スカーフェイス

どうだ、まだ立ってるぜ!!
スカーフェイス(アル・パチーノ)

つの頃からか、ふと気がつくと、あちらこちらの街にあった、名画座や二番館と呼ばれる映画館がめっきり少なくなってしまいました。

私が学生だった頃の行動範囲だったJR中央線沿線には、国立、三鷹、吉祥寺、荻窪、中野、新宿、飯田橋...とそれこそいたるところに名画座があって、どこかしらで興味のある映画を上映していたものです。中でも中学、高校と6年間通学していた街、国立にあった国立スカラ座は、もっとも足繁く通った映画館でしたが、残念ながら、ここも二十年ほど前に閉館してしまいました。

中央線沿線以外でも、三軒茶屋や高田馬場、池袋あたりの名画座によく足を運んだものですが、今もまだ残っている映画館は、もうほんの数えるほどです。レンタルビデオや衛星放送などの影響が大きいのでしょうが、真っ暗闇の中、大きなスクリーンで名画や好きな映画を鑑賞する機会が減ったのは、とても残念なことです。


「スカーフェイス」の魅力=トニー・モンタナという男

ライアン・デ・パルマ監督、アル・パチーノ主演のバイオレンス・アクション、「スカーフェイス」(1983)もまた、懐かしきマイ・ホーム・シアター、国立スカラ座で観た一本です。私が高校二年生のときで、ジーン・ハックマン主演の「地獄の七人」(1983)と同時上映でした。

友だちに誘われ、学校の帰りに観に行ったのですが、ギャング映画という程度の知識しかなく、楽しみにしていたのはむしろ、「地獄の七人」の方でした。しかし「スカーフェイス」の上映が始まってからはもう、目がスクリーンに釘付け。それまで観た映画のどれをも上回るパワフルな暴力描写と人物造形は、観ていて息が続かなくなるほど強烈で、アドレナリン全開、全身の毛穴は開きっぱなし。なにかと刺激を求める年頃のこと、そんなR-15なドラマにひたすら魅せられてしまったものです。

「スカーフェイス」の主人公は、アル・パチーノ演じる前科者のキューバ移民、トニー・モンタナ。この、キューバ訛りの英語をしゃべる誰でもない男、トニー・モンタナが、マイアミの裏社会であれよあれよという間にのし上がり、そしてあれよあれよという間に墜落していくさまが、これでもかの迫力と緊張感のある映像で描かれていきます。アル・パチーノは、同じギャングでも「ゴッド・ファーザー」(1972)で演じた暗黒社会のサラブレッド、マイケル・コルレオーネとはまったくタイプの違うチンピラを、実に下品に、そしてパワフルに演じています。トニーの最大の武器は度胸とはったりで、猜疑心が強く、怜悧で冷酷。インテリジェンスなどはクスリにしたくとも持ち合わせがなく、しかし計算高くて機をみるに敏、ドブネズミのように逞しくずる賢い男です。後半、成り上がったトニーの部屋に置かれたでんとでかい豪奢な執務デスクは、アルコールと葉巻、そして白い粉で占領されています。無知で無教養、美的センスのかけらもなく、またそもそもそんなセンスなど屁とも思っていない...人の視線など歯牙にもかけず、自らの欲望の赴くがまま、ひたすら強引に突き進むトニー。その、これでもかのステキな趣味・嗜好をまとめてみると...


 シビれる男、トニーはこんな人
好物:コカイン(大盛り)
好きな女性のタイプ:気位が高くて気まぐれでゴージャスな女性(または妹)
好きな動物:トラ
座右の銘:The world is yours. (世界はキミのもの)
口癖:Fuck! (状況に応じて意味はイロイロ)
愛車:ポルシェ、ロール・スロイス(本当はトラ柄シートのキャデラックが好み)
すまい:白亜の豪邸(内装の基調カラーは赤と黒)
得意なこと:殺人、コカインいっき
苦手なこと:皿洗い、ダンス、ナンパ
お気に入りの時間:葉巻をくわえてバブルバスに浸かりながらのテレビ観賞

いや~、シビレます。


観終わるとぐったりしてしまう映画、「スカーフェイス」

スカーフェイス」の脚本は、のちに「サルバドル/遥かなる日々」(1986)や「プラトーン」(1986)、「JFK」(1991)といった映画を作ったオリヴァー・ストーン。とかく現代史にまつわる作品の多いストーンですが、キューバからのボート・ピープルの群れに多くの犯罪者が紛れ込んでいたという導入部や、米国で社会問題化していたコカイン汚染を真正面から織り込んだストーリー展開に、そのらしさがうかがえます。

監督は、ブライアン・デ・パルマ。それまで観たことのある作品が、「殺しのドレス」(1980)と「ミッドナイトクロス」(1981)だけだったこともあり、私の中ではサスペンスの人というイメージだったのですが、この映画では、そのスリラー・タッチに優れた演出をバイオレンス・アクションに持ち込んで、異常な緊張感を醸し出すことに成功しています。たとえば冒頭、暴動で騒然とした難民キャンプの中で、ナイフをかざしてテントからテントへと政治犯をゆっくり追い詰めていく、まるで熱にうなされた悪夢のような暗殺場面。またトニーがのし上がるきっかけとなった、モーテルの一室でのコロンビア人との麻薬取引のエピソード。取引がまとまらず、怒ったコロンビア人がチェーン・ソーを持ち出して、トニーと仲間を脅しあげるのですが、これが今でも観るのに覚悟がいるくらい、めちゃくちゃ恐ろしい。拳銃を突きつけられたトニーの目の前で、ビニール・テープで口を塞がれた仲間がバスルームの天井に吊るされ、チェーン・ソーで生きたまま切り刻まれていくのですぎ、その映像は、「次は足だ」とか言いながらも、トニーの顔やシャワー・カーテンに激しく飛び散る血を見せるだけで、残酷な場面を真正面から捉えることをしません(そしてモーテルの外には南国ののどかな風景が広がっていて、バスルームの中の凄惨な光景とのギャップがこれまた怖い)。ヘタに露骨な映像を観せられるより、こういった描き方の方が頭の中で想像力の限界まで恐怖が広がって、よっぽどショッキングなのですね。

とまあこの映画、こんな感じで観ているだけでへとへとに疲れてしまう場面が数珠繋ぎとなって、トニーが危なっかしくも強引にのし上がっていくさまを、濃厚に、じっくりと描いていきます。そしてこの映画の前半のハイライトともいえる、短いながらも印象的なショット...トニーは、頭角をあらわした自分を始末しようとしたボスを返り討ちにすると、かねてより懸想していたボスの情婦、ミシェル・ファイファー演じるエルヴィラをボスの屋敷に訪ねます。そしてエルヴィラを口説き落とし、彼女の身支度を待ちながら、薄暗い豪邸の窓辺で夜の海を眺めてタバコをふかすトニーの前を、飛行船の巨大な黒い影が、ゆっくりと横切っていくのです。飛行船の横腹に、パンナムの電飾広告が流れます。

”THE WORLD IS YOURS...”
「世界はあなたのもの...」


目をかっ開き、興奮を鎮めながら飛行船をじっと見つめるトニーを捉えたロングショット。そしてそこに流れる、ジョルジオ・モロダーの重々しいシンセサイザーのテーマ曲。男なら誰でも、トニーの野望に心を同調させて、

「やったなトニー、よし、俺もやるぜ!」

と心が騒いでしまう場面なのであります。

そうして、観ているこっちの精神的疲労もピークに達しようかという頃、ようやくほっと一息つける時間がやってきます。それは、マイアミの裏社会を成り上がりきったトニーが、晴れてエルヴィラと結婚式を挙げる場面。がんがん響く"Push it the limit"のアップテンポなビートにのせ、トニーと仲間たちが呵呵大笑しながら、葉巻を咥え、成金趣味200%の豪邸の庭を我がもの顔で闊歩します。広大な庭の一角には、本物のトラが木に繋がれています。のしのしと歩き回りながら咆哮するトラを皆に披露して、得意満面のトニー...そんなトニーを眺めながら、

「もういいからここで終わってくれ!」

と心の中で思った当時の私(ここまでで約1時間50分、もうおなかいっぱい)。

しかしそうはならず、無理して頂点に登り詰めた者の宿命、今度は同じ山の坂道を転げ落ちるようにして、トニーがあっという間に破滅していくさまが描かれていきます。ここからがまた、前半にも増して緊迫度120%の疲労蓄積シーンの連続で、しかもエンディングの銃撃戦のカタルシスたるや、未だこれを上回るものにはお目にかかったことがない、窒息しそうなほどのハイテンション。がっくり疲れてしまい、映画が終わってからもしばらく、椅子から立ち上がれなかったものです、

そして映画館を出てからも興奮冷めやらず、友だちと血潮をたぎらせながら、国立駅前の森永LOVEで、この映画のことを熱く語り合ったことをいまだに覚えています(その時点で「地獄の七人」の印象はどこかに消えてしまっていたと思われる)。

とまあ「スカーフェイス」は、男なら、しかもティーンエージャーなら、脳みそがぐつぐつ沸騰してしまうこと間違いなしの一本なのです。



余談あれこれ

前、シカゴホープ」という米国のテレビ・ドラマを観ていたら、登場人物の若い男の医者とその彼女がレンタルビデオ屋で何の映画を借りるか言い争いになるエピソードがありました。男が「スカーフェイス」を借りたがり、その素晴らしさを熱く語るのですが、彼女は心底嫌がって「恋人たちの予感」がいいと言います。やっぱり女性にとってこの映画は、そんなものなのでしょうか。まあいずれにしても、彼女と観るような映画ではないと思いますが。

*        *        *

この映画には、誰かれかまわずやたらとコカインをキメまくるシーンが出てきます。当時ドラッグに関する知識といえば、シンナーをビニール袋に入れて吸うか、覚醒剤を注射で打つくらいなものだったので、エルヴィラが白い粉を匙ですくって鼻に突っ込むのを見て、いったい何をやってるんだろう、と不思議に思ったものです。むろん、観ていれば何のことか、すぐにわかるようになるわけですが、しかしまあ、こうして青少年は余計な知識を学んでいくのですね。

*        *        *

オープニングとエンディング、そして飛行船のショットに流れる「トニーのテーマ」が実にカッコよくて、「スカーフェイス」のサントラがないものか、当時あちこちのレコード屋を探したものですが、結局見つからずじまい。ところがつい最近、ふと思い出してアマゾンをチェックしたところ、なんと輸入版があったではありませんか!衝動的に買ってしまいました。

*        *        *

エン・ドロールの冒頭で、この映画をハワード・ホークスとベン・ヘクトに捧げる、という献辞が掲げられます。「スカーフェイス」は、1932年製作の映画「暗黒街の顔役」(原題は同じ"Scarface")のリメイクで、ハワード・ホークスは「暗黒街の顔役」の監督、ベン・ヘクトはその脚本家だそうです。確かパンフレットに、「暗黒街の顔役」がいかに名作だったかについての解説が載っていたと思うのですが、いつか観てみたいと思いつつ、いまだに観たことがありません。

*        *        *

「ブレードランナー」を観てリドリー・スコット好きになったように、この映画を観て以来、すっかりブライアン・デ・パルマのファンになりました。「アンタッチャブル」(1987)や「ミッション・インポッシブル」(1996)のような大作もよかったし、ヒッチコックにオマージュを捧げているかのような小品も好きです。ただ、2006年の監督作品の「ブラック・ダリア」(2006)...ジェームズ・エルロイの同名の原作がノワール・ブームの発火点となった作品で(サイコ・ブームのときの「羊たちの沈黙」のようなもの)、これが相当面白いので映画も期待していたのですが、意外なほどにおとなしい映画になってしまっていて、がっかりしました。ちなみに同じエルロイの作品をカーティス・ハンソン監督が撮った「L.A.コンフィデンシャル」(1997)、これはホント素晴らしかったです。



スカーフェイス(原題: Scarface
製作国: 米国
公開: 1983年
監督: ブライアン・デ・パルマ
製作総指揮: ルイス・A・ストローラー
製作: マーティン・ブレグマン
脚本: オリヴァー・ストーン
出演: アル・パチーノ/スティーブン・バウアー/ミシェル・ファイファー
音楽: ジョルジオ・モロダー
撮影: ジョン・A・アロンゾ
美術: エドワード・リチャードソン
編集: デイヴィッド・レイ/ジェリー・グリーンバーグ


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コメント

[C181]

いきなりに、すみません。
イケてますね~。この、「ブログ。」
最高です、感動やんす。

是非また、遊びにきます。
いや、勉強に来ます。

有り難うございます。
  • 2009-04-28 14:37
  • 光隆
  • URL
  • 編集

[C182] >光隆さん

ありがとうございます!

あまり頻繁に更新してるブログではないのですが、
またお暇なときにでも、ぜひ覘きにきてください!

[C187] 久々に訪問したついでに???

ブログ訪問どころか、自宅のPCにログインすること自体が実は久々だったりします(苦笑)。。。

この映画、私も見せられてる映画の一つです。

私にとっては、この映画の魅力は、シンプルさと、どっかゴリっとした骨太さのような気がします。

妙なカタルシスあるんですよねー。

DVDで時々観る度に、
大体、2~3回、立て続けに観てしまいます。

全体に漂う救い様のなさが、かえって心地よかったりしてしまう。

また、イタリア系マフィアにはない、妙な怖さも「味」ですね。
  • 2009-05-04 05:29
  • シネマで現実逃避
  • URL
  • 編集

[C190] >シネマで現実逃避さん

かなりご多忙のご様子ですが、GWくらいゆっくりされないと、、、ですね(笑)。

度胸勝負のチンピラがゼロからのし上がってそして堕ちていく、この映画、ホント、シンプルですよね~。まさに骨太って表現がぴったり。そのシンプルさゆえ、エンディングのドッカーンというカタルシスとアドレナリン放出量は、私にとってもうこれが生涯ナンバー・ワンです。

でもこのテンションのひたすら高い映画、続けて2、3回はすごい。ジェットコースターのように上がるだけ上がって一気に下って、私は1回観るともうぐったりしてしまいます(笑)。

全編アル・パチーノが出ずっぱり。好きな方にとってはこれまた堪えられない映画なんじゃないでしょうか...

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