アレンジ
ロケ地めぐりの旅(下)「ツィゴイネルワイゼン」を訪ねて
数
年前、
「ツィゴイネルワイゼン」
(1980)のロケ地を訪ねて一日、鎌倉(と大磯)をほっつき歩いたことがあります(
こちらの記事
参照)。さすがは古都鎌倉、そのロケ地のほとんどが、映画当時の面影そのままに残されていたことに、いたく感激したものですが、「ツィゴイネルワイゼン」には、彼の地以外にも、いまだ当時の景観が保たれているであろうロケ先が、いくつかあります。
「夜叉」
(1980)のロケ地を訪ねた帰り道、北陸からどう東京に戻ろうかと思案しつつ、日向から気山駅に向かって歩くうちに思い出したのが、このことです。
日本一短いトンネル?(大井川鐡道)
浜
松から電車で40分ほど東に行った先に、江戸時代の昔、"箱根八里は馬でも越すが 越すに越されぬ大井川"と詠われた、いにしえの東海道屈指の難所、大井川があります。この暴れ川に沿って、東海道本線の金谷駅から、南アルプスの懐に抱かれた山間の集落、標高686mの井川駅までの64kmを、本線と支線を乗り継ぎ約3時間で結ぶ渓谷鉄道が、大井川鐵道です。昭和初期、大井川上流の林産物の輸送を目的として敷設され、その後、ダム建設のための専用軌道として延伸された大井川鐵道は、平成の今となっては、国内屈指の渓谷美を誇る山岳路線として、また蒸気機関車を動態保存する観光路線として、メジャーな観光地であるのはむろん、ひと昔前の時代を描いた映画の鉄道風景に欠かせない、定番のロケ地ともなっています。
たとえば
「劔岳 点の記」
(2008)をはじめ、同作の監督の木村大作が「夜叉」と同じくカメラマンを務めた
「鉄道員(ぽっぽや)」
(1999)、それに
「悪魔の手毬唄」
(1977)、
「男はつらいよ 噂の寅次郎」
(1978)、そして今回の旅でそのロケ地を訪れたいと思って叶わなかった、
「ゼロの焦点」
(1961)の平成リメイク版など。
そんな数ある作品の中でも、大井川鐡道を舞台にした名場面といえば、「悪魔の手毬唄」のエンディングにおける、岡山の総社駅に見立てられた家山駅のプラットホームでの、金田一耕助(石坂浩二)と磯川警部(若山富三郎)の別れの場面でしょうか。残念ながら、今回は寄り道する時間がなく、通り過ぎるしかありませんでしたが、それでも車窓から眺めた家山駅の素朴なプラットホームには、35年前の映画の情緒あふれる場面の面影が、いまだに残っていました(2014年12月に家山駅を再訪しました→
「「悪魔の手毬唄」を訪ねて」
)。
さて、今回の私の目的地は、家山駅から2つ先の駅、地名(じな)。この、鄙びた無人駅から目と鼻の先に、「ツィゴイネルワイゼン」のロケ地となった、"日本一短いトンネル?"と?付きで呼ばれる短いトンネルがあります。旅先で、大谷直子演じる小稲が原田芳雄演じる中砂に追いすがり、ふわりと日傘を飛ばす場面に出てくる、あのトンネルです(えっ、ご存じない?)。「ツィゴイネルワイゼン」には、鎌倉の釈迦堂切通や鶴岡八幡宮の太鼓橋をはじめ、まるでこの世とあの世を結ぶ境界のような場所がいくつか登場しますが、ここもまた、そんなスポットのひとつ。
金谷駅から約40分、周囲を山々に囲まれた狭隘地に茶畑の広がる長閑な田舎駅で下車すると、ホームのすぐ先に、そのトンネルはありました。それにしても、家山駅と同様、トンネルとその周囲の景観が、映画当時とまったく変わってない(ように見える)のがすごい。古びた駅舎を抜け、国道沿いにぐるりと茶畑を迂回して、トンネルへと向かいました。
"私、お嫁に行きます。こんなところまでついてきてしまったけど、あなたには立派な奥様がおありになるし"
薄っぺらい、左右非対称の歪なコンクリートの躯体の上に、ぼうぼうとした枯木と枯草が不自然なほど豊かに生い茂る、じっと見ていると、思わず生理的な嫌悪感の湧いてくる、と言って言い過ぎであれば、どこかぞくりとさせられるところのある、なんとも薄気味の悪い佇まい。そもそも、なんでこんなところにこんなトンネルが必要なのか、その存在理由がさっぱりわからなかったのですが...説明看板がありました。大正から昭和の初期にかけて、藤枝と大井川上流の千頭の間で荷運び用の索道(輸送ケーブル)が運営されており、そもそもトンネルは、この索道と大井川鐡道との交点に設けられた、保安のための防護壁だったのだそうです。
トンネルと言っていいのかよく分からないトンネルの先には、映画で中砂が吸い込まれていった、二つ目の、そしてこちらはいかにもトンネルらしいトンネルが、山腹に、真っ黒な口を開けていました。
"あなた、私の骨が好きなんでしょ"
というわけで、トンネル見物が終われば地名でほかにやることはなく、上り列車を待つこと1時間。人気のないプラットホームのベンチで、あたりをずっとうろうろしていたジョウビタキを友に、前日から読み続けていた横山秀夫の
「64(ロクヨン)」
を読了。久しぶりに、ずしりと読み応えのある、かっかと身体が火照ってくるような、分厚い面白さを持った小説を読みました。続いて京極夏彦の
「邪魅の雫」
を読み始めたところで、ようやくやってきた列車に乗り込むと、途中、蒸気機関車とすれ違ったりしながら金谷駅へと戻り、再び東海道本線で、今度は大井川を渡った隣の駅、島田駅へ。
世界一長い木造橋(蓬莱橋)
い
かにも休日の郊外らしい、清潔な佇まいの、そして閑散とした駅前から東南方向に歩くこと20分。大井川べりに出ると、やがて行く手に、この日の第二の目的地、蓬莱橋が見えてきました。
"相変わらず、ヘソ曲がりだね。ボクが誘った時には断っといて、こっそり、一人だけで旅行するなんてね"
蓬莱橋は、大井川に架けられた、島田市街と対岸の牧之原台地を結ぶ、歩行者専用橋です。明治の御代に完成し、その後、大水で何度も崩落と流失を繰り返してきた、橋板が全長900mにわたって一直線に並ぶ、世界一長い、木造の橋です。一目見たら忘れられない、情緒あるその佇まいは、前出の「男はつらいよ 口笛を吹く寅次郎」をはじめ(寅次郎が、大滝秀治扮する雲水とすれ違う場面)、これまた映画でお馴染といっていい風景。「ツィゴイネルワイゼン」では、前半、旅先の中砂と青地(藤田敏八)が門づけを見かける場面、そして中砂と青地、小稲の三人が逍遥する場面の二度にわたって登場します。「ツィゴイネルワイゼン」にあっては、この異形の橋もまた、いうまでもなく、顕界と幽界の境目を象徴するものです。
"全部で六匹か...死んだオンナの股から出てきた蟹の数だよ"
いざその袂に立って、どこまでも真っ直ぐに伸びる一本橋の行く手を眺めれば、対岸が霞んで見えるほどに長い。まさしく異景。果たして橋を渡った先に何が待っているのか(むろん何も待っていないわけですが)、ともかく番小屋(さすがに映画のトタン葺きの小屋ではなかった)で通行料を払い、此岸と彼岸をひと往復。
鬱蒼とした樹木の生い茂る対岸の丘陵に、目立った人工物は一切なく、歩を進めるたび、次第に、映画に描かれた大正の時代に紛れこんでいくような気分にさせられます。橋の下には、ところどころに枯葭原の点在する寂寥とした河原が広がっていて、渇水期の大井川は、いったいどこに橋を崩落させるほどの力を秘めているのかと思うほど、正月らしい、静かな佇まいをみせていました。
"生きた肝をね、口移しに食べさせるんですって"
橋を半分ほど渡ったところで、ようやく眼下に、しっかりした川の流れが見えてきました。映画の中で、ウナギ採りに精を出す樹木希林の操る川舟は、もっと北岸寄りの流れに浮んでいたように思いますが、それらしき流れは見当たりませんでした。さすがに暴れ川だけあって、その澪筋も、時とともに変化するのでしょう。
ようやく対岸に辿り着いたところで振り返ってみれば、北岸には、ところどころに工場の点在する町風景が広がっていました。遠く、冠雪した富士山がすがすがしい。さりとて彼岸から見やる此岸のあまりに近代的な景色には、さすがの橋の魔力もたちどころに雲散霧消してしまい、町景色を眺めながらの帰り道は、やや味気ない。
気分転換に双眼鏡を取り出し、ここで急遽、河原のバードウォッチング。ジョウビタキ、キセキレイ、ハクセキレイ、セグロセキレイ、ホオジロ、カワラヒワ、スズメ、メジロ、ヒヨドリ、ムクドリ、キジバト、アオジ、シジュウカラ、エナガ...と普通種ばかりながら、この季節に河原で見られそうな鳥が、お約束的にあとからあとから現れて、ふと気づけば、番屋はもう目の前でした。
@
2014-01-22
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[
C
1084
]
こんにちは。
映画はみていませんが曲は知っています。^^
トンネルも橋も
TVでみたことがあります・・
古い時代をとる時には大事な風景なんでしょう。
橋の上の方達は観光客なのでしょうか?!
本を片手に・・良い旅になりましたね(*^_^*)
2014-01-23 06:55
yamaneko
URL
編集
[
C
1086
] >yamanekoさん
こんにちは、コメントありがとうございます。
映画は、サラサーテの声が誤って録音されてしまった「ツィゴイネルワイゼン」のレコードがモチーフになってるんですが、原作者の創作かと思っていたら、このレコードが本当に存在すると知って、とても驚きました。。。
さすがにトンネルには誰もいませんでしたが、橋はけっこう人がいました。名所なんですね。一見の価値あり、です!
2014-01-25 19:39
Mardigras
URL
編集
[
C
1100
] いい旅をなさいましたねっ
鈴木清順監督のこの映画は好きでシーンもうっすらと覚えています。
大谷直子ともう一人の(名前をど忘れ)たしか名前を変えられてオオグシ?
女優さん達の着物姿がとても粋でみとれてました。
この蓬莱橋は風情があっていいですねぇ
2014-04-13 19:52
ヘルブラウ
URL
編集
[
C
1103
] >ヘルブラウさん
ありがとうございます、
蓬莱橋、もう30年以上も前の映画の風情そのままで、とても感動しました。
探せば日本にも、まだまだ素敵なところが残ってます。
女優さんの名前、大楠(おおくす)道代ですね。何年か前にたけしの「座頭市」で久しぶりに見たと思ったら、あれももう10年以上前の映画なんですね...月日の経つのがホントに早い...
2014-04-15 22:59
Mardigras
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橋の上の方達は観光客なのでしょうか?!
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