ブレードランナー

「ディレクターズカット」でじゅうぶんですよ
ブレードランナー(ルトガー・ハウアー)

"20世紀のはじめ、タイレル・コーポレーションはレプリカントと呼ばれるネクサス型アンドロイドの開発に成功した。ネクサス6型のレプリカントは体力と敏捷性に優れ、少なくとも彼らを創造した開発者と同等の知力を備えているとされ、植民惑星での危険を伴う探査と奴隷労働に使役されていた。ところがあるコロニーで発生したネクサス6型の叛乱をきっかけに、地球上でのレプリカントの利用が非合法化され、違反者には死刑が適用されることとなった。地球に違法侵入したレプリカントを探索し、銃殺することを目的とした、ブレードランナーと呼ばれる特殊捜査班が組織されたが、レプリカントの銃殺は処刑ではなく、処分と呼ばれた"

以上、リドリー・スコットが監督した「ブレードランナー」(1982)のオープニングに流れる前口上。

私にとって「ブレードランナー」は、これまでもっとも繰り返し観た映画の一本。途轍もなく癖になる映画です。ハードボイルドタッチの筋立てはいったってシンプルながら、その世界は深淵を覗き込むがごとき、そしてその映像は、製作から20余年を経ていまなお斬新極まりない。


「ブレードランナー」の魅力

ブレードランナー」の魅力は、まず何と言っても、その未来都市の映像にあります。リドリー・スコットが創り出したデスペレートな近未来のビジョンとそれを余すことなく表現しきったシド・ミードのビジュアルデザインは、何度観ても飽きることがなく、むしろ観るたびに新しい発見があります。

ディストピアのムードが色濃く漂う、ダークで猥雑な2019年のロサンゼルス。まるで一昔前の我が国の工業地帯を見ているかのような、どす黒い空に炎を吹き上げる煙突群。エルンストが描く"完全な都市"を模したかに思える、夕陽に聳え立つ圧倒的なボリュームのタイレル・コーポレーション。ごみごみとした日本の歓楽街にも似た、雨や水蒸気に青白く煙る薄暗いダウンタウン。パンクファッションに身を包み、街を行き交う無国籍な人々の群れ。水溜りに照り映えるどぎつい原色のネオン。辻々に飛び交う意味のない日本語やアジア文字の氾濫。高層ビルの狭間を縫って現れる飛行船に浮かぶ、巨大でグロテスクな芸者の白塗りの顔...とまあ、街を描いた映像には、サイケデリックにデザインされたモノやヒトが画面から溢れんばかりに詰め込まれ、まったく息苦しくなるほどです。一度観たくらいでは、映像のすべてを把握することなどとてもできず、何度も観返してすべてを確かめずにはいられなくなる――それが「ブレードランナー」なのですね。



主人公、デッカードを凌駕するロイの魅力(以下、ネタバレ)

ラマの主人公は、ハリソン・フォード演じるブレードランナーのデッカード。デッカードは、レイモンド・チャンドラーやロス・マクドナルドの小説に出てくる一人称私立探偵の末裔であり(なにせロサンゼルスが舞台です)、"卑しき街をいく高潔の騎士"として、ハードボイルドの世界ではお馴染みのクラシカルなキャラクターです。

この、フィリップ・マーロウやリュウ・アーチャーの後継者が、近未来のロスの街を舞台に、自らの寿命を知りたいという自意識に目覚め、コロニーを脱走して地球に侵入したレプリカントの足取りを捜査し追い詰めていく、というのがドラマのおおよその骨格で、ハードボイルドの宿命というべきか、この映画から喚起されるエモーションの源泉は、観察者(狂言回し)たる探偵のデッカードよりも、むしろ事件の当事者たるレプリカントたちにあります。探偵が、事件の当事者と恋におちることによって運命の一部を共有する(観察者から当事者になることで、主人公としての地位を回復する)という、ハードボイルドの王道的パターンがこの映画でも用いられていますが、しかしレプリカントのリーダー、ロイの存在感が圧倒的なこともあって、ロイが登場して以降、押しも押されぬハリウッドスターのハリソン・フォードが演じているにもかかわらず、デッカードの影は薄くなる一方です。

上目遣いでチャーミングな笑顔を浮かべてみせる(ポール・ニューマンにちょっと似ている)、ルトガー・ハウアー演じるレプリカントのロイは、生を受けて数年の未成熟な存在らしい稚気と、「お前ら人間には信じられないようなものを(宇宙の果てで)見てきた」という成熟した精神性を同時に感じさせる、アンビバレントでユニークな存在です。無邪気な子供がときに残酷なふるまいをみせるように、凶暴な肉体に宿る非人間的な暴力性を突如として爆発させる複雑なロイのキャラクターを、ルトガー・ハウアーは、ちょっぴりのユーモアとかすかな哀愁を漂わせながら演じています。特にドラマの終盤、ついに生みの親ともいうべきタイレルのもとにたどり着いたロイが、自分たちの未来があらかじめ失われていたこと(寿命が短く設定されていたこと)を知って、静かに絶望するシーンは出色です。怒りを押し殺した泣き笑いの表情で行われる、親殺しともいえるロイのタイレル殺害は、もしかしたらどこかにあるかもしれない希望の糸(延命の可能性)を自ら断ち切る行為であり、もはやこれまでというという喪失感と諦念に彩られた異様な迫力に満ち満ちて、この映画の白眉ともいえる強烈なインパクトを残します。

そしてクライマックス、追い詰めたデッカードを弄びながら、はしゃぎまわる子供のように廃墟の中を走り回るロイの遠吠えのような奇声は、自らの生が行き止まりであることを知った者の捨て鉢な笑い声のようでもあり、また泣き声のようでもあります。そんなロイが自らの死期を覚り、青く煙る雨の中で柔らかい笑みを浮かべながら、朽ちるように静かに死んでいく最期は感動的で、死の一歩手前までデッカードを追い詰めながらも赦したことで、最後の最後、ロイという無機的なアンドロイドに心(魂)が芽生え、真に人間と変わらない存在へと昇華したかのようです。そしてロイの手を離れて青空に飛び立っていく白い鳩の姿は、苦悩から解放されて天へと昇っていく、ロイに芽生えたばかりの魂のようにみえたりもします。

自らの存在の拠り所を(植えつけられた)記憶とその証である写真に求めるレプリカントたちの心情はいじらしく、強い哀れを感じさせ、デッカードの探偵譚を凌駕する余韻を残します。「俺たちはいつまで生きられるのか」「俺たちはどこから生まれてどこへ行くのか」の答を無性に知りたがるレプリカントたちの焦燥は、時間の猶予にほんの数十年の違いがあるだけで、そっくりそのまま、実存に苦悩する人間の根源的な哀しみと不安そのもののように感じられたりもします。



「ブレードランナー」のいくつものバージョン

の映画、リドリー・スコットのこだわりか、それともカルト人気ゆえのビジネス的目論見ゆえか、これまでにいくつものバージョンがリリースされています。私が初めて観たのは1986年ころ、"インターナショナル版"または"完全版"と呼ばれる1982年の日本初公開バージョンのTV放映で、次に観たのが、リドリー・スコットが自ら編集した、"ディレクターズカット"と呼ばれる1992年公開の作品。その翌年あたりに、高田馬場の東映パラスで観ました。映画が終わって街に出ると、おりしも宵闇の高田馬場は霧雨に煙っていて、まるで「ブレードランナー」の世界に迷い込んだように感じたものです。ところで、立川駅北口のモノレール駅から見える景色が近未来的で、雨の夜などに降り立つと、多摩ニュータウン方面からカーブを描いて無音でやってくるモノレールのゆったりしたムーブがスピナーっぽかったりして、つい「ブレードランナー」を思い出してしまいます。

「ブレードランナー」は、初公開時に人が入らず、その後、ビデオをきっかけとして徐々にカルト的人気を獲得していったと言われています。1982年といえば、同じSFの「E.T.」に夢中になっていた覚えがありますが(2回観に行ってそれぞれ2回ずつ観た)、「ブレードランナー」封切りの記憶はまったくありません。ただTV放映後、「ブレードランナー」はクラスでかなり話題となり、ヌードル・スタンドのおやじのセリフ、「二つでじゅうぶんですよ!」は友だちたちと私の間でブームになりました(このおやじのことを長いこと益田喜頓だと思い込んでいた)。ところで、この「二つでじゅうぶんですよ!」というセリフ、長い間、単なる雰囲気づくりに過ぎないものだと思っていましたが、"試写版"を観て、実は意味のあるセリフだったことを知り、びっくりしてしまいました(そういう映像があったこと自体に驚いた)。

"ディレクターズカット"を観たあたりから、この映画にハマッてしまい("インターナショナル版"とどこが違うのか、確認したくなったのがきっかけ)、原作の「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」(フィリップ・K・ディック)や微に入り細をうがった大部の解説書、「メイキング・オブ・ブレードランナー」(ポール・M・サモン)を読んだり、レンタルビデオを借りてきて細かいところをチェックしたりしながら、これまでに何度も観返しています。そして挙げ句の果てに、昨年リリースされた"試写版"や新バージョンの"ファイナルカット"を含むすべてのバージョンが揃った限定DVDセットを、悩みに悩んだ末に買ってしまいました。はっきりいっていくつもあるバージョンを、今後そう何度も観るとは思えないのですが、でもまあ、かなり幸せな買い物ではありました。

ちなみにいろいろあるバージョンの中で、私としては、余計な説明を省略した"ディレクターズ・カット"がもっとも好きです。"ディレクターズ・カット"から"ファイナル・カット"への修正・変更点は、画質の向上や一部ストーリーに関係のないショットの復活などで、私のマニア度ではあまり関心のあるものではなく、そんなわけで"ディレクターズ・カット"でじゅうぶんですよ!といったところです。

ただ一点、"ディレクターズ・カット"に追加された、デッカードが夢見るユニコーンのシーンとガフの折り紙をめぐる解釈については、私としてはたんなる偶然、ということにしておきたい。たとえ監督のリドリー・スコットが意図的に付け加えたシーンだとしても、デッカードもレプリカントだったという後設定は、いくらなんでも無理があると同時に、デッカートが人間であったればこそのクライマックスの感動をなし崩しにしてしまう、あり得べからざる解釈だと思うからです。



「ブレードランナー」の音楽

ァンゲリスの手がけた「ブレードランナー」のサウンドトラックは、私のもっとも好きな映画音楽アルバムのひとつです。エンディングのテーマ曲がとにかくカッコいいのですが(昔、自動車のCMに使われていた)、それ以外の曲もみな、この映画の世界観を膨らます名曲揃いで、今聞いてもまったく古びたところがありません。映画のセリフや効果音が収録されているのもナイスで、このアルバムを聴いていると、「ブレードランナー」の映像が頭の中にまざまざと甦ってきます。「炎のランナー」「南極物語」など、シンセサイザーを駆使したヴァンゲリスの音楽は、鮮烈で心地よいものでありながら、私の耳には意外と早く飽きがくるものだったりもするのですが、この「ブレードランナー」のサントラだけは、別格です。

*        *        *

「エイリアン」(1979)と「ブレードランナー」という傑作映画を立て続けに撮ったリドリー・スコットは、私にとってお気に入りの監督になり、新作が公開されるたび、必ず映画館に足を運ぶようになりました(それにしても、こんなに次々と作品を撮りつづける売れっ子監督になるとは思いませんでした)。リドリー・スコットの映画は、どれもそれなりに楽しめるものですが(「レジェンド/光と影の伝説」(1985)は除く)、「ブレードランナー」以降、期待している映像になかなかめぐりあうことができません。強いてあげれば、「ブラック・レイン」(1989)と「ハンニバル」(2001)で、リドリー・スコットに期待する映像世界をほんの少しだけ垣間見ることができた...といったところ。そんなわけで、私にとっては「ブレードランナー」が、いまだ最上の一本であり続けているのです。



ブレードランナー(原題: Blade Runner
製作国 : 米国
公開: 1982年
監督: リドリー・スコット
製作総指揮: ブライアン・ケリー/ハンプトン・ファンチャー
製作: マイケル・ディーリー
脚本: ハンプトン・ファンチャー/デイヴィッド・ピープルズ
原作: フィリップ・K・ディック(「アンドロイドは電気羊の夢を見るか」
出演: ハリソン・フォード/ルトガー・ハウアー/ショーン・ヤング/ダリル・ハンナ/エドワード・ジェームズ・オルモス
音楽: ヴァンゲリス
撮影: ジョーダン・クローネンウェス
美術: ローレンス・G・ポール/デイヴィッド・L・スナイダー
編集: テリー・ローリングス



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