プラトーン

ベトナムでいったい何が起きていたのか
「プラトーン」のイラスト(ウィレム・デフォー)

リバー・ストーンのベトナム戦争映画、「プラトーン」(1986)。友だち三人で新宿の映画館に観に行って、三人が三人とも、声も出なくなるほど衝撃を受けてしまった映画です。この映画の半年くらい前に公開された「トップガン」(1986)の影響で、友だちの一人が首から認識票をちゃらちゃらぶら下げたりしていたのですが、「プラトーン」は、ファッションでそんなことをしていることが、実に恥ずかしく思えてくる映画でした。封切り時、"ベトナム戦争をありのままに描いた初めての映画"、と喧伝されていた記憶がありますが、その売り文句に偽りはなく、リアリスティックな映像とドラマ展開に、戦争の実態と戦場の光景そのものを垣間見た気分になり、文字通り、声を失ってしまいました。

この映画、そんな衝撃体験ゆえか、また観ようという気がなかなか起きなかったのですが、今年になってようやく、実に二十年ぶりに再見しました。で、その感想はといえば、初鑑賞時のショックに比べて驚くほどインパクトが薄く、正直、拍子抜けしてしまったほど(理由は後述します)。とはいえ、観ているうちに厳粛な思いが湧き上がってくるところなどは昔と変わりなく、やはりこの作品ほど、戦場がいかなる場所であるかをわかりやすく、疑似体験させてくれる映画はないのではないか、改めてそんなことを思いました。



ベトナム戦争を描いた映画の変遷

プラトーン」以前にも、ベトナム戦争を批判的な視点で描いた作品はあって、それぞれかなり見ごたえがありました。ただし、いずれも戦場の日常を直截的に描くというより、その悲惨さを間接的に、あるいは逆説的に浮かび上がらせようとしていて、それが1970年代後半、まだサイゴン陥落から五年と経たない時期に作られた「帰郷」(1978)、「ディア・ハンター」(1978)「地獄の黙示録」(1979)。

そしてこれらのあとに作られたのが、「ランボー」(1982)に代表される、アクションに針を振った作品群。1981年にレーガン政権が誕生し、米国における反共イデオロギーの高まりを受けて描かれたのは、1970年代後半に作られた内省的な映画の反動ともいえる、プロパガンダ的とすら言っていいような、"強いアメリカ"を体現した、ベトナム帰りのタフな(しかしその内面に戦争の傷を抱えているところがまた時代を反映してもいた)"ウォー・ヒーロー"たちの暴れまわる姿でした。

そしてそんなトレンドが一服したかに思えた頃、突如現れた作品が、いち兵士の目線から戦場の日常をありのままに描いた本作、「プラトーン」(1986)。戦争終結から十年のときを経て、おそらく平均的な市民感情として、ようやく戦争を総括する機運が熟していたのであろう当時の米国おいて、ベトナム戦争の実態を直視した「プラトーン」は大ヒットし、果てはアカデミー賞(作品賞)という権威のお墨付きを獲得、さらにはその成功を受け、ベトナム戦争を似たアプローチでストレートに描いた映画が立て続けに作られるという流れを生みました。これら後発作品の中には、「プラトーン」よりもアクの強い、よりショッキングな描写を含んだものもあり、それらを観ていたということも、再見時に感じた「プラトーン」の衝撃が薄かった理由のひとつかもしれません。

ちなみに上述のあれこれを含め、(私が観たことのある)ベトナム戦争映画を"反戦メッセージの明快さ""戦場描写の激しさ"の二軸でプロッティングしてみたのが以下のチャート。戦闘の激しさをスペクタクルな映像でみせながら、そこに明快な反戦メッセージを込めた作品は、少なくともベトナム戦争を扱った映画においては「プラトーン」がその嚆矢であったことが一目瞭然なのであり、この作品が、当時いかにエポックメイキングなものだったのか、そしていかにマーケットの潜在的なニーズに応えるものだったのか、ということがよくわかります。

ベトナム戦争を描いた映画のチャート



新兵が見たベトナム戦争の日常(「プラトーン」のあらすじ その1)

プラトーン」という映画の凄味を、以下、ストーリー展開に沿って語っていきたいと思います。

ドラマの主人公(狂言回し)は、チャーリー・シーン扮する新兵、クリス・テイラー。彼は本来徴兵を免除されうる上中流階級の出身であるにもかかわらず、低学歴の貧困層や労働階級、マイノリティ出身の若者だけが徴兵される現実に憤りを感じ、大学を中退して自ら従軍を志願、ベトナムへとやってきます。そんなテイラーが配属された先は、アメリカ陸軍第25歩兵部隊第2中隊の一小隊("プラトーン"とは、軍隊編成の小隊の意)。彼は初日から、最前線に配属されます。

「プラトーン」のイラスト(チャーリー・シーン)

カンボジア国境付近のジャングル地帯に展開するテイラー所属の歩兵小隊は、密林の中での過酷な行軍と危険な偵察を繰り返し、べトコンと神経の磨り減るようなゲリラ戦を繰り広げます。正義感に燃えてベトナムへとやって来たはずのテイラーは、早くも配属初日から、従軍したことを後悔し始めます。ベトナムで彼を待ち受けていたのは、毒蛇や毒虫がうようよと蠢く密林で、地に潜り、闇に乗じて音もなく忍び寄ってくるゲリラ兵たち。そして新兵をかまう余裕などなく、自らが生き残ることだけに汲々とする古参兵たち。新兵の人格などあってなきがごとし、ことあるごとに貧乏くじを引かされ、帰還間近の古参兵の代わりに斥候に出されたり、塹壕堀りにこき使われるうちに、国のために戦うことを誓ってやってきた彼の崇高な目的は、時を経ず、ただ毎日を生き抜き、そして無事帰国することへと変わっていきます。

小隊には、人種も性格もさまざまな人間がいます。白人、黒人、ネイティブ・アメリカン。非情な人間、優しい人間、卑怯な人間、正直な人間、優柔不断な人間、ゴマをする人間、図々しい人間、まじめな人間、明るい人間、悲観的な人間。小隊の日常には政治があり、小競り合いがあり、妥協があり、そして連帯もあれば友情もありで、三人寄れば社会ができるといいますが、その小隊の日常風景は、まさに社会の縮図そのものです。

小隊のリーダーは、トム・べレンジャー演じるバーンズ軍曹。小隊長でありながら経験不足のウォルフ中尉に代わり、実質的に小隊を率いる、七度負傷してそのたびに生きながらえたという歴戦のつわものです。勝つためにはいかなる手段も辞さない冷酷非情な覚悟の持ち主である彼は、戦場を生き抜くためのずば抜けた嗅覚で兵士たちを導く一方で、彼らにいかなる疑問も抱くことを許しません。バーンズは云います。

「命令を聞く奴がよい兵士だ」

そしてバーンズとともにもうひとり、隊のメンバーの信望を集める男が、ウィレム・デフォー演じるエリアス軍曹。バーンズと同様、生き残るための天才的嗅覚を備えた優秀な兵士である彼は、同時に古参兵の中では珍しく、新兵のことを気遣う面倒見のいい男でもあります。夜間の戦闘で、テイラーと同期入隊の新兵が絶命するのを看取りながら、エリアスは呟きます。

「生き残り方を覚える前に死んだ」

従軍したてのテイラーは、頼れるリーダーとしてバーンズに尊敬の念を抱いていましたが、その思いやり溢れる態度に接するうち、次第に、エリアスの人間性をより評価するようになっていきます。

「プラトーン」のイラスト(フォレスト・ウィテカー)

小隊のその他のメンバーは、もう一人の軍曹、臆病で卑怯者のオニール(ジョン・マッキンリー)。卑劣なジュニア(レジー・ジョンソン)。サディスティックなバニー(ケビン・ディロン)。気立てのいいキング(キース・デイビッド)。物静かなハロルド(フォレスト・ウィテカー)。リアリストのラー(フランチェスコ・クイン)。ちゃっかり者のフランシス(コーレイ・グローバー)。それにあまり目立たないラーナー(でもよく見るとジョニー・デップ)。

"酒を呑む"だとか、"賭け事をする"だとか、○○をするとその人物の本性があらわになる、なんて言い回しがありますが、"従軍する"ということは、その最たるものかもしれません。密林の中で過酷な行軍を繰り返し、敵のプレッシャーに晒され続け、満足に眠ることもできず、ひとり、またひとりと仲間を失う地獄のような毎日の中で、兵士たちはストレスに押し潰され、やがて内に秘めた彼らの本性は、次第に剥き出しとなっていきます。臆病な人間はより臆病に、卑劣な人間はより卑劣に、残虐な人間はより残虐に、非情な人間はより非情に、そして心正しくあろうとする人間の中にも、過酷なプレッシャーと恐怖に負け、狂気を爆発させる者が出てきます。


ベトナムを踏みにじるアメリカ(「プラトーン」のあらすじ その2)

軍の途中、彼らは山間の村落に辿り着き、隠匿された北ベトナム軍の武器弾薬を発見します。村に到る河原で、隊からはぐれた兵士の一人が見せしめのように惨殺されているのを発見していた兵士たちは、正体不明の恐怖に怯え、殺気立っています。村中をひっくり返してまわり、村民を狩り立てる彼らの顔には、理性を失いかけた不穏な凶暴性が見え隠れしていて、やがて一軒の家の中で、知恵遅れの若い男とその年老いた母親が隠れ潜んでいるのを見つけたひとりの兵士が、恐怖と興奮に我を忘れ、男の足元に狂ったように銃を乱射しはじめます。その兵士とは誰あろう、テイラー自身。

その様子を眺めつつ、はしゃぎながら、殺してしまえ!と叫ぶバニー。テイラーはその声に我に返りますが、しかし興奮したバニーが、テイラーに代わって男と母親を虐殺してしまいます。その一部始終を目にしながら、オレは何も見ていない、と言い残してその場を逃げ出すオニール。そして外ではさらなる虐殺が始まっていました。尋問に非協力的な村長にキレたバーンズが、喚きたてる彼の妻を一撃で射殺すると、母親の亡骸に縋って泣き叫ぶ子供を抱きかかえ、その小さな頭に銃を突きつけます。

誰もがやり過ぎだと息を呑む中、それをくい止めたのは、一足遅れて村に到着したエリアス。その光景を目にするやいなや、エリアスはバーンズを銃床で殴り倒し、さらに撲りつけようと飛びかかっていきます。あわてて二人を止めにかかる兵士たち。そしてそのやり取りを呆然と眺めている村の住民...やっとのことで左右に分けられた二人に向かって中尉のウォルフが一喝します。「仲間割れはよせ!村を焼き払えとの命令だ」

「軍法会議にかけてやる」と息巻くエリアスに向かって、バーンズは吐き捨てるように云います。

「この偽善者が!」

村の家々に、次々と火を放っていく兵士たち。家を失い、兵士とともに村を後にする住民たち。村外れでは、ジュニアやオニールたちが少女を強姦しようとしており、それを目にしたテイラーは、彼らを少女から引き剥がして激しく罵りますが、しかし彼自身もまた、ほんのいっとき前まで理性を失い、何の罪もない民間人の足元に、狂ったように銃弾をばら撒いていました。戦争に勝つ、という本義はとっくのとうに頭になく、ただひたすら生き残ることだけを目的に、神経をささくれ立たせ、されど武器弾薬だけは豊富に携えてジャングルを徘徊し、出くわした民間人を虐殺、蹂躙し、村に火をつけてまわるアメリカ兵士たち―。

アメリカという国ははるばるアジアの辺境にまで押しかけて、いったい何をやってたんだ...と、北も南も大義も理屈も何もなく、ただただベトナムの罪のない民間人たちの味わった理不尽な悲劇に憤りが募ります。戦争が自国の兵士にもたらした悲劇を描くだけでなく(たとえば「ディア・ハンター」のように)、彼らがいったいベトナムで何をやっていたのか、そして戦争とはいかなるものなのか、その救いようのない悲惨さがストレートに伝わってきます。



戦場における善と悪(「プラトーン」のあらすじ その3)

件をきっかけに、バーンズとエリアスの反目は決定的となり、隊の勢力もバーンズ派とエリアス派に二分されていきます。ベース・キャンプに戻ると、エリアスは大尉にバーンズの不法行為を訴えますが、嫌疑の詮議はあやふやなまま、先延ばしとなります。エリアスを尻目に、バーンズがウォルフ中尉に向かって云うセリフ。

「やつは正義派ぶってるんですよ。政治家みたいに。言い訳をしながら戦争している。味方を裁判にかけてまで」

その夜、エリアスは満天の星が輝く夜空を見上げながら、テイラーに向かってこんなことを云います。

「この戦争は負ける。俺たちの国は横暴すぎた。そろそろ罰が当たるころだ」

その翌日、前線に戻った彼らの小隊は、べトコンの予期せぬ待ち伏せに遭遇します。次々と撃たれ、倒されていく兵士たち。中尉が砲撃を要請したものの、誤った座標を伝えてしまったため、誤爆によって被害はさらに拡大していきます。事態の打開を図るため、エリアスは側面防御を進言し、テイラー、ラー、クロフォードを連れて隊列を離れます。そしてそれを承認しながら、一計を案じたバーンズ。彼はころあいを見て中尉に撤退を提言すると、エリアスたちを連れ戻しに行くと言い残し、ひとり、ジャングルの奥へと消えていきます。

べトコンに撃たれたクロフォードの救護をテイラーとラーにまかせ、ひとりジャングルを縦横無尽に走りぬけ、敵の隊列を次々と撃ち崩していたエリアスは、やがて彼を追跡してきたバーンズと遭遇します。ほっとして笑顔を浮かべたエリアスに向け、ライフルを構えるバーンズ。エリアスは一瞬にしてバーンズの意図を悟りますが、避けるまもなく発砲されて横向きに吹っ飛ばされてしまいます。エリアスの被弾を確認したバーンズはその場を立ち去ると、やがて出会ったテイラーに告げます。「エリアスは敵の銃弾にやられて死んだ」

感傷に浸るまもなく、バーンズに従い撤退するテイラー。しかし救援に現われたヘリコプターに負傷兵ともども乗り込み、空に舞い上がった彼らが眼下に目撃したもの、それは、無数のべトコンに追われ、必死で逃走を試みる、満身創痍のエリアスの姿でした。何度も撃たれ、倒れ、それでもまた立ち上がって走り続けるエリアス。ヘリが旋回して救出に向かいますが、しかし時すでに遅く、彼らが見守るその真下で、無情にも、エリアスはついに力尽きます。

何が起きたのかを理解したテイラーは、ベース・キャンプに戻ると、エリアスに与していた兵士たちに向かって、バーンズに対する復讐をアジテートします。ところがそれを物陰で聞いていたのが当のバーンズ本人。彼は姿を現すと、やれるものならやってみろとテイラーたちを挑発します。貫禄に気押されて何も手出しができないテイラーたち。腰抜け呼ばわりされ、テイラーはとうとうバーンズに飛び掛かりますが、しかし、あっという間に組み伏せられ、逆にナイフを突きつけられてしまいます。ラーたちがバーンズを必死になだめ、テイラーは命拾いするのですが―。

翌日、べトコンの大隊が進軍中との情報を得て、彼らの部隊は再びエリアスが死んだ谷へと舞い戻ります。兵員の補充もなく、悪い予感に苛まれながら、塹壕を掘り、少ない人数で陣地を固める兵士たち。そんな中、除隊を三日後に控え、ついてないとボヤきながら、テイラーとともに作業していていたキングに帰国命令が届きます。「あとの一生楽しく暮らせるぜ」と、飛び上がって喜び、みなに別れを告げて戦場を後にするキング。しかし、故国でベトナム帰還兵を待ちうけていたものが、決して歓迎一辺倒だけでなかったことは、「帰郷」や「ランボー」に描かれていたとおりなのであり、また彼ら自身、ベトナムの地獄のような体験を忘れ去ることができたのかといえば、「タクシードライバー」(1976)や「ディア・ハンター」に描かれていたとおり...

その夜、ついにべトコンの進撃が彼らの陣地へと及び、一斉攻撃が始まります。闇夜に銃火が飛び交い、塹壕にロケット弾が打ち込まれる激しい接近戦に防衛線は破られ、やがて敵も味方もわからない白兵戦が展開されていきます。戦場を走り回るうち、錯乱したバーンズに遭遇し、組み倒され、殺されそうになったテイラーが最後に見たものは、空から爆弾を投下する爆撃機の黒い機影...自分を殺そうとするバーンズともども味方の爆撃に吹っ飛ばされ、テイラーはそれきり気を失ってしまいます。

そして夜明け。気絶していたテイラーの意識が戻ると、既に戦闘は終わっていました。あたり一面には、折り重なるようにして横たわる、アメリカ兵とべトコンの区別もつかない死体の山、山、山...そして彼の目の隅をよぎったのは、この戦闘もまたしぶとく生き残り、虫の息で這いずる満身創痍のバーンズの姿。歩み寄ってきたテイラーに気づき、彼に自分を助ける意思のないことを悟ったバーンズは、息も絶え絶えに云います。「やれ」。躊躇なく、バーンズに銃弾を撃ち込むテイラー。バーンズを憎んだテイラーは、その憎んだ彼と同じやり方で、バーンズの命を奪います。

戦場のあちらこちらで、生存者が姿を現します。死体の陰に隠れて戦闘をやり過ごしたオニール。錫杖のような杖とライフルを両手に、死体の山をまたぎ歩くラー。自ら足をナイフで突き刺し、傷病人となるフランシス...後方へ送られるヘリに乗り込んだテイラーの頭をよぎるのは、戦死していった仲間たち、戦場に残る仲間たち、エリアス、そしてバーンズのこと。もう二度と戻ることのない戦場を後にしながら、テイラーは号泣し、そして独白します。

「思い出は一生残る。エリアスとバーンズの反目はいつまでも続くだろう。時として、僕は彼らの間の子のような気さえする」

*       *       *

「プラトーン」の脚本を執筆したオリバー・ストーン自身、上中流階級の出身で、テイラーと同じような理由で大学を中退し、そして一歩兵としてベトナム戦争に従軍したのだそうです。またこの映画に登場する人物たちには皆モデルが存在し、エピソードもそのほとんどがオリバー・ストーンの実体験に基づくものであり、たとえばベトナムに到着した途端に目にした死体袋の山も、兵士たちの日常生活も、彼らがマリファナに溺れるのも、ジャングルでの悲惨な行軍も、味方の攻撃で負傷するのも、古参兵が何も教えてくれないことも、足の不自由な若者の足元に銃弾を撃ちまくったことも、ベトナム少女を強姦しようとする仲間を咎めたことも、そして村人を虐殺したことも、村に火をつけたことも、みな本当に彼自身が体験し、目にしたとことだそうです(DVD収録のメイキングと音声解説より)。戦争を経験したことがないにもかかわらず、この映画に圧倒的なリアリティを感じてしまうのは、つまりはそこに、いわば"ホンモノ"しか醸すことのできない匂いが濃厚に立ち込めているからでしょう。



「プラトーン」を観てかつて感じたこと、そして今思うこと

プラトーン」を初めて観た当時、ティーン・エージャーだった自分の心をよぎった思いのひとつが、もし自分がこのような状況に置かれたとしたら、果たして最後まで正気を保っていることはできるのだろうかということです。そして、自分の本性が剥き出しになったとき、自分はいったいどんな人間になってしまうのかということです。キングやハロルドやラーのようでいられるのか、それともバニーやオニールやジュニアのような人間になってしまうのだろうか―。正義感に燃えて戦場にやってきた自分と同年代のテイラーが、内なる恐怖心に負け、ベトナム人の若者をいたぶるシーンは、おそらく自分だってまともでいられるわけがない、との思いが鋭く突き刺さってくる、実に苦味のあるものでした。戦争が、相対する敵のみならず、そこにあるすべてのもの―自身をも内側から破壊していくものであるということや、また兵士たちが何を心に抱えて故国に帰還してくるのかといったことが、とてもわかりやすく伝わってきたのです。

「プラトーン」は、そんなことを考えずにはいられなくなる、まさに息を呑むようなリアリズムの一方で、(前述した兵士たちの描き分け方にも見られることですが、)戦場における善悪の対比が通俗的といってもいいほどに、わかりやすく表現されている映画でもあります。その際たるデッサンが、バーンズ軍曹とエリアス軍曹の対立。戦争遂行のためには手段を選ばないという信念の持ち主であり、村落での蛮行とエリアス謀殺の企みを通じてその非人間的な非情さをこれでもかと見せつけるバーンズ軍曹が、言うまでもなく、"悪"の象徴であり、その一方、敵兵をこれ以上ないほど効率的に殺傷しながらも、"俺たちの国は横暴すぎた"などと自嘲めいたことを口にするエリアスが、"善"の象徴です。

そんなエリアスがバーンズの仕掛けた陥穽に嵌り、「弦楽のためのアダージョ」の荘厳な調べをバックに絶命する場面には、センチメンタルなヒロイズムがこれでもかとばかりに満ち溢れていて、うがった見方をすれば、このエリアスという人物には、ベトナム戦争にもアメリカの良心が欠片でも存在していたのだという、一兵士として従軍したストーン監督の、自ら(もしくはアメリカ)の行為に対する無意識の正当化の意思が込められているように思えたりもします。また最後の場面、テイラーによるバーンズの射殺で締めくくられる勧善懲悪のカタルシスは、今改めて観てみると、少々安っぽくもあり、リアリズムに彩られたこの映画には、なんだかそぐわないような気がしてしまったりもします。

「プラトーン」のイラスト(トム・べレンジャー)

初鑑賞時の感想と、今回観直してみての感想の最大の違い、それは、当時あれほど感情移入してしまったエリアスという人物の尊さが、なぜかとてもうつろなものに思えてしまったということです。エリアスの行動規範とその行為に、理屈ではない強いシンパシーを覚えながらも、しかし戦争(戦場)における行為が善悪の次元で表現されていることに、なんだか虚しさを感じてしまいました。このあたりの思いは、「地獄の黙示録」の記事で書き尽くした気がするので、ここで改めて繰り返しませんが、ひとつだけ「地獄の黙示録」になぞらえて言えば、バーンズはカーツ大佐そのものであり、また一方のエリアスは、(まったく違うようでいて)実は戦争の偽善性を象徴するキルゴア中佐からほんの少ししか離れていない、キルゴアのバリエーションに過ぎない存在のように思え、当時さっぱり理解できなかった(あるいはしようとも思わなかった)バーンズが口にするセリフ―"エリアスは偽善者だ"だとか"言い訳をしながら戦争をしている"という、さながら戦争に内在する欺瞞を糾弾しているとも聞こえるセリフが、今回はとても強く響いてきました。十五年にわたり、人間同士が殺し合い、数百万人の命が失われた戦争の手段に善悪などあるのだろうか、すべてのキレイごとは欺瞞に過ぎないではないか―という「地獄の黙示録」のメッセージが、(それが作者の意図したものかどうかは別として)「プラトーン」にも感じ取れたのですね。

果たしてエリアスという"ヒーロー"はこの映画に必要だったのか...それが今回観て、改めて感動しながらも、心に芽生えた疑問の最たるものでした。とはいえ、この"ヒーロー"の存在と善悪二元で表現された通俗的なわかりやすさこそが、当時の自分の心の奥深く、この映画の持つメッセージをストレートに届ける媒介となったこともまた確かなのであり、そうだとすれば、これはこれでいいのかな、と思えたりもします。

しかし米国という国は、このような映画を許容するほどに(なにせアカデミー賞作品賞ですから)自己反省ができる国であるにもかかわらず、なぜ懲りずにまたよその国に介入していくのか...湾岸戦争はこの映画の封切りからほんの五年後、ベトナム戦争終了からほんの十五年後のことでしかありません。湾岸戦争もイラク戦争もアフガン介入も、その語られる大義とは別のところに真の動機があるとしか思えなくなるゆえんです。



プラトーン(原題: Platoon
製作国: 米国
公開: 1986年
監督: オリヴァー・ストーン
製作総指揮: ジョン・デイリー/デレク・ギブソン
製作: アーノルド・コペルソン
脚本: オリヴァー・ストーン
出演: チャーリー・シーン/ウィレム・デフォー/トム・ベレンジャー/フォレスト・ウィテカー
音楽: ジョルジュ・ドルリュー
撮影: ロバート・リチャードソン
美術: ローデル・クルツ 
編集: クレア・シンプソン


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コメント

[C101] エリアスは、"ヒーロー"だったんですかね・・・

とはいえ、
今のMardigrasさんの想いとしては、「戦争の偽善性を象徴するキルゴア少佐からほんの少ししか離れていないところにいる、バリエーションでしかないということ」と云いたい感じや、そこに至る変遷などは、伝わってきました。

善悪も、良し悪しも、各自の感覚だけが、羅針盤という感じ、ありますね。
そして、常に揺らいだり、”やじろべい”のようにバランスを取ろうとしているものだなあ、とあらためて思います。

>しかし米国という国は…

20世紀前半までは、「国益」という理由だけで戦争できたのが、反戦運動の高まりによって、大義名分が、正義だの平和維持だのになっていただけ、陰湿化している感じはありますね。

恥ずかしげもなく、その辺の田舎芝居を先頭きってやるのが結構好きなのが、アメリカという国のような気がしてます。
戦争で本当に痛い目に遭ってない国って、怖いですよ。。。
  • 2009-02-03 15:30
  • シネマで現実逃避
  • URL
  • 編集

[C102] はじめまして

Mardigrasさん、はじめまして。

ご訪問ありがとうございます。
絵、とてもお上手ですね~。
何で、描かれているのですか?
私は、、、、何も描けないのですが、
好きです。
昔、Basquiatの個展に行きましたが、
感動しました。

お時間ある時にでも、またお越しくださいね。

応援しています。

[C103] >シネマで現実逃避さん

う~ん、スローモーションで感傷的に描かれるエリアスの最期をはじめ、ストーン監督はエリアスをヒーローとして描こうとしているんだなという意図を感じたのですね(これは今も)。で、初めて観たときはそのまんま、エリアスはヒーロー、という見方にこれっぽっちも疑問をいだくことはなかったのですが、改めて観て、ちょっと違うことを感じたという...

話がずれるかもしれませんが、アメリカという国は、いつでもどこでもヒーローを探している国、という気がします。正義だの平和維持だのの大義名分も、自らを世界のヒーローに見立てて、裏もなにもなく、けっこう本気でそう信じている人たちが多数いる気がしますね。アメリカという国とアメリカ人にかなり好意的な方だと思うのですが、ときに彼らの自信満々の独善性に接すると、この傲慢野郎!と、いらいらしてしまうこともあります。

戦争で本当に痛い目に遭ってない国...私たちが年金生活を送るようになる頃には、日本にも戦争経験者がひとりもいなくなって、この範疇に当てはまるようなメンタリティの国になっているかもしれませんね...

[C104] >kaoruさん

はじめまして、訪問とコメントありがとうございます!
絵はですね、AdobeのIllustlatorとPhotoshopというソフトを使って描いてます。

私も絵を観るのが大好きなのですが、自分で描いてみるのももけっこう面白いものですよ(絵というよりも落書きに近いのですが)。バスキアの作品をナマで観たことはありませんが、伝記映画はよかったですねー。

あまり頻繁に更新できないのですが、、、暇なときにでも、またぜひのぞいてみてください。
こちらからも、ときどきお邪魔させていただきますね。

[C105]

告白します♪
実は私、残酷シーンが苦手で、戦争を題材にした映画は観てないのです、、、
プラトーンもそう。
今回も上手な説明で観た気になりました。♪ どうも
ありがとう♪ 目に浮かぶ光景(想像はたくましい)は凄いです。

イラクに送られた兵士の最前線は貧しい地域の人達なのですよね。その地域の高校などで軍の人が勧誘に行く。食べていくことや就職、進学に困っているから入隊する。
攻められる方も弱者だけど戦線の最前線に送られる方もある意味 弱者ですよね。

7月4日に生まれてはみてるんですよ。たしかオリバー・ストーン?
トム・クルーズ好演でした。
独立記念日に生まれたから人よりも志願の志が大きかった、、、素晴らしい映画でした。

プラトーンも観てみたいけど、、、機会あれば
観ないともったいないですね  怖いけど。

プラトーン。あの大きく天に向かって手を広げるシーンのはそういう場面だったのですね。



[C106] 言い忘れた♪

そのアップはウィレム・デフォー?のイラストですね。
gooです♪

[C107] >whitypearlさん

そう、ウィレム・デフォーのイラストです。
ちょっと似てないかな~、と思っていたので、わかっていただいてかなりうれしいです!

苦手な映画...わかります。私はスプラッタ系の残酷なヤツがダメですね~。戦争映画はドラマとしてよくできてる作品が多いので、けっこう観ます。でも確かに、観るのにエネルギーが要りますね。

戦線の最前線に送られる方もある意味 弱者...まったくそのとおりですね。特にベトナム戦争のときは徴兵制だったから、特にそう思います。無事兵役から帰ってきて、学費免除で大学にいって、いまではとても優秀な弁護士になっている人を知っているのですが、中にはそうやってチャンスを掴む人もいたりするみたいです。

「7月4日に生まれて」もストーンですね。トム・クルーズは「トップガン」のイメージが強かったので、あのキャストは驚きました。でも素晴らしい演技でしたね!

「プラトーン」も、刺激的な映画の多い今となっては、そんなに残酷じゃないかも...同じ戦争モノでも、「プライベート・ライアン」とかに比べたら、ビジュアル的にはよっぽどおとなしい気がしますよ。機会があれば、ぜひ!

[C108] きゃ~言わせて~♪

わたくし、、、、 実は、、、、、、、、、
観ております、、(涙目)
プライベート・ライアン、、 


いいお話なのです。うん。わかるの、、、、
本当にスピルバーグは凄い(あれ、、そうですよね)

でもでも、、、最初のあれ!! は 何分くらいですか?
ノルマンディ上陸作戦??
私は映画館のなかでショック死(気分は)でした!!完全 死人 ていうか
死霊のはらわた、、

いえお話はとても いいのです、、、、、、
思い出すとね  、、、、、、いえない、、

じゃ♪ 私 全然大丈夫 観られるかも♪♪♪
だってライアンに比べたらおとなしいのでしょう???

[C109] >whitypearlさん

え~「プライベート・ライアン」観てるんですか(笑)。
だったら、ぜったい「プラトーン」は大丈夫ですよ~。

そう、「プライベート・ライアン」はスピルバーグ。ノルマンディの丘を上がりきるまでの戦闘シーン、あれ何分ぐらいだろう...ちょっと、息詰まりますよね。「プラトーン」なんて、あれに比べたらもうぜんぜんおとなしいですよ(笑)!

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復讐するは我にあり
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男はつらいよ 寅次郎恋歌
男はつらいよ 寅次郎忘れな草
男はつらいよ 寅次郎相合い傘
男はつらいよ 寅次郎ハイビスカスの花
武蔵野夫人
仁義なき戦い
麻雀放浪記
幸福の黄色いハンカチ
悪魔の手毬唄
夜叉
丹下左膳餘話 百萬兩の壺
姿三四郎
劔岳 点の記
影武者
洋画の紹介
第三の男
ブレードランナー
ゴッドファーザーPARTII
羊たちの沈黙
ミッドナイト・ラン
スカーフェイス
ビッグ・ウェンズデー
ゴッドファーザー
駅馬車
荒野の決闘
ダンス・ウィズ・ウルブズ
燃えよドラゴン
スパルタンX
ターミネーター2
パルプ・フィクション
アパートの鍵貸します
引き裂かれたカーテン
めまい
夜の大捜査線
地獄の黙示録 特別完全版
サンセット大通り
モーターサイクル・ダイアリーズ
8 1/2
真夜中のカーボーイ
スティング
プラトーン
ダイ・ハード
赤ちゃんに乾杯!
太陽がいっぱい
マルホランド・ドライブ
薔薇の名前
リバー・ランズ・スルー・イット
ルートヴィヒ
M★A★S★H マッシュ
バック・トゥ・ザ・フューチャー
タクシードライバー
エンゼル・ハート
バグダッド・カフェ 完全版
未来世紀ブラジル
明日に向って撃て!
恐怖の報酬
レスラー

キル・ビルVol.2
2001年宇宙の旅
ブリキの太鼓
ジュラシック・パーク
十二人の怒れる男
ゲッタウェイ
ミシシッピー・バーニング
ベルリン・天使の詩
裏切りのサーカス
ブラック・レイン
アマデウス
遠い空の向こうに
カプリコン・1
その他映画関連
いとしの映画音楽
この邦題がすごい!
この映画の原作がすごい!(海外編)
この映画の原作がすごい!(国内編)
あの映画のコレが食べたい!
2010年イラスト・カレンダー
「ツィゴイネルワイゼン」を訪ねて
2011年イラスト・カレンダー
続・この映画の原作がすごい!(上)
続・この映画の原作がすごい!(下)
シネマ・イラストレイテッド in TSUTAYA
「劔岳 点の記」を訪ねて
その後のシネマ・イラストレイテッド in TSUTAYA
「夜叉」を訪ねて
「ツィゴイネルワイゼン」を訪ねて(その2)
2014年イラスト・カレンダー
「砂の女」を訪ねて
「悪魔の手毬唄」を訪ねて
「武蔵野夫人」を訪ねて
「岳 -ガク-」を訪ねて
「ゼロの焦点」を訪ねて
「男はつらいよ 寅次郎相合い傘」を訪ねて
「遥かなる山の呼び声」を訪ねて
「幸福の黄色いハンカチ」を訪ねて
「ミッション:インポッシブル/ローグ・ネイション」を訪ねて
「裏切りのサーカス」を訪ねて

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