をすっかり忘れてました。そんなわけで今回、マンガを四つほど取り上げているのですが、中でも私のオールタイム・ベストといえばこれ。何度読み返しても、燃えます。そして燃えつきます(一気読みして疲れるせいで)。いくら賞賛してもし足りないのですが、読むたびにいつも感心させられるのは、最初から既に完成されたタッチでもって、劇中時間にあわせてキャラクターの姿かたちが少しずつ、微妙に成長し続けていくことです(作画力の経年変化とはまったく別のお話。何年も経て登場人物の顔つきや見目がすっかり変わってしまう長編マンガ、いっぱいありますね)。第一巻で少年の面影を漂わせたジョー(や葉子)のビジュアルは、回を追うごとに実に自然に成長し、後半になってふと気がつけば、(少年時代の面影をしっかり残しつつも)どこからどうみても立派な青年となっているのです。
本作の映画化作品といえば、なんといっても上記の劇場版アニメ(と続編の
「あしたのジョー2」
(1981)に決まっているのですが、ホントはテレビ放映版をだらだら見るのが正しい(映画はテレビシリーズを編集したもの)。言うまでもなく、先ごろ公開された実写版を観るつもりはありません。
原作名:
アポロ13
※絶版
著者名: ジム・ラベル、ジェフリー・クルーガー
映画化作品: 「アポロ13」(1995年 監督:ロン・ハワード)
人類史上三度目の月面着陸を目指し、1970年4月11日13時13分に打ち上げられた宇宙船、アポロ13号を突如として襲った絶望的な爆発事故(4月13日に発生)と、地球への帰還を目指して奮闘する宇宙飛行士と管制官たちの懸命な姿を圧倒的なリアリティで描いた、ノンフィクション・ノベル。有人ロケットを月まで飛ばす技術力は言うまでなく、いざ危難に直面しての叡智と人的資源を総動員した危機対応力の凄まじさに、大国アメリカの底力を感じずにはいられなくなる一冊です。アポロ13号の船長だったジム・ラベルが、(ジャーナリストの手を借りて)自ら綴ったその内容は、いうまでもなく迫真的かつスリリングで、凡百の冒険小説が束になってもかなわない面白さがあります。また、著者が海軍のテスト・パイロットを経て宇宙飛行士となるまでを描いた、自叙伝的挿話も実に興味深い(
「ライト・スタッフ」
(1983)の主人公である、アメリカ初の宇宙飛行士たちがちらちらと登場する)。本作の映画化を手掛けたのは、その作品に大ハズレなしの職人、ロン・ハワード。ゴールデン・ウィーク中に再見しました。奥床しくもこの上なくレベルの高いCGが、何度観ても素晴らしい。
原作名:
暗殺者
※絶版
著者名: ロバート・ラドラム
映画化作品: 「ボーン・アイデンティティ」(2002年 監督:ダグ・リーマン)
ラドラムの代表作であり、
ジェイソン・ボーン三部作
の第一作にして、もはやエスピオナージュの古典ともいうべき一冊。本作の映画化作品は、いわずと知れたマット・デイモン主演の
「ボーン・アイデンティティ」
(2002)。原作の複雑極まりないプロットから、主筋に絡む重要なエピソードを思い切って削ぎ落とし、記憶喪失の主人公の出自(=ボーンのアイデンティティですね)探しに焦点を絞った、原作の持ち味とは異なるスピーディな展開が快感を呼ぶ、近頃稀にみるアクション映画の傑作です(といってももう一昔前...)。ちなみに続編である
「殺戮のオデッセイ」
と
「最後の暗殺者」
の映画化作品が、それぞれ
「ボーン・スプレマシー」
(2004)と
「ボーン・アルティメイタム」
(2007)。続編二冊がいまだ絶賛発売中なのに対し(版元は角川)、最高傑作の本作(新潮)がなぜか絶版。ホントになぜ??
原作名:
雨月物語
著者名: 上田秋成
映画化作品: 「雨月物語」(1953年 監督:溝口健二)
五巻五冊の全九話からなる、江戸時代後期の読本(よみほん)。古文の素養がないので現代語訳で読みました。和漢の古典・故事に着想したとされる怪異譚のさめざめとしたうら悲しさ、あるいは妄執の生み出す恐怖の味わいは、なるほど前回取り上げた
「聊斎志異」
のような、中国の怪談の趣きに通じるものがあります。本編中、溝口健二の
「雨月物語」
(1953)の原作となった作品が、
「浅茅が宿」
と
「蛇性の婬」
。異なるテーマと味わいの二作をひとつの物語に融合し、また溝口監督お馴染みのテーマ(=男の野望や欲望に踏みつけにされる女)を際立たせるため、「蛇性の婬」の持ち味をがらりと変える脚色がなされていて、さらにはモーパッサンの
「勲章」
のエッセンスが取りこまれてもいて、要するに映画「雨月物語」は、古典・故事のモザイクといっていい翻案小説である「雨月物語」のさらなるモザイク――翻案映画なのですね。いずれ映画の記事を書くつもりなので、詳しくはまたそのときに。
原作名:
海と毒薬
著者名: 遠藤周作
映画化作品: 「海と毒薬」(1986年 監督:熊井啓)
戦時中、九州帝国大学の医師たちが軍部と結託し、医学の進歩を名目にアメリカ人捕虜を生体解剖した実際の事件を題材にして、押し流されるように生体解剖に立ち合うことになった二人の医学生と看護婦長、三者三様の罪の意識を描いた小説。高校生の頃、"新潮文庫の100冊"キャンペーンの一冊として巡りあった本です。プロットの構成に違和感のある、こなれているとはとても言いがたい小説なのですが、とはいえそのモチーフとテーマは衝撃的であり、出版から50年を経てなお、いまだ日本人にとって今日的であり続けています。内なる良心の呵責に押し潰される者、社会の罰を恐れはしても心の中にあっては罪の意識に無感覚な者、そしてそもそも目の前の出来事に無関心な者。果たして自分が同じシチュエーションに置かれたら...と考えずにはいられなかったものです。ベルリン国際映画祭銀熊賞受賞の奥田瑛二、渡辺謙主演の映画は、未見。
原作名:
江夏の21球
(「スローカーブをもう一度」に収録)
著者名: 山際淳司
映像化作品: NHK特集・スポーツドキュメント「江夏の21球」(1983年)
映画の原作でもなければテレビ・ドラマの原作ですらない、テレビ・ドキュメンタリー番組の企画原案ともいうべきスポーツ・ノンフィクション。要するに、このリストの趣旨から外れに外れた一冊なのですが、思い出したが最後、どうしても外すのに忍びなかったのであります。近鉄バファローズと広島カープの間で争われた1979年のプロ野球日本シリーズ第七戦、4対3と広島リードで迎えた9回裏、近鉄に対する広島の投手、江夏のあまりにスリリングでドラマチックな、1球ごとに状況が変わっていく、全21球の裏にあった、技術的・心理的駆け引きの一切を、関係者への丹念なインタビューをベースに、紙上で再現してみせた作品です。この一編を読んで以降、プロ野球(に限らす広くスポーツ)の見方と楽しみ方に対する認識が、がらりと変わってしまった気がします。
実際の試合映像を使い、野村克也が解説を務めたNHK特集もまた、当たり前ながらも臨場感があって素晴らしい。再放送を録画したVHSビデオが実家のどこかにあるはずです。
原作名:
オデュッセイア
著者名: ホメロス
映画化作品: 「オー・ブラザー!」(2000年 監督:ジョエル・コーエン)
紀元前8世紀中ごろのギリシャの吟遊詩人、ホメロスが作ったとされる、ロード・ノベルの原点にして、そもそも欧州文学の原点ともいうべき長編叙事詩。(前編にあたる
「イリアス」
に描かれた)トロイア遠征後、英雄オデュッセイアが故国ギリシャに辿り着くまでの十年にわたる数奇な遍歴が詠まれています。オデュッセイアが故国に辿り着くクライマックスでは、彼の不在中に妻に言い寄り、留守宅を荒らしていた者たちに対する報復が描かれていて、たとえば
「モンテ・クリスト伯」
のような復讐譚の原点もまた、「オデュッセイア」にあったことを思わせます。ちなみに長旅を意味する英語オデッセイ(odyssey)は、本作の主人公オデュッセイア(Odesseia)の英語読み。たとえば
「2001年宇宙の旅(2001 a space odyssey)」
(1968)の"odyssey"は、むろんこの意味であり、先に紹介した「アポロ13」の司令船もまた、"odyssey"という名称だったりします。
ジェイムズ・ジョイスが、本作を翻案して
「ユリシーズ」
を著わしたように、コーエン兄弟が本作をもとにして作った映画が
「オー・ブラザー!」
(2000)(ちなみに主人公の名前は"ユリシーズ")。人間界、冥界そして天上界をまたにかけた稀有壮大なエピソードと神話的な登場人物たちが、大恐慌時代のアメリカ南部の風景、風俗、フォークロアに織り込まれ、その矮小化されたパロディに、思わずクスりとさせられます。とはいえ、この映画のもっとも「オデュッセイア」らしいところは、なんといっても、目に見えない神々が主人公たちを祝福し守護しているかのような、そのドラマ展開と雰囲気にあるといっていいでしょう。
原作名:
囮弁護士
著者名: スコット・トゥロー
映画化作品: なし
2007年にダスティン・ホフマンが本作の映画化権を取得したとのニュースが流れたものの、その後、すっかり音沙汰なし。というわけで、現時点で本作を"映画の原作"と呼ぶことはできず、また映画の企画がいかにあっさり立ち消えになってしまうものであるか、そしてそれなりの作品は大抵誰かが唾をつける(映画化が企画される)のが当たり前であることを承知の上で、しかしそれでもこんな記事を書くのなら、わずかな可能性を信じてリストにねじ込んでおきたい、リーガル・サスペンスの巨匠、スコット・トゥローの最高傑作。トゥロー作品でお馴染みの架空の地方都市を舞台に、法曹界を揺るがす大規模収賄事件を巡る、連邦捜査局とFBIのスリリングな囮作戦が描かれます。
ばっちり映画化されている、そしてこれまた傑作でもある
「推定無罪」
を挙げてもよかったのですが、しかしリーガル・サスペンスというよりも、むしろ法曹界を舞台にした心理小説として、本書のもつ面白さの厚みと深みはただごとではありません。比較的シンプルな事件を描いた「推定無罪」は、映画もそれなりにうまくまとめらていましたが、それに対して多様な登場人物たちひとりひとりの人間の裏の裏の裏をめくり返していくことによって生まれる、この小説の複雑玄妙な味わいを損ねることなく脚本を捻り出すのは、どう見積もっても容易なことではないでしょう。ダスティン・ホフマン、ギブ・アップか!?
原作名:
面白南極料理人
著者名: 西村淳
映画名: 「南極料理人」(2009年 監督:沖田修一)
南極昭和基地から大陸の奥地へ1,000km、ウィルスさえも生存が許されない、平均気温マイナス57度の極寒の高地(3,810m)に立つ観測基地に、第38次越冬隊の料理人として赴任した著者が、むさくるしい男八人の1年にわたる共同生活をユーモアたっぷりに綴ったルポ日記。サバイバルと紙一重の生活環境にありながら、そこマジで南極?と言いたくなる絢爛豪華な食材の山と、日を追うごとに寒さと高度に鈍感になっていく男たちの、男だけの生活ならではのアバウトっぷりが頼もしい。そして、とある仲間に対して
「いつか、ぶっ殺す!!」
などと溜まっていく著者のストレスもまた、人間らしくて実に素晴らしい。やたらと高価な食材を使った料理がふんだんに供されるのも、おそらくそこが、食べることしか楽しみのない場所だからでしょう。これで食事がしょぼかったりしたら、気がふれること間違いなし!
つい最近、テレビで映画を観ましたが、ひとり、本物の隊員(本書に写真が載っている)そっくりに扮した俳優がいて、笑ってしまいました。言っても詮無いことながら、(赴任と帰任の)旅の描写が一切ないこともあって、そこが南極の最果ての地というより、せいぜい網走番外地(要は実際のロケ地ですね)くらいにしか見えなかったのが残念。
原作名:
怪談
著者名: 小泉八雲
映画名: 「怪談」(1964年 監督:小林正樹)
「雨月物語」を挙げたらこちらも外すわけにはいかないラフカディオ・ハーンの短編集、"Kwaidan"。中学の国語の教科書に
「むじな」
が載っていて、挿絵の"のっぺらぼう"に素敵な目鼻と髯を描き加えた覚えがあります。「むじな」はオチのキレが最高で、理屈もへったくれもない、この置いてきぼりを喰らわされるような不条理さとシュールさこそが、怪談の味というものでしょう。本書にはほか、
「耳なし芳一」
、
「雪女」
といった有名作品をはじめ、十数編の怪談(とエッセイ)が収録されています。ちなみにハーンの「雪女」の舞台である"武蔵の国のある村"は、現在の青梅市、多摩川に架けられた調布橋のあたりとされています。この橋の近所に母方の伯父が住んでいて、幼い頃から馴染みのある場所なのですが、現代では大雪の降るようなことがあるはずもなく(なにせ東京です)、そこが「雪女」の舞台だったと知ったときは、到底信じられなかったものです。
傑作の誉れ高い小林正樹監督のオムニバス映画
「怪談」
(1964)は、数年前にようやく観ることができました。"怪談"という文芸作品の忠実な映像化として、様式美の中に文学的香気が立ち上る美しい映画ではあったのですが、しかし映画それ自体は"怪談"足りえていなかったというか、たとえば内田百閒の怪談話を映画化した、鈴木清順の
「ツィゴイネルワイゼン」
(1980)が醸し出しているような、わけのわからない空気やあいまいな気配がなくて、要するに、ちっとも怖くないのですね。
原作名:
隠し剣鬼の爪
(「隠し剣孤影抄」に収録)
著者名: 藤沢周平
映画名: 「隠し剣鬼の爪」(2004年 監督:山田洋次)
藤沢作品でお馴染み、東北地方の架空の小藩海坂藩を舞台に、"秘剣"をモチーフとして男と女の人間模様を描いた短編集、
"隠し剣シリーズ"
(
「隠し剣孤影抄」
と
「隠し剣秋風抄」
を併せて全十七編)のうちの一編。とある秘剣の相伝者(たいていは冴えない下級藩士)が、抜き差しならない事情(たいていは上意)によって死地にのぞまざるをえなくなり、ついには秘剣を振るう(そしてその裏には、必ずしっとりした男女のドラマが描かれる)、というのがどの作品にも共通した構成なのですが、似たような話をいくら読んでも飽きないのは、いつの時代も変わらぬ人情の機微の微妙な襞を捉えきった情景描写が、憎らしいほどに鮮やかだからであり、そして名のみはタイトルに明らかな秘剣がいかなるものか、クライマックスで披露される、その技の工夫が楽しいからです。ちなみに本シリーズからは、本作のほか
「必死剣鳥刺し」
と
「盲目剣谺返し」
が映画化されていて(それぞれ
「必死剣鳥刺し」
(2010)、
「武士の一分」
(2006))、いずれもその面白さに変わりはありません。
映画
「隠し剣鬼の爪」
(2004)は、同シリーズ
「悲運剣芦刈り」
とシリーズ外の
「雪あかり」
からエピソードを借りていて、またクライマックスの決闘で使われる秘剣は、
「邪剣竜尾返し」
に登場する技です。追加された「雪あかり」のエピソードはとても美しいものですが、しかしその余波ともいうべき設定変更により、原作の深みと持ち味が損なわれてしまったようにも思います。
原作名:
火宅の人
著者名: 檀一雄
映画名: 「火宅の人」(1986年 監督:深作欣二)
高校生の頃、映画化されたタイミングで読んだのだと思います。なぜなら私の持っている文庫本上下二巻の表紙が、映画のスチル写真だったので。思えば私小説を私小説として意識して(知って)読んだ、最初の本だったかもしれません。ふつうの神経であれば、どう考えても他人に知られたくないであろう、世間からの最低人間扱い間違いなしの己の破綻した人間性と放蕩生活を、恐れることなく赤裸々に曝け出してみせる(そして自らを"火宅の夫"と称してみせる)、その開き直りとも恥知らずとも思えるメンタリティに、そして曝け出すことでさらに周囲の人間を傷つけるであろうことを厭わない、その破天荒な身勝手ぶりの自己証明に、作家という人種はなんと業が深いのだろうと思い、そしてモデルとなった実在の人物たち(壇ふみを含む)の気持ちを忖度して、気の毒になってしまったものです。とはいえそんな感想は、本書を手にした当時の私の中にあったのであろう、覗き見根性の反映にほかならないのかもしれませんが。
いずれにしても刊行から幾星霜、本書にまつわるスキャンダラスな生臭さはとうにきれいさっぱり濯がれて、いまや作品だけが作品としてこの世にある――というわけで、壇一雄が何を考え、何に苦悩し生きていたのか、作品中の彼と近い年齢に達した今、同年輩の男としての目線でもって、久々に読み返してみたい一冊です。悲しいほどに音楽が安っぽくてうるさい映画の中で、主人公を演じているのは緒形拳。ずばり、これ以上のキャスティングはありえません。
原作名:
カムイ外伝
著者名: 白土三平
映画名: 「カムイ外伝」(2009年 監督:崔洋一)
まだ文庫版のコミックがほとんど存在しなかった私の学生時代、本屋のマンガコーナーではなく、一般書籍の棚に混じってずらりと並んでいた文庫サイズの
「カムイ伝」
全15巻と
「カムイ外伝」
全19巻が気になって気になって、ある日とうとう、「カムイ伝」の第1巻を買って読んだらもうどうにもとまらなくなって、それから1週間くらいの間にすべて買い占め、本屋の棚に大きな空隙を作った覚えがあります(そして、そこに再び「カムイ伝」が並ぶことはなかった)。
いまとなってみれば幻想だったとしか言いようのない、ガチガチの共産主義思想に彩られた「カムイ伝」が(これを読んだのは、まさにベルリンの壁が崩壊した年だった)、江戸時代という階級社会をモチーフに、身分差別と権力に対する階級闘争を描いた群像大河ドラマだったのに対し(カムイは主要登場人物のひとりに過ぎない)、「カムイ外伝」は、天才的な技倆を持つ抜け忍カムイを唯一の主人公として、「カムイ伝」に描かれた思想の対極にあるともいえる、飛びぬけた才能を持つ一個人による、己の力のみを頼りにした社会制度からの飛躍(=自由)を連作スタイルで描いた、よりエンタテイメント色の強い、アクション・バイオレンス劇画です。
映画はそのうちの一章、
「スガルの島」
を原作にしたもので、つい最近、WOWOWで放映していたのを観た(観てしまった)のですが、冒頭のCGを使ったアクション場面で、いきなり観る気を殺がれてしまいました(とはいえ最後まで観た)。この際、邦画はCGを一切使わないことにしたらどうでしょう(そこに工夫が生まれるかも)。それからいい加減、マンガの実写化も諦めたらいかがでしょう。
原作名:
黒部の太陽
著者名: 木本正次
映画名: 「黒部の太陽」(1968年 監督:熊井啓)
日本の土木史上における最大級の難工事、"二十世紀の偉業"ともいわれる7年余りの歳月をかけた黒部(黒四)ダム建設事業の一部始終を、関西電力をはじめとする施工各社の工事関係者への綿密な取材をもとに描いた、ノンフィクション・ノベル。これまで五度ほど黒四ダムを訪れていますが、そのたび、よくぞこんな秘境にこんな巨大なものを作ったものだ、とその立地とスケールのマッチング、そして恐れを知らぬ人間の壮大な行為に、畏怖の念を抱くことしきりです。
数年前、大町経由で立山を訪れた際、途中のロープウェイ駅、大観峰の売店で、吉村昭の
「高熱隧道」
(黒部川第三発電所建設工事を描いたノンフィクション・ノベル)とともに本書を見かけ、手に取りました。ダム本体の工事もさることながら、地下発電所や関電トンネルをはじめとする関連施設の各工事それぞれにそれぞれの困難があり、関係者たちがそれをいかに乗り越えていったのかが、本書の読みどころです。解決不能にも思える困難に挑み、不撓不屈の努力を重ねて難工事をやり遂げたすべての人々に敬意を抱くと同時に、仕事人としてそんなプロジェクトにめぐりあえたことに対する仄かな嫉妬すら覚えてしまうほど、その偉業のすさまじさに興奮してしまいました。
本作を映画化した
「黒部の太陽」
(1968)は、版権を所有する石原プロ(石原裕次郎)の意向によってビデオ化されていないため、普通に暮している限りはまず観る機会がありません。観れないとなると観たくなるのが人情、というわけで本書を読んで以来、私にとっては観たい映画ベスト・スリーに入り続けている、不動の一本です。
原作名:
ゴーリキー・パーク
著者名: マーティン・クルーズ・スミス
映画名: 「ゴーリキー・パーク」(1983年 監督:マイケル・アプテッド)
英国推理作家協会賞(CWA賞)最優秀長編賞(ゴールド・タガー賞)を受賞した、アメリカのミステリ作家、マーティン・クルーズ・スミスによる、旧ソビエト時代のモスクワを舞台にした、エキゾチック・ミステリ。本作が刊行されたのは、東西冷戦が続いていた時代の1981年(邦訳は1982年)。私が本書を読んだのはもっとあと、旧ソビエト崩壊以降のことでしたが(1992年に出版された、同じ主人公が登場する次作
「ポーラースター」
と併せて読んだ)、妙なる構成で意表を突くプロットの面白さもさることながら、アメリカ人の作家が想像で書いたとは思えないほどにリアリティを漂わせた、共産主義体制下のモスクワと東側社会ならではの難問に苦悩する、無骨で融通の利かない主人公、レンコ捜査官の血の通いまくったキャラクターが、強く印象に残っています。
この本も、しばらく品切れ状態が続いていたはずですが(古本を入手して読んだ)、どうやら数年前にめでたく再刊されたようです。映画は未見ですが、主人公はウィリアム・ハートだし、みんな英語しゃべってるんだろうなあ、きっと(ま、それはそれでかまわないのですが)。
原作名:
ザ・ライト・スタッフ―七人の宇宙飛行士
※絶版
著者名: トム・ウルフ
映画名: 「ライトスタッフ」(1983年 監督:フィリップ・カウフマン)
何事にも動じることなく、無批判のうちに嬉々として危険に立ち向かう、技術・経験・反射神経そして恐れを知らない敢闘精神に裏打ちされた、究極の男らしさともいうべき至高の資質――著者名付けるところの"ライト・スタッフ"(正しい資質)とは何か、をテーマの中核に据え、パイロット同士の熾烈な競争を勝ち抜き、ピラミッドの頂点に立った、アメリカ初の宇宙飛行士たち七人の苦闘と栄光、そして彼らの"雄々しき誉れ"に熱狂する世間の狂騒と家族の苦悩を、"ライト・スタッフ"に対する無条件の畏敬の念と賞賛を滲ませつつも、現象の背後にある本質をぐさりと抉るシニカルな筆致でもって克明に綴ったルポルタージュ。
アメリカ初の有人宇宙計画であるマーキュリー計画の記録なのですが、これを読むと、のちのアポロ計画において、なぜ成功したミッションよりも、むしろ大失敗だったアポロ13号をめぐるドラマに心を動かされてしまうのかがよくわかります。なぜならアポロ13号の爆発事故に際して、パイロットたちのみせた沈着冷静な対応こそが、選ばれし者だけが持つ、"ライト・スタッフ"のもっともわかりやすい発露であり、証明だったからなのですね(映画
「アポロ13」
(1995)で、宇宙飛行士たちがパニくって言い争いをするのは、映画のフィクション。"ライト・スタッフ"の持ち主は、決してビビッたりたじろいだりはしないのです)。ちなみに本書には、「アポロ13」の著者で、船長を務めたジム・ラベル(トム・ハンクス)や主席管制官のジーン・クランツ(エド・ハリス)も、ちらりと登場します。
本書を忠実に映画化した
「ライト・スタッフ」
(1983)は、高校生の頃、同級生がやたらと褒めていてたことを覚えています。音速の壁を破った最初の男であり、パイロットたちの尊敬を一身に集めるリビング・レジェンドでありながら、そもそもマーキュリー計画の予備選考すら失格となった(大卒の基準を満たしていなかったため)、サム・シェパード演じるチャック・イェーガー。その栄光に背を向けた、我が道をゆく孤高の姿が気高く美しく、そして対照的に、エド・ハリス演じるジョン・グレン(のちに上院議員となり大統領予備選挙にも出馬)の文句の付けようがない、しかし鼻持ちならない優等生っぷりが、たまらん映画なのです。
原作名:
ザ・ロード
著者名: コーマック・マッカーシー
映画名: 「ザ・ロード」(2009年 監督:ジョン・ヒルコート)
現代アメリカを代表する作家、コーマック・マッカーシーによる2007年度のピュリッツァー賞受賞作。崩壊しつつある世界とその崩壊を食い止めることのできない無力感を描いた
「血と暴力の国」
(コーエン兄弟の
「ノーカントリー」
(2007)の原作)の次作にあたる本書では、そのものずばり、崩壊後の世界が描かれています。(おそらくは核戦争によって)破滅した近未来を舞台に、灰に覆われ寒冷化が進む、人気のない北米大陸をひたすら南に向かって旅する父と子のサバイバルな旅路と絆を描いた、終末SF仕立てのロード・ノベルです。
「血と暴力の国」に描かれた崩壊の予兆が、所詮はアメリカに暮す人間にしか理解できないものであるように思えたのに対し、本書に描かれた崩壊後の世界に生きる、"火(=希望)を運ぶ"父子のイメージは、より普遍的なものであるように思います。いずれにしても、そんなテーマ性に思いをめぐらすまでもなく、独特の文体で綴られた父と幼い子供の会話の切なさには、ちょっとたまらんものがあります。ヴィゴ・モーテンセン主演の映画は、必ず観ようと思っていながら観逃してしまいました。今、ぶっちぎりでいちばん観たい映画です(でもビデオは借りず、WOWOWがやってくれるのを待つつもり)。
原作名:
死ぬほどいい女
※絶版
著者名: ジム・トンプスン
映画名: 「セリ・ノワール」(1979年 監督:アラン・コルノー)
ぶっ壊れた人間の(本人はちっとも気づいていない)狂気を描かせたら右に出るものなし、のジム・トンプスン節が炸裂する、パルプとして読み飛ばすにはあまりに衝撃的すぎる一作。あくまで自分はフツーと思いこんでいる主人公のフツーじゃなさの裂け目があれよあれよという間に広がっていき、やがて自分でもわけのわからないまま、超特急で破滅にまっしぐらのアウト・オブ・コントロールなさまを、脈絡のなさと支離滅裂っぷりを加速度的に増していく(そして最後は小説自体が破綻してしまう)一人称の語り口に表現した、その独特のテイストは、一作読めば病みつきになること請け合いです。
1990年に
「内なる殺人者」
(こちらも映画化されて先月公開されました)の邦訳が出版されて以降、その翌年に
「グリフターズ/詐欺師たち」
の公開にあわせて原作が、また1994年に
「ゲッタウェイ」
(1972年)のリメイク版公開にあわせて原作が再刊されたのを除き、長い間、その他の作品を読むすべがまったくなかったところが、新世紀になって突如トンプスン・ブームが沸き起こり、雨後の筍のごとく、続々と邦訳が出回り始めました。本国では1954年刊行の本書もまた、そんなうちの一冊です。フランス製の映画は日本未公開で未見ですが、なんとTSUTAYAにだけ、オリジナルのレンタル・ビデオがあるらしい。
原作名:
自由への逃亡
※絶版
著者名: アルベアト・ヴァスケス=フィゲロウア
映画名: 「ドッグチェイス」(1977年 監督:アントニオ・イサシ=イサスメンディ)
南米のとある独裁政権国家の強制労働キャンプから脱走した反政府運動の指導者と、彼を執拗に追跡する一匹の犬の果てしない死闘を描いた、とことん硬質なサバイバル・スリラー。犬好きにとってはこたえられない、犬の物語です。収容者の労働を監視している最中、目の前に現れた野うさぎに一瞬気を取られた隙を突かれ、主人の看守を殺され、自らもまた手ひどい傷を負わされた犬が復讐に燃える野獣と化し、必死に逃げる男をじりじりと追い詰めていきます。死闘を繰り返しながら、荒野から町へと続く逃亡と追跡の旅の途次、男と犬それぞれに見知らぬ人との出遭いと束の間の交情があって、その味わいは、ロード・ノベルのそれでもあります。文庫本のカバーに掲載された数葉のスチル写真が鑑賞ごころを刺激する映画は、残念ながら未見(ビデオ未発売。そして今後も観る機会がなさそうな予感)。
原作名:
生存者 アンデス山中の70日
※絶版
著者名: P・P・リード
映画名: 「生きてこそ」(1993年 監督:フランク・マーシャル)
1972年10月13日、ウルグアイのアマチュア・ラグビー・チームのメンバーとその家族たちを乗せたチャーター機が、南米アンデス山中に墜落。本書は、生存が絶望的と思われていた乗客乗員45名のうち16名が、事故発生から10週間後に無事生還を果たし、世界中にセンセーションを巻き起こした、いわゆる"アンデスの奇蹟"と呼ばれる事件の始めから終わりまでを、生存者たちへの直接取材をもとに描いた、壮絶極まりないノンフィクション・ノベルです。周囲を雪山に閉ざされた人跡未踏の山中で、彼らがいかにして極寒と飢餓を乗り越え生き延びることができたのか、過酷なサバイバルを通じて浮かび上がる、彼らの生を諦めない精神力と生命力の強さに驚嘆し、そして文字通り、人間は一人では生きていけない、なんてことを思ってしまったものです。
映画は、公開時にアメリカで鑑賞。とにかく事実に基づいたドラマであるということに激しく感動し、当時手帳に記録していた映画の評価で、本作に"A"を付けた覚えがあります。それにしても、スキャンダリズムにことさら意識を向けさせようとするかのような邦題は、あまりといえばあまりではないでしょうか(原題は
"Alive"
、"生きている"の意)。
原作名:
セブン・イヤーズ・イン・チベット―チベットの七年
※絶版
著者名: ハインリヒ・ハラー
映画名: 「セブン・イヤーズ・イン・チベット」(1997年 監督:ジャン=ジャック・アノー)
第二次大戦下、インドの捕虜収容所を脱走し、ヒマラヤを越えてチベットへ潜入、世界の屋根とも呼ばれる辺境の高地を行く過酷な旅の果てに、聖都ラサへと辿り着いたオーストリアの登山家、ハインリヒ・ハラー(アイガー北壁の初登攀者でもある)による、"禁断の国"の人々とその暮らしぶりを記録した、チベット山岳紀行。古本屋で見つけ(こんな傑作がたったの105円。いいのかそれで!?)、つい最近読みました。
前段に描かれた、5年余にわたる旅の冒険譚あるいはチベット見聞録としての面白さもさることながら、後半、苦難の末にラサへと辿り着いた著者と少年時代のダライ・ラマ14世の交流を綴った、人間ドラマに深く感動します。著者のラサ滞在中、中国の侵攻(中国側はそれを"解放"と呼ぶ)によって、ダライ・ラマは、国外逃亡を余儀なくされます。西欧的な進歩とは無縁でありながら、人間にとって、ひとつの理想郷のかたちのようにも思えた"幸福な国"と文化が破壊され、"満ち足りた"人々が蹂躙されていくさまに、痛ましさと怒りを覚えずにはいられないのであり、巻頭でダライ・ラマ本人がメッセージを寄せているとおり、本書の真の価値は、外の世界に、チベットという国の存在とその国難を広く知らしめたこと、それ自体にあったのでしょう。ブラッド・ピット主演の映画は、残念ながら未見です。
* * *
というわけで、以上25冊。次回はた行からわ行まで、残りの25冊のご紹介です(なるべく早いうちに)!
@
2011-05-14
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C
782
] こんにちは!
>挿絵の"のっぺらぼう"に素敵な目鼻と髯を描き加えた覚えがあります。
mardigrasさんも教科書にいたずらがきとかしてたんです
か~。ペラペラマンガとか大作を作ってそうですね(笑)
この作品の雪女のラスト、異様な色の空に目が浮かぶシーンでしたっけ?強烈でした。
あと、トップのメル・ギブソン素敵です。久しぶりに彫の深い顔を描いて楽しかったでしょう♪
最近、「男はつらいよ」をはじめて見て、寅さんや桜のイラストにも唸らされました。フィルムのやや色褪せた感じもでていて素晴らしいです。
では、後編も待ってますね~!
2011-05-14 17:35
宵乃
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[
C
783
] >宵乃さん
お久しぶりです~!
教科書のいたずら書きは、もう学生時代を通じてのライフワークみたいなもんでしたよ~(mardigrasさん"も"というくらいだから、宵乃さんももちろんお仲間ですね!笑)。国語の教科書に載ってる作家の写真には必ず修正を施していました(たとえば森鴎外の坊主頭をアフロにしたりとか)。パラパラマンガももちろんいっぱい手掛けましたよ~。授業中、一生懸命落書きしているところを先生に見つかって、親の面接でチクられ怒られたこともあります(笑)。
「雪女」のラストってそんな場面でしたっけ?すみません、まったく記憶に残ってない...
>あと、トップのメル・ギブソン...
ありがとうございます!そういえば、外人を描いたのずいぶん久しぶりかもしれません(というか、今年になってからまだたったの三つしか描いてないことに気づきました)。。。
>最近、「男はつらいよ」をはじめて見て...
記事読ませていただきましたよ~。"純情篇"ですね。おっしゃるとおり、この回の寅さんはシリーズ屈指の無責任っぷりです。これヒドイですよ、ホント。それからさくらもキレることがありますが、でもそれよりむしろしくしく泣いちゃうことのほうが多いです(笑)。
2011-05-15 00:06
mardigras
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[
C
784
] こんばんは。
いつも、意欲溢れる記事の内容に脱帽です。私は25冊のうち、本か映画で2/3くらいしか、分かりませんでした。(汗)「ジャァナリジャァナリとヘィブラリイ、花の3月待ちましょう・・・」「青葉繁れる」のおかげで、12ヶ月の英語読みを覚えた私でした。まだまだ、他の記事も未読状態なので、ちょくちょく訪問させていただきたいと、思います。ありがとうございました。
2011-05-15 18:30
砂まじりの茅ヶ崎
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[
C
786
] >砂まじりの茅ヶ崎さん
こんにちは、
コメントありがとうございます!25冊のうちの2/3...逆に、私も砂まじりの茅ヶ崎さんがいつか記事にされてたHobby Japanの別冊、持ってましたよ~(笑)。特に私のバイブルは、紹介されてた冊子の前に出たやつでした。
「ジャァナリジャァナリ...」うわわ、そういえばそんなのがありましたね~!なんだか久しぶりに読み返したくなってきました。
私も砂まじりの茅ヶ崎さんの記事、懐かしく読ませていただいてます。またそのうちゆっくりお邪魔させていただきますね~。
2011-05-16 12:27
mardigras
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[
C
793
]
すごい記事ですね!
感動しました。
僕も気に入った映画はついつい原作を追ってしまうのですごく参考になります。
この中では「オー・ブラザー!」を観たくなりました。
2011-05-19 14:25
InTheLapOfTheGods
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[
C
794
] こんにちは。
映画の原作ってハズレなしですよねぇ。
うん!
原作が良いから・・良い映画が出来るのでしょうか?!
監督しだいかな・・・。
1回じゃ読み切れませんので
何時ものように何回かお邪魔しますネェ。
ママさんとしては凄~く嬉しい記事です。
2011-05-20 02:36
harunayamanekoーmama
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[
C
796
] >InTheLapOfTheGodsさん
ありがとうございます、
ひとつの映画(あるいは本)に惚れると、味わいつくしたくなるというか、つい原作(あるいは映画)だったり関連するテキストや作品に走ってしまうんですよね~。堪えられない道楽です!
コーエン兄弟の原作からのエッセンスの抽出の仕方にはホントしびれます。そのワザの冴え自体にカタルシスを感じてしまいます。「オー・ブラザー!」と同じく、「ミラーズ・クロッシング」も元ネタ本(ハメットの「ガラスの鍵」)と観(読み)比べると面白いです!
2011-05-21 15:03
Mardigras
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[
C
797
] >harunayamanekoーmamaさん
お久しぶりです~!
映画の出来は...もう間違いなく、原作だけによるものではないですよね。元ネタの原作が素晴らしくても、映画がいまひとつなんて作品はいくらでもありますからねぇ。。。そもそも原作を先に読んでしまっていると、映画に対してついつい点数が辛くなってしまったりします(なにせ頭の中で既に勝手なイメージが出来上がってるので)。
監督の腕、脚本、配役、美術、、、面白い原作から面白い映画を生み出すのは、ホント大変なことなんでしょうね。。。
今回もたくさん書いてしまったので(そして次の記事もまだまだ先になりそうなので)、ぜひぜひごゆっくりおお楽しみくださいませ~!
2011-05-21 15:23
Mardigras
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[
C
798
] 管理人のみ閲覧できます
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2011-05-23 11:00
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[
C
799
] 6月ですねっ!
お久ー、Mardiさん!
まだチラッとしか読んでないので、この記事に関しては
またコメントします。(多分宣伝が入る前、6月中にー・・・笑)
まとめてどか~んとだされるので眼につらいわ~・・・笑
カレンダーが黒澤監督になりましたねっ、
久しぶりに作品を観てみたくなっています。
それではまた近いうちに・・・
2011-06-02 16:57
ヘルブラウ
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[
C
800
] >ヘルブラウさん
こんにちは、
まとめてどか~んと...はは、これでも二回に分けたのでどうぞお許しを!
ご興味のある本の部分だけでもちょちょっと拾い読みしていただければ...(笑)
カレンダー...今月はきちんと6/1に差し替えましたよ~。思えば私が初めて黒澤映画を観たのが6/1でした(テレビで「椿三十郎」、映画館で「乱」を同じ日に)。
続きの記事も書き始めました。なんとか広告が出る前に、、、と思ってます!
2011-06-04 11:13
Mardigras
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C
805
] 管理人のみ閲覧できます
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2011-06-20 20:41
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897
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2012-02-24 11:55
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