「遥かなる山の呼び声」を訪ねて

「遥かなる山の呼び声」のイラスト(高倉健)

海道が舞台の映画といってまず思い浮かぶのは、山田洋次監督、高倉健主演の「遥かなる山の呼び声」(1980)です。道東の美しくも厳しい自然を背景に、牛飼いを営む母ひとり子ひとりの親子と流れ者の男が知り合い、徐々に心を通わせながら、やがて強い絆で結ばれていくさまを悠揚迫らぬタッチでつづった、山田洋次監督の最高傑作(私決め)。

この映画の何がいいってすべていい、と以前に書いたことがありますが、私にとってこれほど感動で胸がいっぱいになった映画はほかにありません。いったいどれほど感動したかといえば、映画を観てから数年後、18歳のときに初めて北海道を訪れ、まず目指したのがこの映画のロケ地だった、というくらいのもので、そしてその感動がどれほど後を引いたかといえば、8年前にロケ地を再訪し、そして昨夏、三たび訪れてしまったというくらい。

というわけで、いつの間にか1年以上が過ぎてしまいましたが、「『男はつらいよ 寅次郎相合い傘』を訪ねて」に続く北海道ロケ地めぐりシリーズ第2弾、「『遥かなる山の呼び声』を訪ねて」であります。


「上武佐駅跡」を訪ねて

海道旅行9日目。前日に斜里岳に登り、下山して温泉に浸かり、そうして釧網本線の緑駅という無人駅の近くで車中泊して、とある事情で早暁に目を覚まし、霧に包まれた裏摩周を経由して、「男はつらいよ 夜霧にむせぶ寅次郎」(1984)のロケ地である養老牛温泉の近くを通り過ぎてクルマを走らせ続け、中標津の町へと向かいました。目指すは「遥かなる山の呼び声」で、高倉健演じる流れ者の男、田島耕作と吉岡秀隆くん演じる武志少年が会話を交わしていた、そして耕作と鈴木瑞穂演じる兄が再会のひとときを過ごしていた、今はなき旧国鉄標津線の上武佐駅跡。30年前、廃線となる直前の標津線の一両列車に揺られて訪れた、そして8年前には「上武佐」の地名が載っていない道路地図をたよりに探しあてたその場所を、ふたたびクルマで訪ねました。

牧場と畑と林の広がる大地に碁盤の目のように引かれた真っ直ぐな道を何度か行ったり来たりした末、ようやく見覚えのあるT字路にぶつかり、そうしてその角を曲がったところに、上武佐駅跡はありました。8年前と変わらない、見逃しようのない大きな映画看板と、ロケ地跡であることを示す記念柱。かつてそこに駅があり、線路が延びていたとはとても思えない、濃い緑に飲み込まれた駅舎跡の風景も、記憶にあるのとまったく同じ。

上武佐駅跡01
「坊や、父さんいないンか?」

先日、実家の押入れを漁って、30年以上昔に初めて上武佐駅を訪れたときの写真を見つけ出しました。まだデジタルカメラなんてない時代のぶっつけ本番写真は、残念ながら逆光で黒く潰れてしまっているのですが、上の写真とほぼ同じアングルで、道路側から駅を撮ったのが下の写真。見にくいですが、真ん中の奥が駅です。

上武佐駅(30年前)01
「あのー、ちょっとお伺いしますが。この近くに、食事のできる店はないでしょうか」

釧路と網走を結ぶ釧網本線を標茶駅で降り、根室標津駅に向かう標津線に乗り換え、確か1時間と少し。ようやく辿り着いた上武佐駅の佇まいと駅前の風景には、遡ること6年前に公開された映画の鄙びた雰囲気が、まだそっくり残っていました。私にとって、思えばこれが初めての映画のロケ地めぐりの旅で、東京からいくつもの列車(と青函連絡船)を乗り継いで、そうしてその果てに辿り着いた、確かに映画で見た景色の中に自分が立っていることに、不思議な感動を覚えたものです。

そして下の写真が、上武佐駅の駅舎。ほぼ映画に出てきたそのままの姿です(違いは、入口の扉がサッシに変わっていたくらい)。写真に写っているのは、高校を卒業したばかりの私で(駅舎だけの写真がありませんでした)、セルフタイマーのカメラに向かって得意げにガッツポーズをしているのは、むろん当時の私がアホだったせいですが、とはいえそれだけ、遥々やって来た喜びが大きかったのだろうと思います。

上武佐駅(30年前)02
「いつまでいる気だ、今ンところには」「できれば何年でもいたいンだ」

それにしても、いったんその場に立って感動してしまえばほかにやることもなく、あっという間に手持ち無沙汰になってしまうのがロケ地めぐりの旅。なにせ観光地ではないのでほかに観るべき場所はなし、しかも無人駅では喫茶店などあるはずもなく、映画の中の鈴木瑞穂と一緒で時間をつぶす手立てがありません。武志少年とその母、倍賞千恵子演じる民子の牧場を探し、靴を泥だらけにしながらあたりを少し歩き回ってみたものの、それらしき風景には行き当たらず。いよいよやることがなくなって、ホント、「いつまでいる気だ」という感じ(もちろん電車が来るまで)。

映画のオープニングクレジットは、風そよぐ緑の中を、バッグを担いだ田島耕作が、佐藤勝の泥臭いメインタイトルをバックに、上武佐駅に向かって線路の上を歩いてやってくる場面でした。季節がちょっと違いますが、この写真の風景が、それ。

上武佐駅(30年前)03
「長い冬が去り 春がゆき 短い夏がくる」

30年前の旅行では、この後、上武佐から標茶に戻り、釧網本線で網走に向かおうとしたところ、あいにく列車が途中の川湯駅止まりで、次の列車まで4時間以上待たなくてはなりませんでした。時効なので書いてしまうと、高倉健の真似(この映画プラス「網走番外地」(1965))をしたくて仕方のなかった当時の私は、ここを先途とばかり、川湯駅から15km離れた隣の駅、緑駅(そう、前日に車中泊した駅です)まで、雪の峠に延びる線路を3時間以上かけて、てくてくと歩いたのでした。しんと静まり返った森の中を行く、なんとも心細い歩き旅で、途中、線路脇に工事殉職者の碑を見た覚えがあります。そうして緑駅に着いた頃にはもう暗くなりかけていて、体はへとへとで、そのあまりの面白くなさに、現実と映画はやっぱり違う、と当たり前のことを思ったものです。


「南中競馬場跡」を訪ねて

武佐駅跡をあとにして、中標津市街へ。街中を抜け、途中で”虻田三兄弟のカーブ”(後述)を通過して、ナビを確認しながら、南中競馬場跡を目指しました(ここもまた”跡”と呼ばなくてはならないのが悲しい)。

南中競馬場は、映画の後半、耕作が草競馬のレースに出場し、優勝する場面の撮影された場所です。毎年、秋口になると開催されていた「標津・中標津連合馬事競技大会」(映画の中で耕作が出場していた大会)が、2014年に惜しくも廃止されたのに伴い、競馬場としての使命を終えました(参考サイト:北海道Style http://hokkaido-travel.com/spot/visiting/ho0756/)。

南中競馬場跡
「ちょっと。アンタ、田島さんじゃないかね?」

ここを訪れるのはこれが初めてで、なぜ(まだ競馬場として現役だった)8年前に来なかったのか、と激しく後悔。競馬場跡は、かろうじて馬場道が残ってはいるものの、草っ原としか呼びようのない場所になっており、映画のロケ地であることを示す標注がなければ、ここがそれとはわからなかったと思います。民子と武志少年が柵から身を乗り出して耕作を応援していたのはどのあたりだろう、と辺りを見回しても、もはや推測の手掛かりとなるような人工物は、何一つありませんでした。


「虻田三兄弟がジープをかっ飛ばしたカーブ」を訪ねて

の後、中標津の西方の町、虹別に足を伸ばし、西別川で釣りしてみたものの、まったく釣れず。近くの床丹川に河岸を変え、ようやくアメマスが一匹釣れたところで切り上げ、中標津の町へと戻りました。向かった先は、血気にはやる虻田三兄弟が、耕作と決闘すべくジープをかっ飛ばしていた、カーブの坂道。かねて岡惚れしていた民子(倍賞千恵子)が昼寝しているのを見て、ついむらむらと襲い掛かってしまったところを耕作に見とがめられ、追い払われた虻田さん(ハナ肇)は、「お、お、覚えてろ!」の捨てゼリフ通りに弟たちを引き連れ、ジープに乗って、牧場へとお礼参りに向かいます。その場面の撮影されたのが、中標津から町の外へと向かう、こちらの町道。この日、ここを通るのは二度目で、最初に通ったとき、あっ、あの場面の場所だ、とすぐにわかりました。

虻田三兄弟がジープをかっ飛ばしたカーブ"
「俺たちはな、虻田三兄弟って言ってな、道東ではちょっとした存在なンだぞ」

映画の映像に街路樹はなく、カーブの向こうに広がる町並みが見えていましたが、今はご覧の通り。それでも特徴的な地形はそのままで、往時の面影がしっかり残っていました。


「民子の牧場」を訪ねて

中のイタリアンレストランで昼食を済ませ、次は中標津から南へ20kmほど下ったところにある町、別海町へと向かいました。目的地はそう、「遥かなる山の呼び声」の主舞台、民子の牧場。

上武佐駅跡に立てられた映画看板の裏に、この映画のロケ地について取材した「シネマの風景」と題する2007年3月3日付の北海道新聞の記事が貼られています(風雨に晒されびりびりになっていましたが、まだ三分の一くらいが残っていました。この記事を含む北海道の映画ロケ地探訪記が、「北海道 シネマの風景」という一冊の本にまとめられています)。8年前に訪れたときに、それを読んでようやく、民子の牧場が中標津ではなく隣町の別海にあることを知ったのですが(ついでに「家族」(1970)と「遥かなる山の呼び声」の倍賞千恵子の役名が同じであり、2本が緩やかに地続きであることも知った)、30年前、映画撮影の裏側など思いもよらない初心な高校生だった私は、民子の牧場は当然、上武佐駅の近くにあるものとばかり思いこんでいたのでした。

この看板裏に貼られた記事には、民子の牧場のロケ地となった牧場(跡)が別海町の豊浦にあると記され、そのおおよその位置を示す簡単な地図が載っていました。とはいえあまりにだだっ広すぎて、より確かな情報がなければとても辿り着けるとは思えず、8年前には断念したこのロケ地を今度こそ訪れてみる気になったのは、「萌える大草原」という、一冊の本を読んでいたからです。「萌える大草原」は、文筆家を志して同人誌に作品を発表し続け、北海道新聞文学賞を受賞するなどした別海町の元酪農家、玉井裕志氏が、過酷な酪農の日々を綴った、いわば「遥かなる山の呼び声」の実録版といいたくなる、北の大地の生活の記録です。

この本には、「家族」のロケ撮影のときに玉井氏が山田洋次監督と知り合い、以来、二人の間に交流が生まれ、親交を育んできた様子が描かれており(山田監督が巻頭に推薦文を寄せている)、また撮影開始前のロケハンに協力したことや映画の一部はかつて玉井氏が営んでいた牧場(1989年に離農)で撮影されたこと、そして山田監督との交流の中で玉井氏が酪農家として発したいくつかの言葉やエピソードが、そのまま映画の中に生かされていたことが記されています。さらに、玉井牧場の道を挟んだ反対側にあった牧場こそが民子の牧場のロケ地だったこと、撮影協力を渋る牧場主に玉井氏が何度も掛け合って説得したことが書かれています。

玉井氏は2013年、かつての牧場の一画に建っていた開拓当時の旧家を改造し、「玉井裕志文学館」を開館しました。そしてこの「玉井裕志文学館」の場所が、グーグルマップに載っていたのですね。というわけで、スマホの地図をたよりにクルマを走らせることしばし(途中、良さそうな川に寄り道して釣りしてみたものの釣れず)、いよいよここかと当たりをつけたところで、ついに目印となる「玉井裕志文学館」を見つけました。

玉井裕志文学館

この日、「玉井裕志文学館」の玄関脇には臨時休館の札が掛かっており、人の気配がありませんでした。というわけで屋内の見学は諦め、道を挟んだ対面にあったはずの民子の牧場へ。先の新聞記事によれば、牧場の経営者は1990年に離農しており、あたりは見渡す限り、緑の草原が広がるばかり。そんな中、手がかり足掛かりを探しながらゆっくりクルマを走らせていくと、道沿いに繁った灌木帯がとぎれ、だらりとロープの張られている場所を見つけました。クルマを降りてみれば、草原の奥に向かう轍跡がかろうじて残っており、そのどことなく見覚えのあるランドスケープに、とうとう自分が民子の牧場の入口に立っていることに気がつきました。

映画の場面を思い出させてくれるような人工物は何ひとつなく、あるものといえば幾本かの木だけ。それでも目をすがめて眺めれば、民子の家が、牛舎が、耕作の寝起きしていた物置が、そしてこの場所で暮らしていた民子や武志、そして耕作の姿が瞼の裏にありありと浮かんでくるような気がしました。

民子の牧場01
「お世話になりました。この家で過ごした日のことは、一生忘れません」

草原に足を踏み入れ、民子の家があったと思しき方向に轍に沿ってしばらく歩き、そうして振り返って見れば、そう、それは確かに、耕作が、朝もやの中、自分を逮捕しにやってきたパトカーを眺めていた景色。武志少年が、民子の足にしがみつきながら、「おじさんどこいっちゃうの、ねぇ、ねぇ」と泣きじゃくりながら、なすすべもなく耕作の背中を見送っていた、あの景色です。家に帰ってから映画を観なおしてみたら、写真の左側の木が、あちこちの場面にしっかり映っていました。

民子の牧場02
「ねえ、おじさんどこ行くの?ねえ、ねえ!」(泣)

こうしてついに民子の牧場を訪ねあて、実に30年ぶりで宿題を果たした気分。さて次回は北海道ロケ地めぐり三部作の締めくくり、「『幸福の黄色いハンカチ』を訪ねて」であります。

キタキツネ



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コメント

[C1199] 遥かなる山の呼び声

懐かしさや切なさ、思い出のある地名、風景・・いろんなものがまぜこぜになって押し寄せてきて、おしまいのキタキツネの写真に至り、つい涙を落としてしまいました。玉井裕二さんが出版した本のことは知りませんでした。それに記念館があるんですね。確か以前、「邦画を彩った女優たち」で倍賞千恵子さんの特集を録画していたはず。私も押し入れの中をごそごそ探して、DVDを見つけ、さっそく見ました。当の玉井裕二さんが倍賞さんと話をされていました。はじめは映画の撮影場所に使われることをかたくなに拒んでいた持ち主が映画の試写会を見て、「映画に撮ってもらってありがたかった。自分の生活の場が映画の舞台になった。苦労が記録に残せた」と玉井さんに感謝して、映画完成後、牧場を手放したそうです。番組では夕日をバックに民子さんが武志に「あのおじさん 気持ち悪いね・・」と話しながら杭に電牧を巻き付けるシーンの”杭と2本の木”が草原の中に残されていて 「ここに牧場があったんだね」って懐かしそうに話していました。上武佐駅の18歳のmardigrasさんのガッツポーズの写真、とってもいいですね。それに上武佐駅の駅舎、健さんと鈴木瑞穂さんのシーンを思い出します。健さんのイラストは武志くんが枕持参でおじさんの布団にもぐりこんだ時の表情ですか?愛おしいものを見つめる温かい視線。民子さんも武志くんも「遥かなる山の呼び声」のロケ地が原風景になったようで、お二人の別荘も別海町~標津方面にあるようです。斜里岳にも登られたんですね。初めて登った山は斜里岳。母が亡くなったときの弔い登山にも登りました。次回は「幸福の黄色いハンカチ」ですね。楽しみにしています。長々したコメントになってしまいました。すいません。いつかmardigrasさんのブログが本になったらいいなって思います。
  • 2018-11-03 16:21
  • おりんこ
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  • 編集

[C1200] >おりんこさん

コメントいただきありがとうございます。この記事はぜひおりんこさんに読んでいただきたいと思いながら書いてましたので、うれしいです。ありがとうございます!
昨日、おりんこさんの中標津訪問記も、過去に遡って読ませていただきました。おりんこさんも、あれから何度も行かれたのですね。何があるわけでもないですけど、そういう場所ですね。「藤や」に逗留されたこと、今となってはうらやましい限りです。倍賞さんの別荘が近くにある、というのはどこかで読んだ記憶がありますが、吉岡くんも、なのですね。民子と武志に彼の地で出会う可能性が少しでもある、と思うと、またいつか訪れたくなったりします。イラスト、、はい、耕作が武志を寝かしつける場面の慈愛に満ちた眼差しの健さんです。わかっていただきありがとうございます!
おりんこさんも斜里岳、登られてるんですね。しかも2回も。斜里岳から羅臼岳が見えて、次はぜひ足を伸ばしたいと思いました。そうそう、おりんこさんのオンネトーの写真、素晴らしい天気でしたね。私はこれまで晴れた知床を訪れたことがないので、こちらもうらやましかったです。
次の記事では、「北の国から」のロケ地についても触れたいと思いますので、また読んでいただけるとうれしいです!
  • 2018-11-06 10:19
  • Mardigras
  • URL
  • 編集

[C1201]

Mardigrasさん、初めの二行は、思いがけない光線にあてられたようにポッとあったかく、誇らしい気持ちになりました。ありがとうございます!羅臼の番屋に住んでいた時の純くんのイラスト、「拝啓、恵子ちゃん・・」で始まる旅の記録。上武佐駅の写真、そして「遥かなる山の呼び声」の3人のイラスト。何度も読み返した物語を懐かしく切ない思いで読み返しました。8年前の北海道旅行の記事はどこをクリックすればいいかわからずにいましたので、ああ、また、読むことができて良かった。居心地のいい椅子をやっと見つけた気分です。
 何に一番感動したかといえば、18歳の少年が時刻表のあっちこっちに目を走らせ、ビデオを何度も見て駅名を確認し「うわ、遠い。でもどこかわかったけんね!」と東京から列車を乗り継ぎ、乗り継ぎ、連絡船に乗り、『遥かなる山の呼び声』だけを胸に中標津の上武佐駅にたどりついた!そのシンプルな一途な思いに心打たれました。iPadで拡大してみました。Mardigrasさんの顔はぼんやりしてよくわからないけど無人駅なのにストーブがぬくぬくしていたこと。”上武佐駅のホームに立てたこと、ほんと良かったね”って声をかけてあげたいです。それにしても虻田3兄弟のカーブを見つけたの、すごいですね。何度か通っているのにまったく、気づきませんでした。今度行くことがあったら、「あ!ここだ」って見つけたいです。次回は「北の国から」ロケ地にも触れてくれるんですね。そりゃもちろん、楽しみにしています。
  • 2018-11-14 15:34
  • おりんこ
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[C1202] >おりんこさん

またいろいろ読み返していただき、ありがとうございます。虻田さんのカーブ、南中競馬場を訪れていらっしゃるので、おりんこさんもきっと通っていると思います。今週、会社の行き帰りに倍賞千恵子さんのエッセイを読んでいたんですが、そこに、吉岡秀隆くんの温泉付き別荘が標津にあると書いてありました。何があるわけでもないのに、素朴な磁力のあるところだなと思います。私もいつかきっと、またあのあたりを訪れることがあるような気がします。
そういえば、NHKがリメイクした「遥かなる山の呼び声」の放映がそろそろですね。ちょっと怖いですが、観てみようと思ってます!
  • 2018-11-17 16:12
  • Mardigras
  • URL
  • 編集

[C1205] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

[C1207] >おりんこさん

こんにちは、ご返事が遅くなり申し訳ありません!ブログ、お引っ越しされたんですね。さきほど覗かせていただき、さっそくブックマークさせていただきました!。イラスト、もちろん使っていただいて差し支えありません。それどころかとても光栄です!

ところで3月初めに羅臼へ駆け足で流氷を見に行ってきました。そしてもちろん、純がトドと入った海岸の露天風呂や、純が結と出会った羅臼港、結が働いていたコンビニや五郎とトドたちが宴会していた店をめぐり歩いてきました。北海道、やっぱりいいですね!
  • 2019-06-20 08:27
  • Mardigras
  • URL
  • 編集

[C1208] 遥かなる山の呼び声

「ボヘミアン・ラプソディ」を観られてから音沙汰がないので
どうされたかな?って心配しておりました。そうですか!
羅臼に流氷を見に行かれましたか。
Yahooブログが閉鎖されるので、あれこれすったもんだしましたがfc2ブログに落ち着くかな?の今日このごろです。Mardigrasさんの高志くんの画像を使わせていただけるんなら何よりです。しかし、ひとつ変更するのに四苦八苦しております。難儀ですね・・変更って。是非、使わせていただきます。ご厚意ありがとうございます。

  • 2019-07-01 20:46
  • おりんこrin
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