「病院坂の首縊りの家」を訪ねて

「病院坂の首縊りの家」のイラスト(桜田淳子)

1979年公開の「病院坂の首縊りの家」は、市川崑監督と石坂浩二がタッグを組んだ金田一耕助シリーズの第五作目にあたる作品です。副題として"金田一耕助最後の事件簿"と銘打たれた同名の原作は、メディアミックスの先駆けともいうべき映画シリーズの大ヒットによる横溝正史ブームのもとで上梓された、金田一耕助モノの久々の新作でした。

文庫本上下巻で700ページを超えるこの原作は、金田一モノのお約束ともいうべき登場人物たちのもつれた血縁関係がもうこんがらがった釣り糸のように複雑で、いくら家系図と首っ引きで読み進めても、その関係性がさっぱり頭に入ってきません。とはいえファンにとってはそのわけのわからなさがお馴染みの味わいとして好ましくないわけでもなかったりするのですが(どっちなんだ)――読み終わってみれば、実はストーリーの上でその設定がそこまで複雑でなければならない必要性がまったくなかった、というのが本作のつらいところであり、またそれ以上にメイントリックがある有名な自作のトリックの二番煎じだった――というのがさすがの大横溝も衰えたりと思わずにはいられなくなる、悲しくも痛ましいところだったりします。

出オチと言っては言い過ぎですが、結局のところ、この作品のもっとも優れているところは「病院坂の首縊りの家」という、数ある横溝作品の中でも出色といっていい、「獄門島」「八つ墓村」あたりの傑作と比べても遜色のない、その禍々しいタイトルだったのではないでしょうか。なにせ小学生の頃、この陰惨な作品名と石坂金田一が坂の上に寂しげに佇む粒度の荒いスチルをどこかで目にして以来、観たことも読んだこともないにもかかわらず、長いあいだトラウマになってしまったくらいなので。

とまあ、そんな原作の映画化に際して、脚本も手掛けた市川崑はストーリーを大幅に改変・簡略化(もっとはっきり言ってしまえば粗雑化)しており、その結果、核となる事件の様相と主要な登場人物はほぼそのままながら、物語全体はもはや並行世界の出来事のように書き換えられています。たとえば原作で昭和二十八年と昭和四十八年、二十年の時を隔てて起こった事件は、映画においてはすべて昭和二十八年の出来事として縮められており、その一方でドラマにより悲劇的な味わいを加えるためか、ただでさえ無理がある人間関係にさらに無理があるにもほどがある偶然を作用させ、いくらなんでもそれはないだろうというトンデモすぎる因果関係を作り出しています。また原作の易きに流れた二番煎じのトリックは、映画においてはもはや描かれることすらなく(映画ではトリックの用いられた事件そのものが起こらない)、ドラマ展開においてなぜそうなるの?なぜそんなことをするの?という理屈を無視した、あくまで雰囲気とインパクト重視の無理筋なエピソードがこれでもかと積み重ねられていきます。

また脚本に限らず映像表現の面でも、たとえばこのシリーズの刻印ともいうべき仰々しく鍵型に配された明朝体のオープニングクレジットがありふれたゴシック体に変わっているなど、これまでに比べて力の入っていない感じが露骨に伝わってきます。

とまあ、そもそもの原作のまずさに加え、第四作「女王蜂」(1978)でおしまいのつもりだったところを角川春樹事務所から要請され否応なくメガホンを取ったという市川崑がやる気を失っていたのは明らかで、「市川崑の映画たち」という書籍の中でインタビュアーに作品の出来の悪さを指摘され、あっさり「僕自身、くたびれてきたのかもしれないね」と答えています。

とはいえ本作は、金田一耕助や等々力警部といった愛着あるキャラクターを演じる石坂浩二や加藤武をはじめ、大滝秀治や草笛光子、三木のり平、白石加代子といったお馴染み脇役陣の面々と再会できるところにシリーズならではの楽しさがあり、またヒロインを演じた桜田淳子が美しくて歌も上手く、また意外といってはナンですが演技もいい。そしてなんといっても「犬神家の一族」や「悪魔の手毬唄」(1977)と同様、作品世界の雰囲気を完璧以上に具象化してみせた、前述した”病院坂”をはじめとするロケーションとセットの数々が、そのためだけに繰り返し観てしまうほど味わい深い。

原作で東京の芝・麻布あたりに設定されていた事件の舞台は(高輪にある魚籃坂が"病院坂"のモデル)、映画では「昭和二十年代の東京を舞台にしたら、ロケはほとんど不可能ですから」(「市川崑の映画たち」より)という理由により"吉野市"という架空の小都市に変更されており、東京・世田谷をはじめ、昔ながらの家並が残る三重・伊賀そして伊勢といった複数のロケ地の組み合わせによって、そのイメージが創り上げられています。そうしてでっちあげられた架空の作品舞台の雰囲気があんまり素晴らしいのでロケ地フリークとしては訪れずにはいられない――というわけで、数年間にわたってこれらの場所をこつこつ経巡り歩いてまいりました。

病院坂

い下り坂の途中に法眼病院の廃屋があるという設定の”病院坂”は、金田一が本條写真館に向かう冒頭の場面や人力車に乗った法眼弥生(佐久間良子)が廃屋を訪れるエンディングなど、ポスターにも使われた本作のキービジュアルとして映画のところどころに出てきます。撮影場所は「成城の近くの岡本町という住宅地」(「市川崑の映画たち」より)で、要するに本作の製作会社である東宝撮影所のすぐ目と鼻の先です。

時代が変わっても変わりようのないそのランドスケープもさることながら、小学生の頃の私の目になぜだか無性に恐ろしく思えた、坂の上に立ち並ぶ幾本もの電信柱に電線が無秩序に張りめぐらされた情景は、四十数年の時を経た今もそのままで、坂の下に立って想像力を働かせながら見上げると、坂の上に立つ石坂金田一の残像がくっきり浮かび上がってくるようでした。

病院坂01
「病院坂のお屋敷は、もうすぐです」(2015年6月撮影)

写真は8年前、サイクリングのついでに立ち寄ったときのもので、それから一度も足を向けていませんが(なにせこのあたりは坂だらけで大変)、この雰囲気はおそらく今も変わってないだろうと思います。実際は坂に面してミッションスクールがあったりもして、映画のような陰惨な雰囲気とは無縁の明るい場所なのですが、それをあのような負の磁力を持った場所に仕立て上げる映画のマジックに改めて感心してしまいます。

吉野市全景

院坂の上に立つ金田一が街を見下ろす映像(ここに吉野市というキャプションが出る)は、東京の世田谷から遠く離れた三重県伊賀市の伊賀上野城で撮影されたもの。なかなか訪れる機会がなかったのですが、ようやく昨年11月、九州にドライブ旅行したついでに立ち寄ってきました。

街の中心にある、市民公園として整備された伊賀上野城の南面の石垣の上に立って眺めると、金田一が病院坂の上から眺めていたのと同じ景色が今も広がっていました。スマホで撮影して持参した映画の映像と見比べてみると、養肝漬という広告塔(さすがに映画当時とはデザインは変わっていますが)のある建物をはじめ、1979年当時と同じ建築物があちこちに残っていて、すっかりうれしくなりました。

吉野市全景02
「写真なら、創業明治二十五年という古い写真館を知ってるよ」(2023年11月撮影)

吉野市街その1

院坂を下って本條写真館を目指して歩く金田一耕助の背後に急勾配の切妻屋根の家が軒を連ねている場所は、三重県伊勢市のJR伊勢市駅からほど近い、人通りの少ない住宅街。ここは映画の後半、写真館助手の黙太郎(草刈正雄)と食堂で会話していた金田一が、バンドメンバーの吉沢(ピーター)の所在がわからなくなったことを聞いて、慌てて店を飛び出し街を走る場面にも使われています。

横山秀夫の今のところの最新刊「ノースライト」の中で、物語の重要な鍵として、戦時中に日本に一時滞在していたドイツ人建築家、ブルーノ・タウトがデザインしたという椅子が出てきます。この建築家に興味を引かれ、その著作「忘れられた日本」を読んでみたところ、日本建築の粋の極地として桂離宮と伊勢神宮が絶賛されており、どこがそんなに凄いのか、実際にこの目で見てみたくて仕方なくなりました。そんなわけで4年前の年末、日帰り弾丸ドライブでお伊勢参りに行ったのですが、ついでにこの映画のロケ地も訪れてきました。

映画の中で印象的だった切妻屋根の家並は、外壁が塗り替えられていたものの、まだ当時のままに残っていました。そしてそれだけでなく、あたりの風景にはいつかどこかで見たことがあるような、懐かしい昭和の香りが色濃く漂っていました。

吉野市街その1
「それ、じ、時間的に言って、い、いつ頃ですか!?」(2019年12月撮影)

こうして見知らぬ場所を訪れて、その土地の風土や歴史を感じさせる風景の中に身を置いたときの"ディスカバリージャパン"な味わいには、これぞ旅の醍醐味といいたくなる喜びがあって、後述する本作のロケ地の伊賀街道や「犬神家の一族」のロケ地である長野県上田市の北国街道といった名のある場所はもとより、この伊勢の町家が建ち並ぶ裏通りのような、名もない場所の飾らない味もまた格別です。

警察署

賀上野城から西にほんの少し下ると、明治十四年に建てられたという木造二階建ての旧小田小学校本館がありました。子供の学び舎というには少々いかめしすぎるようにも見える、この堂々とした白塗りの建物が、映画においては警察署の外観として使われています。ところどころペンキが剥げ落ちていた外壁はキレイに塗り直され、さすがに赤いランプや旭日章の飾りはありませんでしたが、三重県の有形文化財に指定されているだけあって、その見た目は映画当時のまま保存されていました。

警察署01
「金田一さんがすぐ法眼家へ来てくださいって!事件の説明をしたいそうですから!!」(2023年11月撮影)

吉野市街その2

の映画では、金田一耕助と彼の助手を務める黙太郎が町を歩きながら会話する場面が多く、そのほとんどが伊賀市内、特に旧伊賀街道の特定の狭い範囲のうちで何度も繰り返し撮影されています。

伊賀街道は、江戸時代初期に整備された伊賀と伊勢を結ぶ街道です。この映画の撮影場所は、伊賀街道の西の起点である伊賀鉄道伊賀線の広小路駅に近いあたり。街道筋に沿って町家の黒い瓦屋根が折り重なるように軒を連ねた情緒ある街道風景は、その家並のほとんどが建て替えられたり空き地になっていたり、とさすがに装いを大きく変えてはいましたが、狭い道のとことどころに今なお昔ながらのしっくい壁と黒い瓦屋根の町家が離れ小島のようにぽつりぽつりと残っており、四十数年前の映画の記憶をかろうじて留めていました。写真は、金田一と黙太郎の会話の背景として何度も画面に登場する、商家の一画。

吉野市街その2
「ま、それはそれとして、実は法眼家の家系を調べてみたンですよ」(2023年11月撮影)

伊賀街道の風景をもう1枚。コンクリート造りの建物が混じってはいますが、狭い道の両脇ぎりぎりに町家の軒が連なっているあたりに昔の街道の面影が偲ばれます。

吉野市街その2の2
「法眼家というのはですね、南部藩の御殿医の家柄なんですよね。で、明治初年にこの土地に移ってきてるわけなんですよ。当初、琢磨の長男の鉄馬なる人間がですね、法眼病院を設立してるわけなんですよ。その鉄馬に腹違いの千鶴というヒジョーな美人の妹がいて、愛人の医者との間に女の子ができた...それがあの弥生さんなんです!千鶴の愛人が死亡しますとですね、五十嵐猛蔵という男が千鶴に強引に懸想したわけです。千鶴は弥生を連れ子として、まあ猛蔵に嫁いだわけですね。成人した弥生はですね、伯父にあたる法眼鉄馬の養子の琢也と結婚した...五十嵐猛蔵と千鶴の間にできた子が泰造。これが女中の田辺光枝に産ませた子供が滋なんです。なかなか複雑でしょ。わかりますか?」「...よくわかりません」(2023年11月撮影)

吉野市街その3

まあ、こうして黙太郎が金田一に法眼家の人間関係を説明するセリフを改めて書き出してみても、やっぱりちんぷんかんぷんだったりするわけですが、映画ではこんな感じで二人の路上の会話のやり取りを延々と描き続けていきます。場所を変え、町角でしゃがみこんで話す場面は、松尾芭蕉の生家からほど近い、北側が低い崖になった住宅街で撮影されています。

吉野市街その3
「しかしまあ人間の成り立ちちゅうのは、ようこうも複雑に入り組んでいるもンですかねェ」(2023年11月撮影)

金田一たちの背後に建っていた趣のある白壁の蔵は、サイディング壁のアパートに変わっていましたが、基礎の石垣は当時のまま残されていました。

吉野市街その4

眼病院の一人娘である由香利(桜田淳子)とバンド仲間の小雪(桜田淳子、一人二役)が同一人物ではないかと疑う吉沢が、由香利を待ち伏せして声を掛ける場面の撮影場所は、これまた旧伊賀街道の一角。映画で酒屋だった店は、洒落たレストランになっていました。

吉野市街その4
「小雪ちゃん?」(2023年11月撮影)

吉野市街その5

田一と黙太郎が夜の伊賀街道で会話する場面もあり、この場所も先に書いた商家のあたり。私もあちらこちらへロケ地を探して歩いているうち、すっかり日が暮れてしまい、せっかくの伊賀だからと楽しみにしていた忍者屋敷も鍵屋の辻も行きそびれてしまいました。そろそろ腹も空いてきた、というわけで旅の次の目的地へと向かう前に、伊賀街道のそこかしこで目につく看板が気になって仕方なかった(写真のあちこちに写ってます)、そしてロケ地を特定するために街道をうろうろ往ったり来たりするうあいだに何度もその前を通り過ぎた、「金谷」というすき焼き屋の暖簾をくぐりました。

吉野市街その5
「うちは貧しかった。アメリカへ渡って皿洗いをやっていたこともあるんです。小さいときに両親と別れたんです」(2023年11月撮影)

伊賀肉というブランド牛肉のことは、以前「ローカル路線バス乗り継ぎの旅 第11弾 高松~伊勢」で太川さんと蛭子さんたちが食べていたのを観て知っていました。「金谷」は構えたところのない町家の趣で、一階が精肉店になっていて、二階が食事処となっていました。奥行きのある長い廊下に沿って仕切られた座敷の一角に通され、すき焼きを注文して待っている間にぐぐってみたら、池波正太郎が「食卓の情景」というエッセイ集で「金谷」のことを書いているという一文を見つけました。「食卓の情景」なら学生の頃にニ、三度読んでいるはずですが、まったく記憶に残っていませんでした。

金谷のすき焼き

広々とした座敷で仲居さんが給仕してくれるすき焼きは、私にとってぜいたくなものでしたが、まあたまにはいいでしょう。脂の乗った肉もさることながら、玉ねぎが驚くほどうまかったのでそう言ったら、淡路島の玉ねぎだと教えてくれました。知りませんでしたが、淡路島の玉ねぎは甘いので有名なんだそうです。

旅行から帰ったあと、実家の押し入れから「食卓の情景」を引っ張り出して読み返してみたら、確かに「金谷」のことが書かれていました。

「料理も味つけも別にどうということはない。ただ、伊賀肉のうまさを、そのままに生かしたうまさであった。それに、この店の何ともいえぬ、のびやかなもてなしが、味覚を層倍のたのしさにしてくれたのであった」

いやあさすが、うまいこと書くものです。このエッセイから半世紀近く経った今も、まったくもってそんな感じでありました。あんまり旨かったので、これからロケ地めぐりに出掛けたら、ついでに必ずその土地々々の美味しいものを食べることにしよう、と心に決めたのでした。



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