「悪魔の手毬唄」を訪ねて

「悪魔の手毬唄」のイラスト(岸恵子)

川崑監督が手掛けた金田一シリーズの大きな魅力は、戦後の時代風俗やおどろおどろしい作品世界の空気が滲む、1970年代の後半によくこんな場所を見つけたものだと思う、その雰囲気ありすぎのロケーションにあります。

たとえば「犬神家の一族」(1976)の舞台となった、信州の地方都市のローカルな風情や、緑を映す湖面がまばゆい山上湖、そしていかにも停車場と呼ぶのが似つかわしい「那須駅」の佇まい。あるいは逆光の海に浮かぶ「獄門島」の黒々としたシルエットや、敷き詰めたように屋根瓦が連なる港の家並が美しい、「獄門島」(1977)。はたまた陰惨の気がスクリーンに色濃く立ち込める、まるで此岸と彼岸を結ぶ通路であるような、「病院坂の首縊りの家」(1979)の「病院坂」。

しかしなんといっても極めつけは、「悪魔の手毬唄」(1977)に描かれる、旧い因習に縛られた岡山の山奥の村、「鬼首村」の情感豊かな冬枯れの風景と、エンディングで金田一耕助(石坂浩二)と磯川警部(若山富三郎)が別れを交わす「総社駅」のひなびた佇まい、ではないでしょうか。


「鬼首村」はどこに?(以下、ネタバレ)

の、「鬼首村」のロケ地が、実は岡山県ではまったくなく、奥秩父山塊の南部に位置する山梨県甲斐市のとある集落であったこと、また岸恵子演じるリカが入水する「人食い沼」が、神奈川県相模原市の津久井湖だったこと、そして「総社駅」が、静岡県の大井川沿いを走る、大井川鐡道の家山駅だったことは、数年前にネットを調べて初めて知りました(金田一耕助モノの映像作品ガイドの決定版、「映画秘宝EX 金田一耕助映像読本」にも、詳しく記されている)。

知ったら行きたくなる、というわけで、一昨年の正月、「ツィゴイネルワイゼン」(1980)のロケ地である大井川鐡道の地名駅を訪ねた際(→「「ツィゴイネルワイゼン」を訪ねて(その2)」)、ついでに家山駅にも立ち寄ろうと思っていたのですが、旅程の都合上、どうしても下車する時間がとれず、車窓から、ホームの佇まいを眺めるだけで満足するほかありませんでした。

また甲斐市の集落は、昨年の10月、奥秩父の瑞牆山に登った帰りに訪ねてみたものの、途中で道に迷い、しかも集落の入口がなかなか見つからず、あたりをうろうろしているうちにすっかり日が暮れてしまったという、絵に描いたような無駄骨を折ったことがありました。

とまあ、そんなわけで昨年末、「砂の女」のロケ地である浜岡砂丘を訪れたあと(→「「砂の女」を訪ねて」)、続けて足を延ばした先が、物好きにも二度目の家山駅であり、そしてその翌日に訪れたのが、これまた物好きにもほどがある、二度目の「鬼首村」のロケ地だったのであります。


「総社駅」を訪ねて

州灘に面した浜岡砂丘から、大井川鐡道の家山駅までは、およそ60kmの道のりです。大井川沿いに、山あいを縫って延びる国道を北上し、南アルプス南部の裾に連なる前衛の山々に囲まれた家山駅に到着したのは、もうそろそろ夕方になろうという時刻でした。国道を折れ、駅へと延びる脇道へクルマを進めると、やがて前方に、映画で確かに見覚えのある、瓦屋根の駅舎が見えてきました。

遙々映画のロケ地を訪ね、そこに記憶にある景色を見つけたときの悦びは、格別です。今から40年近くも昔に作られた「悪魔の手毬唄」の面影が、平成の御代にこうもありありと残っているとは、いやまったく、わざわざ再訪した甲斐があったというものです。

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"総社の町から鬼首村行きの最終バスは5時ですけん、それじゃったらやっとこさ間に合いますワ"

線路沿いの空き地にクルマを停め、駅の待合に足を踏み入れると、ここにもまた、ぷんと昭和の香り。ペンキの剥げた木製のベンチと板壁。風が吹けばがたがたと鳴りそうな、薄い窓ガラス。待合に彩りを添える、いかにも温泉町らしい、温泉旅館の素朴な案内看板。映画の中で、金田一耕助と見送りに来た磯川警部が、謝礼をめぐって受け取れ、受け取れません、のやりとりしていた場所が、ここでした。

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"必要経費だけいただきます"
"まだいっとるンですか、しつっこいな、あんたも"
"...あずけときます"


ちなみに家山駅は、「鉄道員(ぽっぽや)」(1999)や、「男はつらいよ 噂の寅次郎」(1978)のロケ地でもあります。そしてそれ以外にも、山ほどの映画やテレビドラマがここで撮られていたことを、待合室に掲げられた「家山駅ロケの作品一覧」で知りました。いや、この時代にこの風情なら、さもありなん。

大井川鐡道は、蒸気機関車を動態保存しており、今でも日に数本、SLが汽笛を響かせ、真っ白な蒸気と真っ黒な煤煙をもくもく吐きながら走っています。時刻表を見ると、30分ほどすればSLがやってくることがわかり、せっかくなので待つことにしました。入場券を買い、線路を渡ってプラットホームに行くと、そこには平日にもかかわらず、同じくSL目当てらしい観光客が、ちらほらといました。どこからかわざわざバスでやってきて、ここからSLに乗ろうとしているらしき人たちもいて、そのプランがちょっと羨ましい。

2年前にも確かめたことですが、プラットホームの佇まいもまた、映画当時の面影をそっくりそのままとどめていました。ホームの柱に「そうじゃ」の駅名看板を掲げれば、金田一耕助を見送った磯川警部がひとり寂しそうに佇んでいた、映画の情景そのままです。

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"ああ、歌名雄君ね、やっと納得しましたよ。私が引き取ることを"

あたりの位置関係から察するに、金田一耕助が乗り込んだ汽車は、金谷方面からやってきたものだったようです。しかしこの時間の汽車は、反対方向の千頭から。やがて遠くの方に、ひと筋の白い煙が見えはじめ、みるみるうちに真っ黒い蒸気機関車が、力強いストロークで、レトロな客車を引っ張って入線してきました。

数分間のすれ違い停車の間、乗務員が炭水車に登って、石炭をせっせとシャベルで運び下ろしていました。その作業を見物しながら、動いている蒸気機関車をまともに見たのは、思えばこれが生まれて初めてだったことに気がつきました。

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つい最近読んだ、内田百閒の「阿房列車」のうちの一篇に、「春先の宵にしては珍しく風のない静かな家の外から、近くの土手の下の中央線を走るD51機関車の汽笛の音が聞こえて来た」という一文がありました。

百閒先生の家があった市ヶ谷に近い中央線の土手といえば、桜並木の美しいところです。春の宵、桜吹雪の舞い散る下を蒸気機関車が走り抜ける情景は、さぞかし風情があったことでしょう。この一篇が小説新潮に掲載されたのは、1952年6月。しかし私の生まれた1960年代後半にはすでに、東京周辺から蒸気機関車は姿を消してしまっていたはずです。それにしても、SLの走る風景が、かつて都内でも当たり前のものであったことには、今さらながらに不思議な思いがします。

その記憶を持ち合わせていないはずの私の目にも、なぜか懐かしさを感じさせる、そして旅愁を掻き立てる、蒸気機関車。このしみじみした乗り物は、果たしてこの先、いつまで見ることができるのか。

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"磯川さん、あなた、リカさん愛してらしたんですね"

汽笛一声、蒸気をたなびかせながら山間に消えていく汽車を見送り、この日の予定はこれにておしまい。再びクルマに乗り込み、大井川沿いの国道をさらに北上、途中、一昨年に訪れた地名駅と「日本一短いトンネル?」を横目に通り過ぎ、鉄道の終着駅のある千頭を越えて、南アルプスの懐にある、寸又峡温泉の旅館に投宿しました。お湯に浸かってのんびり一夜を過ごし、さて翌日は、いよいよ「鬼首村」であります。


「鬼首村」を訪ねて

朝は早起きし、バードウォッチングを兼ねて周囲を散策。さすがは山里、鳥影が濃い。シジュウカラ、ジョウビタキ、ルリビタキ、キセキレイ。珍しい鳥ではありませんが、夏は高山に暮らし、冬は標高の低いところまで降りてくるカヤクグリに遭遇したのには、ちょっと得した気分。

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せっかくなので、宿からほど近い、寸又川を堰き止めて作られた大間ダムに架かる、その名も「夢の吊り橋」へ。紅葉の名所として知られ、宿の人によれば、つい数週間前まで人出があったそうですが、この時期は、さすがに人っ子一人見当たりません。

峻険な寸又峡谷を背景に、エメラルド色の湖水に架けられた吊り橋の眺めはなるほど壮観で、さながら一幅の大和画のよう。ためしに渡ってみると、これが想像していた以上にぐらぐらと揺れて、けっこう怖い。うっかり何かモノを落としてしまいそうな予感がして、半分渡ったところで引き返しました。

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さて、静岡の寸又峡から山梨の甲斐市まで、地図上の直線距離は、ほんの6、70km。にもかかわらず、南アルプスの連嶺に阻まれて、クルマで移動するには、ぐるっと150km以上も迂回しなくてはなりません。

10時半に宿を出て、いったん東海道まで南下。それから富士宮経由で富士山の裾野をドライブし、ようやく甲斐市に入ったのは、もう14時になろうという頃でした。途中の甲府あたりで、おもむろに音楽をチェンジ。BGMは、この日のために買い求めた、「悪魔の手毬唄総劇伴集」です。

学習済みの今回は、道に迷うこともなく、早くも翳りはじめた山道をひた走り、すんなり「鬼首村」の入口に到着。前回は見落としてしまった、集落への狭いつづら折りの細道(ここだったのか!)にクルマを乗り入れ、路肩に注意しながらゆっくり登っていくと、間もなく、里子(永島暎子)が頭をかち割られて非業の死を遂げた、「六道の辻」に出合いました。

当たり前ですが、映画にあった「六道の辻」の道標や、里子の血しぶきを浴びた地蔵があるはずもなく(なにせ、セットだから)、また周囲に家屋や人工物がいろいろとあったりもして、38年前の映像と、その印象はかなり変わっていました。それでも映画にちらりと映っていた石灯籠があり、そしてなんといっても、絵に描いたようなヘアピンカーブの地形がそのまんま。いや、確かに「六道の辻」であります。

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"母さん、里子が、里子が殺されたぁ...六道の、辻で..."

こうして現地に立って初めてわかったことですが、金田一耕助と磯川警部が自転車に相乗りする場面や、おはんが「仙人峠」へと登ってくる映像、そしてドラマの終盤で、磯川警部が金田一と立花警部補と別れ、亀の湯に引き返していく場面が撮影されたのは、おそらくこの「六道の辻」から続く、今、クルマで登って来たばかりの坂道。

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"立花警部はなかなか、馬力の強そうな人物ですねぇ"
"はりきりよるなぁ。世代の違いをつくづく感ずるよ"
"磯川さんだってまだまだですよ"
"いやぁもうだめだ。閑職に回されて、2年も経つけんなぁ"


山影に陽を遮られ、まだ15時前だというのに、早くも光量の乏しくなった、人気のない集落の入口をうろついていると、そこへ、一台の軽トラックがやってきました。農作業の帰りと思しき、相当高齢に見えるご夫婦が乗っていて、こんな辺鄙なところでカメラを構えていることを気まずく思いながら会釈すると、不審がる風でもなく、開いた窓越しに「寒いね~」と挨拶を返してくれて、のろのろと坂を上がっていきました。

「六道の辻」に建つ家は、荒れ果てるとまではいかなくとも、寂れて人の気配がなく、どうやら無人のよう。限界集落、ということばが頭に浮かびます。「六道の辻」から、軽トラックが消えていった坂道をてくてく登っていくと、すぐ先に、冠雪した富士山の眺望が素晴らしい、苔むした石灯籠とカーブミラーの立つ曲がり角がありました。実はこここそが、そう、金田一耕助がおはんと名乗る腰の曲がった老婆とすれ違う、「仙人峠」。

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"ごめんくださりませ。おはんでござりやす。お庄屋さんのところへ、戻ってまいりました。なにぶん、かわいがってやってつかあさい"

映画では、薄暮の空に鉛色の雲が立ち込め、富士山の姿など、どこにも見当たりませんでした。さすがに富士山が映ってしまっては、岡山というわけにはいかなくなります。

いざこうして現地を訪れてみれば、果たして「仙人峠」は、山側がコンクリートブロックに覆われた、道幅の狭い、それと知らなければ気づかずに通り過ぎてしまうであろう、何の変哲もない、よくある坂道の曲がり角に過ぎませんでした。こんな小場所でよく、ああもおどろおどろしい、幻想的な映像が撮れたものです。別の角度から、もう一枚。

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"だ、だってボクは現に仙人峠で...じゃあ、じゃ仙人峠ですれ違った、あの老婆、だれなんだ"

おそらく当時はなかったであろう、コンクリートに固められた法面が山側に立ちはだかっているせいで、どうカメラを構えてみても、映画と同じような絵が撮れません。すっかりあきらめて富士山を眺めていると、そこへ道の先から、犬を連れた、高齢の男性がやってきました。どうやら、先ほどの軽トラックに乗っていた方らしい。

富士山を肴に少し立ち話をして、やがて回れ右をした老爺が歩み去っていった先には、実は、さっきから気になって気になって仕方がなかった、一軒の民家がありました。なぜそんなに気になっていたかといえば、それはその家が、映画において金田一耕助と磯川警部が逗留していたリカの湯治宿、まごうかたなき「亀の湯」だったから。

老爺のあとを追い、映画当時と今も変わらない(しかしさすがに「亀の湯」の看板は掛けられていない)、白壁の土蔵に面した門口で、思い切って声を掛けました。「あの、こちらはもしかして、昔、市川崑監督の映画が撮られたお宅ではありませんか?」

そうだと頷く翁に、実はあの映画が好きでやってきたことを伝えると、それならロケ撮影のときの写真があるから見においで、と誘ってくれました。お言葉に甘えることにして、足元にじゃれつく犬と一緒に、映画当時のままにある門をくぐりぬけました。庭先には、先ほど「寒いね~」と声を掛けてくれた嫗がいて、来訪の向きを伝えると、わざわざ庭仕事を中断して、ご親切にも、映画撮影当時の思い出を聞かせてくれました。

いわく、撮影隊は、ご夫妻のお宅の向かいにある小山の上にカメラをでんと構え、一週間ばかりも撮影していたこと。
石坂浩二がご夫妻宅の二階に上がって、窓から顔を覗かせる場面を撮ったこと(白ペンキで「亀の湯」と大書されたトタン屋根が映り、金田一が手すり越しにマントをぱたぱたと煽る、あの場面ですね)。
映画の冒頭、石坂浩二がブレーキの壊れた自転車で走り降りてくる屋敷裏の坂は、いまはもうならしてしまってないこと。
お宅から、さらに少し上った先の墓地でも撮影があったこと(放庵の死体が発見される場面)。
岸惠子が本当にキレイで、一緒に写真を撮らせてもらったこと。
撮影中は集落中の人々が見物に集まって来たこと。
この集落に市川崑監督が撮影にやって来たのはこれが二度目で、最初の時は左卜全がいたこと(「東北の神武たち」(1957)。未見)。
そして年に数人、今でも私と同じように、「悪魔の手毬唄」の面影を訪ねてやってくる人がいること、などなど。

記憶も鮮やかに、当時の思い出を語ってくださったOさんは、御年九十歳。もともとこのあたりの出身で、戦時中に疎開して戻ってくるまでは、東京の新橋に勤めていたそうです。ひと昔前まで二十世帯を数えた集落も、次第に人が減り、いまはほんの数世帯を残してあとは空き家になってしまったこと、甲府地方を襲った昨年の大雪は、このあたりでは実に150cmも積もり、一週間も閉じ込められてしまったこと、そんな四方山話を伺いながら、すっかり庭仕事の邪魔をしてしまったことに気がつき、当時の写真を見せてくださるというのを遠慮して、辞去することにしました。

ほんの十分か十五分そこらの縁にもかかわらず、「孫と話してるようで嬉しかった、気をつけて帰りなさいよ」と涙ぐんでくれるOさんに(確かにそれくらいの年齢差ではあります)、私もなんだか目頭が熱くなってしまいました。

はっきりいって、もうおなか一杯という感じではありましたが、いましばらく、ロケ地めぐりの続き。とりあえず、映画と同じ「亀の湯」を俯瞰する景色を求め、Oさん宅の向かいにある、小さな丘に登ってみました。Oさんの言っていた通り、撮影当時はなかった藪が邪魔になって、「亀の湯」がよく見えません。それでも、木々の隙間から覗く屋根瓦のアングルに、確かにここが、カメラの据えられていた場所であったことがわかります。

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"鄙びとるけど、ここ、ええ旅館でしょうが"

Oさん宅の裏手の坂を、さらに上へ。ここは、序盤でリカが落石に驚く場面、そして終盤、誤って我が子の里子を殺してしまったリカが、茫然自失となって、ふらふらと家路を辿る場面の撮影された場所です。むろん、映画当時は舗装されておらず、また谷側の竹藪もありませんでした(金田一が自転車で下った坂は、この坂の途中あたりからOさん宅に向かって延びていた)。

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"金田一さん...犯人は、リカさんか.."

坂道から谷を隔てた先には、日本武尊(ヤマトタケル)が東方征伐の帰りに太刀を残していったという伝説を持つ、山梨百名山のひとつ、太刀岡山がありました。上記の場面をはじめ、金田一と磯川警部が自転車に相乗りする場面など、画面にたびたび、その峻険な岩肌を晒しています。

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"い、い、い、磯川さん、ここでの殺人事件は、いまの手毬唄にのっとって演じられたんです!"

カーブを曲がり、しばらく行くと、とっつきに墓地がありました。放庵の死体が見つかった墓地です。映画に映っていたのと同じ墓石の並びを見つけましたが、墓地の背面に、映画当時は見られなかった杉の植林がなされていて、また墓石の数も増えていて、ずいぶん広々として見えた映画当時とは、かなり様相が変わっていました。もしかすると、このたびめぐり歩いたロケ地の中で、もっとも様変わりしていたのが、この墓地だったかもしれません。

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"仏さんは、多々良放庵の八番目の奥さんの、フユさんじゃけん。埋葬して、5、6年経ちよりますで"

最後に、「仙人峠」からの富士山の絶景。磯川警部が二十年前の事件の経緯を金田一耕助に話して聞かせる場面に使われた「鬼首村」の遠景もまた、この場所から、望遠レンズで眼下の集落を捉えたものだったことが、あとから写真と映画を見比べてみて、わかりました。

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"金田一さん。こんな村にも、浮世の風は吹きよるんですワ"


「人食い沼」を訪ねて(おまけ)」

人食い沼」のロケ地となった津久井湖といえば、私にとってはひと昔前にせっせと釣りに通った湖です。あまりに馴染のある場所なので、「悪魔の手毬唄」のロケ地と知っても、改めて訪れるつもりはなかったのですが、先月、「悪魔の手毬唄」の感想を書いているうちに、せっかくだからという思いがむくむくと湧き起り、週末にひとっ走り、行ってまいりました。BGMはもちろん、「悪魔の手毬唄総劇伴集」。

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"この古沼はな、沼底に多くの湧き水があるとみえて、どんなに干天続きの年でも、干上がったためしがねぇ。その代り、泥が深くて、落ちたが最後、足をとられて二度と這い上がれねぇ、魔の沼ですわい。みんな、人食い沼と呼んどります"

相模川を堰き止めて作られたダム湖である津久井湖は、増水と減水が頻繁に発生し、湖岸の景色も、その水量によって大きく左右されます。映画では、かなり減水している様子がうかがえますが、久方ぶりに訪れた津久井湖は、ほとんど満水状態でした。

そんなこともあり、またそもそも湖が広いこともあって、ぱっと見で撮影地点を特定するのはほとんど不可能。とはいえ湖岸に降りられる場所には限りがあって、そんな数少ない候補地の中でも、終幕近くでリカが一歩一歩、その身を沼の黒い水面に沈めていく場面にちらりと映る唯一のランドマーク、城山とおぼしき低山との位置関係から、もしかしたらここかもしれないと思えたのが、ダムサイトからほど近いワンドです。果たしてホントにここで撮られたのかどうかは定かではありませんが、それにしても、湖岸にゴミ溜まりができているのが興ざめではありました。

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"仁礼の旦那さん、言わんでつかぁさい。思い出すンも耐えられんのですけん、あの沼のことは"

*       *       *

とまあ、静岡県の家山駅、山梨県甲斐市の集落、そして神奈川県の津久井湖。こうして実際に廻ってみれば、それらがいかに遠く離れた、互いに何の関係もない場所であるかということが、実感としてよくわかります。そして、そんなてんでばらばらの風景を探し出し、巧みに繋ぎあわせて、かくも情感の滲む、岡山県の奥山にある村をフィルムの中に創り出していたのだと思うと、映画ってのはやっぱり魔法だよなあ、と改めて思わずにはいられません。



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コメント

[C1138]

「悪魔の手毬唄」の舞台は、山梨県、神奈川県、静岡県ですか~。色んなところで撮ってるんですね。よく見つけてくるなぁ…。ホント、魔法のようです。

mardigrasさんに2度目の挑戦をさせてしまうロケ地の魅力、伝わってきました♪
駅のホームからは磯川警部が、SLからは金田一が今にも現れそう!
待合室の様子も、うちの祖父母が暮らす町のものとそっくりで、無性に懐かしいです。
当時の面影を残していたようで、本当に行ったかいがありましたね。

>BGMは、この日のために買い求めた、「悪魔の手毬唄総劇伴集」です。

さすが!気合が入ってる~。
天気が良くて富士山もキレイに見えているし、亀の湯での出会いも素晴らしいし、まるでmardigrasさんの情熱に応えてくれたかのようです。
ロケ地めぐりの方が今でも来るのは、映画が素晴らしいというだけじゃなくて、やはり舞台となったロケ地の魅力もあるんでしょうね。
たくさんの写真のおかげで、わたしも気分を味わえました。ありがとうございます♪
  • 2015-05-05 12:54
  • 宵乃
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  • 編集

[C1139] >宵乃さん

ホント、ロケハン探しってすごいですよね。実際に現地に立ってみると、周囲の夾雑物(といったら失礼ですが)がいろいろ視野に入ってきて、その中からよくぞ、映画にして絵になる風景をうまいこと切り取れるものだと思います。フツーの人とは、違うものを見てるんでしょうね、きっと。これも、素晴らしい映画作りに欠かせない匠の技のひとつだと思います。

事前に細かく下調べしたり予定を立てれば道に迷ったり、時間に余裕がなかったり、、、ってこともなくて、わざわざ二度行く必要もないと思うんですが、、、いつも行き当たりばったりを反省するんですが、でもまあ思い出に残る出会いもあったりして、再訪した甲斐がありました!

宵乃さんの田舎、とても素敵なところみたいですね。うらやましいです。年をとったせいか、このごころはとみに昔懐かしい風景の中に身を置くと、ほっとします。

あと何作か、作品それ自体の魅力以上に惹かれる昔の日本映画の風景があって、当たり前ですけど映画の面影は時が経てば経つほど消えていくので、、、早くしないと!って思ってます。
  • 2015-05-06 21:29
  • Mardigras
  • URL
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