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スパルタンX

あの頃ボクらはアホでした
スパルタンX01
製作: 香港(1984年)
監督: サモ・ハン・キンポー


燃えよドラゴン」に続き、カンフー映画の紹介です。ブルース・リーとくれば、お次はジャッキー・チェン。ジャッキー・チェンの「スパルタンX」です。ものごころついたときには既にこの世を去っていたブルース・リー。彼が伝説のヒーローだとすれば、ジャッキー・チェンは中学から高校にかけての数年間、私にとってまさにリアル・タイム・ヒーローでした。私が映画館ではじめてジャッキーを観たのは1981年の「キャノンボール」。出番はほんのちょっぴりでしたが、小柄な東洋人のくせに、デカいアメリカ人(含むピーター・フォンダ)をばったばったとなぎ倒すジャッキーのファイトっぷりが最高に小気味よく、もう一気に大ファンになってしまったのでした。以来、彼の映画は欠かさず観にいくようになり、それから3年後の1984年、高校2年のときに公開されたのがこの映画、「スパルタンX」。ジャッキー・チェン、ユン・ピョウ、サモ・ハン・キンポーがそろい踏みしてファンを喜ばせた3本目の映画です。しかし、この映画の真の価値はそんなところにあるのではない...

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度のことながら、アクションあるいはギャグ(サモ・ハン映画のギャグはパクりが多い)を見せるため、不自然だろうがなんだろうが、とにかく無理やり戦う(あるいはギャグを挟み込む)場面をつくりだしていく、あってなきがごとしのストーリーと唐突な場面展開、スペインでのオール・ロケが売り物のひとつだったとはいえ、まったくスペインである必然性のないどうでもいい設定...でもそんなの関係ねえんです(猪木調)、この映画の場合!!

映画の中盤、悪党一味が悪だくみを相談しているシーンで、スクリーン上に何気なく映ったあるラテン系の男...やや猫背気味、みっしりとついた筋肉で肩が盛り上がり、三白眼で上目遣いに唇をひんまげ、にやりと笑う小柄な男...思わずあっと息を呑みました。

(嘘だろ嘘だろ、まさかまさか、べ、ベニー・ユキーデ!?)

ベニー・"ザ・ジェット"・ユキーデ。"怪鳥"とも呼ばれた男。それは当時、格闘技(あるいはプロレス・ファン)ならたいていその名を知っていた、伝説のキック・ボクサー(私の弟は部屋にポスターを貼っていた)。アメリカを中心に活躍したフルコンタクト空手の世界チャンピオン、来日経験もあり、梶原一騎がマンガで煽ったこともあって、日本のファンの間ではその強さの幻想が溢れまくっていた格闘家(マーシャル・アーティスト)。そう、そのベニー・ユキーデが、どういう経緯かは知りませんが、何気にこの映画に出演していたのです。まさか演技力を買われて出演しているわけがない(そもそもそんな映画じゃない)。ということは、ということは...ベニーがこれから暴れまくる!!

というわけで、もうそこからは、ただひたすらひとつのことを心の中で念じながらの映画鑑賞。

(頼む。クライマックスは、サモ・ハンじゃなくて、ジャッキーとやってくれ!!)

スパルタンX02これはサモ・ハン・キンポーが監督した映画。で、サモ・ハン自身もアクションが売り物のカンフー・スター。なので最大の見せ場となるべきベニーのファイトの相手がもしサモ・ハンだったらどうしよう...と、映画の筋とはまったく関係のない心配で心がっぱいになってしまったわけです。しかも、映画の中盤で早くも二度、ベニーとジャッキーは小競り合いを展開します。ほんの数合、小手調べ程度の打ち合いなのですが、これがもう凄いの何の。バババッ、ババッ、バババババッ!という感じで、パンチとキックが目にもとまらぬ速さで交差(どんな感じかわからないですね)。で、ジャッキーが打たれて弾かれ、びっくりした顔で「こいつ、強い」とか心の中で言うわけです。もうこれだけで、おおおおおおっ!と高校生の私は大興奮なのですが、(こんな一瞬でここまで凄いのなら、目一杯のファイトはいったいどうなっちゃうんだ)、と、否がおうにも期待のアドレナリン・メーターが振り切れんばかりなわけです。しかしその一方で、「もしかして、ジャッキーとはもう二度もやらせたってことで、クライマックスは自分がやる気では?」とサモ・ハンに対する疑心も膨らむばかり...とまあ、ストーリーとまったく関係なしに、映画館の暗闇の中で勝手にやきもきしていたわけですが...しかし、期待は裏切られず、クライマックスではついに、ベニーとジャッキーが三度目の、そして今度は真正面からがっぷり四つの大激突。ありがとう、サモ・ハン!!

「ドラゴンへの道」でのブルース・リーとチャック・ノリスのファイト、素晴らしかったです。「死亡遊戯」でのリーとカリーム・アブドゥル・ジャバーの激闘、震えましたです。そして「ヤング・マスター 師弟出馬」でのジャッキーとウォン・インシクの足技勝負、本当に凄かったっす...

でも、でも、それらアクション映画に燦然と輝く栄光のファイト・シーンのすべてを凌ぐ壮絶バトルがついに実現!それがジャッキー・チェン対ベニー・ユキーデ。すごいスピード!すごいキレ!それはもうこっちの期待と想像をはるかに超える素晴らしさ。それは、これまでにまったく目にしたことのない、カンフー映画を超えた、まさに映画史上に残る生身のからだ同士をぶつけあったリアルなファイト・シーン(本当に当てあっていたらしい)。

この後、1988年に公開された「サイクロンZ」という、やはりサモ・ハン・キンポーが監督した映画で、再度、ジャッキーとベニーがまみえます。これもベニーの出演をぜんぜん知らず、スクリーン上にベニーを見たとき、またあっと思わされてしまったものです。こっちの映画のファイトも凄いんですが、でもやっぱり「スパルタンX」のファースト・インパクトが一枚上。トータルでみて、もっと面白いと思うジャッキーの映画はほかにもあります。しかし、このジャッキー対ベニーという夢の対決(とそれに大興奮した思い出)があるぶん、私にとってはこの映画が永久にナンバー・ワンなのでした。

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ァイト中に一発くらったジャッキーが、にやりとわらってみせながら、「やるね」と親指を立てるシーンがあるのですが、これ、PRIDEという総合格闘技の試合で実際にやってみせたやつがいます。数年前、カーロス・ニュートンというカナダ出身の柔術家が、ブラジル出身のストライカー(打撃中心の選手)であるペレという強い選手からアゴに思い切り膝蹴りを喰らったときのこと。誰もがダウンすると思ったような厳しい一発でしたが、ニュートンはふらつきながらも顔を上げ、親指を立ててにやっと笑ったのです。場内、やんやの大歓声。その後、ニュートンが逆転してペレの関節を極めて勝つのですが、はたしてニュートンは「スパルタンX」を観たことがあったのでしょうか...

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学から高校にかけて、私にとってジャッキー・チェンが最高のヒーローだったことは冒頭に書いたとおりなのですが、当時、このジャッキーをはじめとするカンフー映画に私(と私の友だちの一部)がいかに影響を受け、人生の一時期、そのよって立つ地軸をいちじるしく狂わせてしまったかについて...

当時、中高一貫の男子校に通い、心身ともに女っ気の一切なかった私(と私の友だちの一部、数名)はカンフー映画の世界にはまってしまい、ある一時期、まるで熱病にでもかかったように、ひたすらすら強さの追求に明け暮れた日々を送ったことがあります。といってそれは、空手部や柔道部に入部するということではなく、また不良になって喧嘩して回るということでもない...私たちの追及した強さ、それは、カンフーの技の研究と習得(笑)。要するに、スクリーンの中にだけ存在する架空の強さにただひたすら憧れたわけです。

ジャッキー・チェンに限らず、カンフー映画というと必ず観にいっていた私たちなのですが、ちょうど観るだけでは飽き足らなくなりかけていた頃に出会い、そして私たちの生活リズムを一変させた映画、それが1982年公開の「少林寺」。現在ハリウッドで活躍中のジェット・リーが、リー・リンチェイという名前でデビューした作品です。この作品は当時、それまでのカンフー映画と違って本物の拳法の達人が出演するリアルな映画という触れ込みで、中国武術大会5年連続総合チャンピオン(リーのことです)のほか、蟷螂(とうろう)拳のチャンピオン、鷹拳のチャンピオンといった達人の面々が少林寺の修行僧として大挙出演、と少年漫マンガ雑誌等でさかんに煽りまくっていました(嘘ではないのですが、しかこれらは格闘技ではなく、あくまで演武競技)。疑うことをしらない日本中(おそらく)の少年たちは、その説明(宣伝)をストレートに受け止め、いよいよ本物のカンフー使いが見られる、と大興奮。当然私たちも色めき立ち、7、8人で大挙してこの映画を観に行ったわけです。そして...いや〜、見事に全員が全員、はまりました。それもものすごく。あまりにはまりすぎて、そのまま続けて2回観て、後日再び観にいき、やはり2回観ました(脱落者なし)。

いったい何にそんなにはまったかというと、それはやっぱり売り物だった武術家たちの技とスピードとからだのキレ。それまでに観たことのない、あまりにすごいムーブ連発で、一回観ただけではどう動いてるのかがさっぱり理解できない(今考えれば、それは格闘技というよりは器械体操に近い動き)。さらには三節棍や縄標といった武器の目新しさ(ヌンチャクぐらいしか知らなかった)。そしてもうひとつ、ばっちり私たちの心を捉えて離さなかったのが、なんといっても若い僧たちの修行シーン。修行僧がお堂に集まり、師匠の掛け声にあわせて型の練習をしたり、庭に散らばって、各自思い思いにさまざまな拳法の訓練をしているわけです。で、それらを観ながら私たちがみな同時に思ったこと。

「これはもう修行するしかない!」

こうして私たちのカンフー修行は始まりました(バカ)。修行といっても、最初は映画の中で観たお気に入りのムーブの真似。各自、あれをやってみたいというムーブがあり、昼休みに体育館に集っては(昼飯は2時限目と3時限目の間の休みに済ませます)、おのおのその動きを練習。ある者はムーン・サルトみたいなジャンプの練習をし、ある者はバレー・ダンサーのような回し蹴りの練習。またある者は型の練習をし、またある者は...という具合。映画を何度も繰り返し観たのは、要するにどう動いているのかが、1回観ただけではとても把握できなかったからなわけです(笑)。

で、私の特訓。それは、腕を後ろに組んで、頭を地面についての前方転回。要するに腕じゃなくて首を使う前方転回です...わかりますか?当然、いきなりそんなことをすれば首の骨が折れるに決まってるので、まずは首を鍛えるところから開始。そう、ブリッジというやつですね。こうして私はある期間、来る日も来る日も、昼休みになると体育館のマットの上で、腕を組んでひたすらブリッジをしていたわけです(バカ)。そしてしばらくして首もある程度強くなったと思えた頃(本当に太くなった)、おもむろに、まずは分厚いマットの上で前方転回の練習開始。これがけっこうあっさりできてしまい、なんと1回目から、すくっと立ち上がれたのです。しかも首の痛みなし。そのときの気持ちといったら!

「修行の成果が出た!」

と大喜び(大バカ)。その後はだんだんとマットを薄くしていって、最終的にいちばん薄いマットで、しかも連続して回転することもできるまでに。むろん最終目標は、映画のように地面の上でやることだったのですが...結局、それだけはどうしても躊躇してしまい、最後までできませんでした(やらなくて本当によかった)。しかし、今思うといまだ頭頂部にちゃんと毛が生えているのが奇跡のような気がするくらい、毎日毎日、マットの上に頭をついてはぐるんぐるん回りまくっていました(当時、プロレスにはまっていたやつらも多数おり、やっぱり同じように、昼休みの体育館でプロレス技の習得に余念がありませんでした。関節技の掛け合いで骨折したやつもあり。で、男子校生のくせに彼女のいるような、少しでも垢抜けてるやつはバスケなどやってました)。

しかしこうして成果(?)が出るとなると、なんでもかんでもカンフーの特訓に結びつけて考える習慣がついてしまい、胡桃をポケットに入れては持ち歩き、通学途中や授業中に親指と人差し指で割る訓練に熱中(「ドランク・モンキー 酔拳」でのジャッキーの真似。結局いつまでたっても胡桃は割れず。しかいつしか握力が70kgに)。中学のときはサッカー部に入っていたのですが、そのうちまじめな練習はそっちのけ、遠くに置いたかごにボールを蹴りこむ練習や、ひたすらボールを投げ上げては、後ろ回し蹴りでシュートするという曲芸のような自主練を開始(このあたりのサッカーへの応用はユン・ピョウ主演の「チャンピオン鷹」の影響)。で、ある程度当たるようになると、今度は仲間にセンタリングをあげてもらい、それに後ろ回し蹴りをあわせる練習。そんなことをしているうち、いつしかサッカー部も退部(実践で後ろ回し蹴りシュートがボールに当たったためしなし)...まさに貴重な人生の無駄遣い。

しかしこれは私一人に限ったことではなく、友だちもみな一緒。野球部のヤツは野球へのカンフーの応用を考え、ラグビー部のヤツはラグビーへの応用を考える、といった具合(全員バカ)。で、やがてひととおり、目標としていたムーブの習得に目処が立つようになると、いつしか私たちの関心は、武術そのものに...(だからといって空手部には入りません。興味はあくまでカンフー)。そんなある日、仲間のうちの一人が言い出しました。

「カンフーを教えてくれる通信教育があるらしい」

確か、少年マンガ雑誌なんかによく載っている怪しげな広告だったと思います。3万円くらい払うと、蛇拳とか蟷螂拳とか酔拳といった拳法のテキストがセットで送られてきて、それをもとに自主トレーニングする、というような内容。それを、みんなで金を出しあってやろう、という提案なわけです。即座に賛成する数人。で、私はというと...今でもそのときの自分を褒めてやりたいぐらいなのですが、きっぱりと断りました。そんなもので強くなれるわけがない、と。じゃあいい、ということで、残る5、6人が金を出し合いテキストを購入。彼らはそれぞれテキストを分け合い、ある者は鶴拳、ある者は猿拳といった具合にそれぞれ訓練を開始。このテキストというものが実際どんなものだったのか、それは金を出さず、そんなもので強くなれるわけがない、と言い切った私には誰も見せてもくれなければ、教えてもくれませんでした。まさに門外不出の秘伝書...

一方、通信教育をばっさり切って捨てた私も、

(ぜったいそんなことはないと思うが、万が一みんなが本当に強くなってしまったらどうしよう)

と、心の中に疑心暗鬼のさざ波が(それだけカンフーというものに幻想をいだいていた)。で、内心の焦りに突き動かされるようにして、私は私で独自に秘密特訓を開始したわけです。何の特訓かというと、それはヌンチャク。立川の第一デパートにヌンチャクを売っている怪しい店があり、前から気になって仕方なかったのですが、これをきっかけに晴れて購入(確か2,000円くらい)。もちろん、仲間には内緒です。そっちが歴史ある拳法なら、こっちはいちばん強そうなブルース・リーが愛用している実践的なやつだ、というわけです。で、ブルース・リーの映画をTVで録画した私は、何度も見直しながらお茶の間でヌンチャクの練習。手からすっぽ抜けて蛍光灯を割ること2回(親激怒)、誤ってからだにぶつけ、できた青あざは数知れず、しか訓練のかいあって、数ヵ月後、ようやくある程度自由に振り回せるようになった私は、いざ、ヌンチャクを持って学校へ。そしておもむろにみんなにその華麗な妙技を披露。いや〜、そのときのみんなの驚愕と畏れと悔しさの入り混じった表情が目に浮かびます。まさに、

「してやられた!!」

といった感じでしょうか。内心ホッとしたことに、どうやら拳法の通信教育は思ったとおりバチモノだったらしく、その頃はもう誰もその話題にふれたがらない様子...しかし、私の演武を見たそのうちのひとりがガマンしきれぬように言い出しました。

「俺にも見せたいものがある」

と。翌日、そいつが学校に持ってきたのは、木でできたハンガー。で、おもむろにそいつはハンガーをヌンチャクのようにくりくると振り回しだしたのでした。

「おおお、ハンガー・ヌンチャク!!」

それは、映画「刑事物語」(1982年公開)で武田鉄矢が見せた技。やはりカンフーに心酔して蟷螂拳を習っていた武田鉄矢が、自ら考案した特技です。なんとそいつは、ある時点で拳法の通信教育に見切りをつけ、やはりみんなに内緒で、ハンガー・ヌンチャクの練習をしていたのでした。もっとうまくなってから、と思っていたそうですが、私がヌンチャクを披露したことで、ガマンできなくなったそうです。いや、じゅうぶんに驚かせて(そして焦らせて)もらいました。

...とまあ、こんなふうに、まるで熱病にでもかかったかのように、寝てもカンフー、覚めてもカンフー、みたいな時期があったのですが、高校生活が進むにつれ、いつの間にやらその狂熱も醒め、私も含めみんなの興味はだんだんより年相応な別のことがらへ...ヌンチャクもどこかへいってしまい、数年経ってふと気づけば、惰性でジャッキー・チェンの新作映画を観ている自分に気づくのでした(映画でいえば、名画ばかり観るようになってました)。やがてジャッキーの映画を観にいくこともなくなってしまったのですが、いまでも彼の新作が公開され、元気に活躍しているのを何かで目にしたりすると、やっぱりうれしくなります。



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今年はもう仕事せずにとことん好きなことをやりたおしてしまおうかな、などと不埒なことを妄想する今日この頃。

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