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[C191]

たぶん、この映画が先駆者じゃないかなぁ。
え~、実は自分!見たいな落ちのパターン。違うかなぁ。以前にもあったんでしょうかねぇ。
ひょっとして自分?でも…、見たいなパターンも、ヒッチの作品にはありますが、とにかくこの作品を初めて観た時は、その落ちに驚いたものです。
それにしてもイラストは上手過ぎ!一体何をどうやったらこの様なイラストが描けるのか、私にはその方がミステリーですよ。

  • 2009-05-08 00:04
  • ロッカリア
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[C192] >ロッカリアさん

考えてみれば、確かにそうかもしれません。
いろいろ思い出そうとしてみましたが、どれもみんなこの映画のあとに作られた作品ばかり...
これ、もしかするとエポックメーキングな映画だったのかもしれませんね。

ちなみに私がこの映画観に行ったときは、映画の途中、隣に座っていた友だちが、「わかった、本人だよこれ!」と親切に耳打ちしてくれました(笑)。

イラスト、、、ありがとうございます。慣れてきたせいか、はじめの頃に比べたら、かなり進歩したな~と自分でも思っています(自画自賛。笑)。

[C193]

この映画は完全なものはまだみてないんですよ。
こちらのテレビ番組でミッキーロークのことを取り上げる時
必ずこの映画のシーンが流れます。

『シンシティー』は私もブログに書きました。

この映画のことよりマディさんの高校生活が目に見えるようでおもしろかったわ、すんまへん!

ランキングバナーはすぐに押せる所に貼っていただければいいのにーって・・・探すのめんどくさがりが言ってま~す。
  • 2009-05-08 03:41
  • ヘルブラウ
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[C194] >ヘルブラウさん

はは、お恥ずかしい...この記事書くまですっかり忘れてたエピソードなんですが、、、でもまあ今となってはよい思い出...ということにしておきます(笑)。

ミッキー・ロークのキャリアを語るとき、この映画は外せないんでしょうね、、、でも記事にも書きましたが、血量過多の映画なので、もし今後観る機会があるようでしたらご覚悟のほど。でもSIN CITYがOKでしたらぜんぜん問題ないかも。記事、拝見しましたよ~。確かにインパクトのある顔のオン・パレードでしたね(笑)。

バナー、クリックしてくださってるんですか?ありがとうございます!今の場所、確かに目立たないかもしれませんね...せっかくだから少しでも押してもらえるように、、、ちょっと考えてみま
~す!

[C1058] I know who I am!

しばらく更新がなかったので,ご体調を崩されたのかと陰ながら心配しておりました.安心しました.

なので,またコメントさせてください.この映画は私にとって最高傑作だと思っております.
映画全体に漂う雰囲気,トレヴァー・ジョーンズの音楽,細かいカット割り,ミッキー・ロークの妖しく不潔な魅力,デ・ニーロの爪,シャーロット・ランプリングのうなじ,リサ・ボネット(レニー・クラヴィッツの元奥さんでしたよね)の洗髪シーンの美しさ,そして何と言ってもゆで卵の割り方(皆さん一度は真似しましたよね?)と食べかた(それを見たミッキー・ロークの顔の一瞬のカットが秀逸),ファウラー医師を待つ間のレストランで鍵をいじりながら待つハリーの一見無意味なほどのロングカットシーン,キャメルのタバコとマッチの付け方,換気扇,下にしか降りないエレベーター….挙げれば切りがないくらい,痺れる映像と音楽でした.いやぁ,映画って本当にいいもんですねwww.
名古屋の古書店でこの映画のパンフレットを,当時大学生の私としては結構な値段で買いましたが,確かそのなかのエピソードによると,元々ハリーはデ・ニーロ,サイファーは何とマーロン・ブランドの案があったそうです.この映画の内容から,エピファニーの父親だったことや時代設定からすると,ハリーはもう少し年をとっている方が本当はしっくりくるんですよね.でもまぁ,そうなるまた違った映画になったでしょう.やはりミッキー・ロークありきでしたね.
なお,伏線の一つで誰も触れていないようなのですが,かつてのジョニーのヒット曲(自らピアノで引いていたり,エピファニーがお風呂で口ずさんでいたり,その他映画の各場面でピアノでのみ繰り返し出てくる曲)を,調査の手始めにハリーが病院に向かう車の中で,BGMと合わせてその旋律を口笛で自ら吹いているんですよね.この映画で,途中でオチが分かった,などといばる人がいますが,そんなことはこの映画には全く関係ないと思います.「シックス・センス」や「アザーズ」とは格が違います.
なお,現実にもハリーの夢にも現れる決して顔を見せない黒装束の人間(性別不明),唐突にラストでモーテルに入るハリーを見上げる時にはっきり顔を表す男,あれがジョニーだというのをネットで見たことがありますが,管理人さんのご意見は如何でしょう?この世の人間ではない??
  • 2013-07-03 22:17
  • きるごあ
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[C1060] >きるごあさん

せっかくコメントいただいたのに、またご返事が遅くなりすみません。。。

「エンゼル・ハート」は観かえすたびに細部に新しい発見があって、ホント、よく作りこまれた映画だと思います。当時パンフレット買った覚えがあるのですが、ハリーがデ・ニーロ、、、は記憶にないですね~。ミッキー・ロークの年齢、、、まったく気にしたことありませんでしたが、確かにおっしゃるとおりかもしれません。。。

それから病院に向かうクルマの中でハリーが口笛を吹いているのも、そこにテーマ曲のBGMが流れるのも覚えているのですが、、、口笛がBGMの旋律をなぞっていたというのは、まったく意識していませんでした。。。

現実にもハリーの夢にも現れる決して顔を見せない黒装束の人間、、、
記事にも書きましたが、夫が自殺したという黒衣の女性が、血潮の飛び散った壁をたわしで擦り続ける黒人教会の光景は、かつてハリー(本当はジョニー)とマーガレットたちが、ハリーだった男を殺したときの光景に重なるもので(彼らがハリーを殺した後、洗面器とたわしを持った黒衣の女性が入れ違いに部屋へ入り、後始末をしていたことがのちのちフラッシュバックで明らかになる)、この光景を目にしたことがひとつのスイッチとなって、ハリーは気味の悪い白日夢と悪夢を見はじめる(=ジョニーの記憶が甦りはじめる)ようになります。ハリーの前に現れる(夢に見る)黒衣の人物の姿恰好は、かつて惨劇の後始末をした黒衣の女性のそれと同じであり、つまり黒衣の人物は現実の存在ではなく、ハリーが文字通りにおそるおそるその肩に手をかけようとしながらままならない、封印された忌まわしい過去そのものの象徴ではないか、と思います。

ラストで、ハリーはモーテルの廊下にうずくまる黒衣の人物の横をすり抜けますが、あれほどその顔を覗きたがっていたにもかかわらず、既に記憶の封印が解けた(自分が誰だか知った)ハリーは、いまやその正体に関心がないどころか、そもそもその存在がまったく目に入っていないようです。そしてここ至ってようやく、黒衣の人物が(観客だけに)顔を見せるわけですが、これが誰かといえば、ハリーがジョニーに戻ったことによってジョニーから解放されたハリーの魂の可視化=ジョニーに殺されたハリーなのではないかと思います(その顔は、黒衣の人物同様に白日夢に何度か現れる、タイムズスクエアで今にも振りむこうとする後姿の帰還兵(=本当のハリー)のちらりとのぞく横顔に似ているように思えます)。。。
  • 2013-07-11 06:47
  • Mardigras
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[C1120] 新たな発見?

ご無沙汰しております.
この映画のブルーレイ版を買いました.その中で監督アラン・パーカーのコメントがあったのですが..
なんと,ラストで唐突に顔を見せる黒装束の男は,「女装したデ・ニーロ」なんですって...一時停止して見たら,紛れも無くデ・ニーロだ..って,分かるか,そんなもん!!
なおラストシーンをオリジナルと吹き替え版2種類あったので,計3回見て改めて気付いたことがあります.このシーン,ミッキー・ロークとデ・ニーロは共演していない,つまり同時に写っている場面ががワンカットもない.共演は冒頭とレストランと教会のシーンだけのようです.なぜクライマックスにそうしたのか??夢うつつの演出なのでしょうか.考えてみれば贅沢ですね,それともスケジュールが合わなかっただけだったりして...

「ヒート」もそうでしたね,アル・パチーノとデ・ニーロ,これ共演じゃないじゃん!と見てる時から突っ込んでました.
  • 2014-11-18 01:03
  • きるごあ
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[C1121] >きるごあさん

こんばんわ。

BDにはアランパーカーのコメントが収録されているんですね。それはぜひ見たいです...って、ええっ!?ラストの男、デ・ニーロなんですか!!?

私。この映画、全編にわたって一時停止とスローを多用して観てて、ラストの男の貌も、一時停止でしっかり確認してるんですが、まったく気づきませんでした!!私、あの男は生前のジョニーだと思ってたんですが、「女装した」デ・ニーロって、う~ん、どういうことなんでしょう??

クライマックスで、デ・ニーロとミッキーロークが同時に映ってない、ってのもまったく気づきませんでした...う~ん、また久しぶりに「エンゼル・ハート」観たくなってきました。どうせならBDで、ついでに監督のコメントも聞きたい...モティベーティブにもほどがあるコメント、ありがとうございます。笑。

「ヒート」はおっしゃるとおりでしたね。公開時に観て以来、観返したことがなくて、そろそろまた見て観たい映画のひとつです。
  • 2014-11-18 23:26
  • mardigras
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エンゼル・ハート

メフィストフェレスでは、発音しにくいだろう?
「エンゼル・ハート」のイラスト(ミッキー・ローク)

ッキー・ロークという役者を初めて知ったのは、「イヤー・オブ・ザ・ドラゴン」(1985)でした。ニューヨークのチャイニーズ・マフィアとイタリアン・マフィアの抗争を描いたこの作品、監督が「ディア・ハンター」(1978)のマイケル・チミノということもあって、かなり期待していたのですが、いまひとつ重厚さに欠けたストーリーと安っぽいクライマックスにまったくカタルシスを得ることができず、がっかりしてしまった覚えがあります。とはいえ一匹狼の刑事を演じたミッキー・ローク、そしてチャイニーズ・マフィアの首領を演じたジョン・ローンのまとう空気が素晴らしく、特にミッキー・ロークの斜に構えた見下し目線には、いかにも大人の男の色気というか、今風に言えばちょい悪のフェロモンが漂っていて、当時高校生だった私の目にも、ずいぶんカッコよく見えたものです。

そしてそんなミッキー・ロークの人気絶頂期に封切られたのがこれ、1987年公開の「エンゼル・ハート」。"悪魔のバイブルと呼ばれた禁断の原作を、「ミッドナイト・エキスプレス」(1978)のアラン・パーカーが完全映像化!"という惹句に激しく煽られて、これまた自分の中で、期待度が沸点まで上昇してしまった作品です。


うっかり誘って大顰蹙

う今から二十年以上昔、季節は夏。友だち七、八人と、予備校の息抜きに映画でも観ようということになり、新宿に出ました。折りしもちょうど「エンゼル・ハート」がロード・ショウにかかっていて、そして、ぜひこれを観よう!と言いだしたのは私。いや~、前回の記事(「タクシードライバー」(1976))で、主人公が初デートで彼女をポルノ映画に連れて行くのはありえない、みたいなことを書きましたが、実は自分も似たような、空気のまったく読めないことをしていたことを、ふと思い出してしまいました。

私の場合はデートではありませんでしたが、しかし連れの中には女の子も数人混じっていて、この映画の血量過多の猟奇的な映像とエロチックな場面の連発は、もうこれ以上ないほどの大顰蹙。しかも(一回観ただけでは)意味不明なディテール、そして観る人によっては噴飯もののトンデモ過ぎる結末に、全員から非難の声。コイツ、よくわからない映画を薦めやがって!と不覚にも思い切り株を下げてしまったのであります。まあ逆に、趣味の異なる映画に無理やり付き合わされ、こっちがケチをつけまくったなんてこともあるのでお互いサマだったりするのですが、しかしやはり、自分がコレと思った映画を面と向かって罵られるのはいささかツラいもの。これはちょっとストライク・ゾーンが狭いと思う作品は、やはりひとりで観るに限る、ということをイヤというほど学んだのでした。

さて、それでは私自身が「エンゼル・ハート」をどう思ったかといえば、実は友だちたちの感想と似たり寄ったり。当時、本格系の推理小説が好きだったこともあり、いくらなんでもあの結末は掟破りにもほどがある、と、なかば憤慨してしまったのものです。ただし、この映画を覆う強烈な不安感とメランコリックな雰囲気にはもう酔いっぱなしで、さらには無精ひげを生やし、10ポンドくらい余分に肉のついたミッキー・ロークのだらしないかっこよさ、そしてロバート・デ・ニーロの怪演には心の中で拍手喝采...だったのですが、とはいえとてもそんな感想を能天気に口にするわけにはいかない、明るい初夏の午後だったのでした。



原作を読むと、そして何度も観るとよくわかる

て、この映画鑑賞の顛末には後日譚があって、一緒に映画を観にいった中のひとりが、ウィリアム・ヒョ-ツバーグの原作、「堕ちる天使」("悪魔のバイブル"です、いうまでもなく)をわざわざ買って読みはじめたのです。そして一読後、本を読んだらよくわかった!と喜び、あの映画、やっぱり面白かったかも、などと言い出したのですね。そこまで夢中になってくれて薦めた甲斐があったよ!と喜び、そして実は、自分だってよくわかっていなかった私もその小説を借りて読んだのですが、確かに本を読むと、当たり前といえば当たり前ですが、ディテールの描写が懇切丁寧で、内容を遙かによく理解することができたのです(映画のストーリーとプロットはかなり原作に忠実です)。とはいえ映画が舌足らずだったのかといえば、実はそんなことはなく、注意深く観ると、原作の助けを借りるまでもなく、映画は映画としてきっちり完結しているのであり、ただ当時、一回観ただけの私たちには、それがわからなかっただけの話―。

「エンゼル・ハート」のイラスト(ニューオーリンズの路面電車に乗るミッキー・ローク)「エンゼル・ハート」のわかりにくさの要因は、そもそもこちらの理解力の問題でもあれば、また集中力が欠けていたせいでもあるのですが(残酷な場面やエロチックな場面が出てくるたび、いちいち同行者の反応が気になって仕方なかった)、しかしこの映画のプロット自体、問題なしとはいえないところがあったりもします。それは、たとえば場面展開があまりにせわしないことや、また錯綜する人間関係と人物名が、(フラッシュバックなどの映像の補足抜きに)セリフだけで語られる場面が多すぎることです。最初のうちはともかく、話が進むうちに誰が誰?と覚えていられなくなり、ついにはドラマに置いてきぼりにされてしまうのですね。またストーリーの合間に何度も挿入される、クライマックスとも重要な関わりをもつ不気味なイメージの数々が、まるでサブリミナル映像のようにほんの一瞬しか映らない、という編集も、いかがなものか。はっきりいって、もう少しよく見せてもらわないと、その映像の意味するところが(というか何が映っているのかすら)ほとんど理解できなかったりするのです。

そんなわけで、私にとって「エンゼル・ハート」は文句なしの大傑作、とはどうしても言い切れないところのある映画なのですが、しかし逆に、何度も観返して(含一時停止)、細部に目が行くようになると、徐々に意味不明に思えた映像の真意が明らかになってきて、そうすると今度はこの作品、実はかなり完璧なんじゃないか、というようにも思えてきたりするから不思議なのですね。

いずれにしても、ニューオーリンズという、アニミズムの色濃い風土を持つ街を舞台に選び(原作ではほとんどニューヨークが舞台)、猟奇的な事件をハード・ボイルドの文法で描いたこの映画に漂う独特の空気には、ミッキー・ローク絶頂期の魅力とデ・ニーロの傑出した存在感ともあいまって、どうにも偏愛せずにはおかれない、何かがあるのです。



「エンゼル・ハート」のあらすじ(ネタばれ)

1955年ニューヨーク。ドラマの主人公は、ブルックリンのしがない私立探偵、ハリー・エンゼル(ミッキー・ローク)。ある日、彼は有名法律事務所の弁護士から依頼人を紹介したいとの連絡を受けます。面会場所に指定されたハーレムのゴスペル教会に出向いた彼を待っていたのは、長い黒髪をひっつめにし、先の尖った爪を長々と伸ばした、ルイス・サイファー(ロバート・デ・ニーロ)と名乗る外国人らしき人物。

ハリーはサイファーから、かつてある契約を取り交わし、その契約を全うしていない人物の生死を確認してほしい、という依頼を受けます。その人物とは、戦前の人気歌手だったジョニー・フェイバリットという男。サイファーの語るところによれば、ジョニーは戦時中に慰問に訪れた北アフリカの戦線で大怪我を負い、記憶を失って帰国すると、十二年の長きにわたってある精神病院に入院していたとのこと。ところが最近になって、ジョニーが本当に生存しているかどうかが疑わしくなってきたため、直接病院を訪ね、その生死を確認してきてほしいというのです。

ハリーは依頼を受諾すると、早速、ジョニーが入院しているはずの病院へと赴きます。彼は医療協会の関係者を騙ってジョニーのカルテを覗き込みますが、しかしそこに見つけたのは、ジョニーが十二年前に別の病院へ転院したとの記録。転院記録の文字が、戦時中にはまだ発明されていなかったはずのボール・ペンで書かれたものであることに不審を抱いたハリーは、かつてジョニーの担当医だったファウラーという老医師の屋敷を訪れると、彼を問い詰め、ジョニーが戦時中に受けた大怪我のために整形手術をして顔面に包帯を巻いていたということ、そして入院からほどなく、ケリーと名乗る南部訛りの男と若い女がやってきてファウラーを買収した上、回復期にあったジョニーをクルマに乗せてどこかへ連れ去ったということを訊き出します。ハリーは尋問をいったん中断し、ファウラーを施錠した部屋に閉じ込め、町へと食事に出かけますが―しかし食事を終えた彼が改めて屋敷に戻ると、老医師はベッドの上で眼窩を撃ち抜かれ、事切れていました。

自殺なのかそれとも殺人なのか―。死人が出たことに怯んだハリーは、サイファーに面会すると、事件から降りたいと申し出ます。しかし「ナメクジは通り道に必ず跡を残す」と云うサイファーから破格の依頼料を提示され、結局、調査を続ける決心をします。

ハリーは、新聞社に勤める女友だちを通じ、ジョニー・フェイバリットの資料を入手すると、ジョニーがスパイダー楽団というバンドで歌っていたこと、トゥーツというギター弾きと仲がよかったこと、またマーガレットという婚約者のいたことを突き止めます。

彼はハーレムの老人ホームに住むスパイダーを訪ね、トゥーツが故郷のニューオーリンズに戻っていること、またジョニーには、ハーレムで怪しげな薬草店を営んでいたイバンジェリンという黒人の秘密の愛人がいたこと、さらにマダム・ゾーラと呼ばれる手相見の女性とも親しくしていたということを訊き出します。

マダム・ゾーラの店があったというコニー・アイランドを訪れたハリーは、彼女の友だちだったという女性に会い、ゾーラがずいぶんと昔に店を畳んで故郷のルイジアナへ帰ってしまったこと、そしてゾーラこそがジョニーの婚約者、マーガレットその人であったことを聞かされます(このあたりの展開、実にハード・ボイルドっぽくてよいのですが、次第に誰が誰だかを覚えていられなくなってきます)。

ニューオーリンズに出向いたハリーは、手がかりを求め、ジャズの響きが賑々しいフレンチ・クォーターを調べて回ります。やがて彼は、あるバーの壁にトゥーツがバンド・リーダーを務める楽団のポスターを発見し、またカフェの窓に貼られたマーガレットらしき女性による占星術の宣伝チラシを見つけます。

「エンゼル・ハート」のイラスト(シャーロット・ランプリング)ハリーは占星術の客を装い、マーガレット(シャーロット・ランプリング)を訪問します。ピアノの前に腰掛けたハリーが無意識に一本指で奏でるメロディは、この映画のテーマ曲ともなっている陰鬱でけだるい曲。生年月日を尋ねられ、ハリーはジョニーのそれを告げます。かつて同じ生年月日の知り合いがいたというマーガレットに、ハリーは頃合を見計らって身分を明かすと、ジョニーを探していることを伝えます。しかしジョニーとは戦時中以来会っていないと言い張るマーガレットから、その行方を訊き出すことはできません。

追い出されるようにマーガレットの部屋を後にしたハリーは、街の薬草店を訪れると、イバンジェリン(この時点ではもう、誰?という感じ)が既に病死しているという情報を入手します。生前イバンジェリンが住んでいたという沼沢地帯を訪れ、彼女の墓に佇んでいたハリーの前に、乳児を連れた若い黒人女性が姿を現します。それはイバンジェリンの一人娘、エピファニー(リサ・ボネット)でした。しかし母の友だちのことは何も知らないというエピファニーから、ハリーはやはり、何の情報も得ることができません。

その夜、トゥーツのライブに足を運んだハリーは、彼を捉まえジョニーの行方を問いただします。しかしトゥーツもまた、ほかの者たちと同様、何も知らないと言い張るばかり。そしてそこに突然現れた巨体の黒人。ハリーは余計な詮索をするなとの警告を受け、手荒に店の外へと放り出されてしまいます。

ハリーは閉店を待ち、帰り支度をして外に出てきたトゥーツをクルマで尾行します。深夜、トゥーツが向かった先は、篝火の赤々と焚かれた沼沢地の一角にある広場。そして物陰に隠れたハリーの目の前で始まったのは、激しく打ち鳴らされる打楽器に、神がかった人々が踊り狂う異教の儀式。太鼓をたたくトゥーツ、そして輪の中心にいるのはトランス状態のエピファニー。片手に鶏を、そしてもう片方の手に剃刀を握った彼女は、太鼓のリズムに合わせて鶏の首を高々と持ち上げると、剃刀でその喉を切り裂き、真っ赤な獣血を一身に浴びて恍惚に身をくねらせます。異様な光景に戦慄を覚えるハリー―。

ハリーはトゥーツを待ち伏せし、彼の家へと押し入ると、殴り倒し、エピファニーがブードゥーの巫女であること、そして母親のイバンジェリンもやはり巫女だったということを訊き出します。しかし、あくまでジョニーの行方は知らないと言い張るトゥーツ。ハリーは、連絡先を書いた紙を彼の口に押し込むと、トゥーツのもとを立ち去ります。

そして翌朝。雨漏りのひどいモーテルの一室で寝ていたハリーを、二人組みの刑事たちが訪問します。ハリーは彼らから、昨晩トゥーツが自らの性器を切り取られ、喉の奥に押し込まれて窒息死していたという、おぞましいニュースを聞かされます。

ハリーは不安に駆られ、マーガレットに電話をかけますが、応答がありません。マーガレットのアパートへと急ぐハリー。しかし時既に遅く、彼がそこに見たものは、胸を抉られて床に転がるマーガレットの惨殺死体と、テーブルの上に置かれた血の滴る彼女の心臓―。

その日の午後、再度沼沢地帯へと足を向けたハリーは、その途上、犬を連れた二人組みの白人に襲われます。それは、マーガレットの父親の大富豪、イーサン・クルーズマークからの町を立ち去れとの警告でした。しかしハリーは怯むことなく、その足でエピファニーを訪れると、彼女の父親が実はジョニーだったということを訊き出します。しかし、その行方は依然、藪の中。

モーテルへと戻ったハリーを待ち受けていたのは、サイファーからの伝言。ニューオーリンズに現われたサイファーと教会で待ち合わせたハリーは、ジョニーがどうやら生きていること、そして昔の知人を殺し回り、しかもその容疑がすべてハリーに降りかかるよう立ち回っているらしいことを告げます。ジョニーを探し回る本当の理由を教えてほしいと詰め寄るハリーに、サイファーが言います。「ジョニーは私に借りがある。その片を付けたいだけだ。つまり目には目を、だ」

天の底をひっくり返したような豪雨の中、ハリーがモーテルに戻ると、そこには彼を待つエピファニーの姿がありました。雨漏りのひどい薄暗い部屋で、酒を飲み、レコードを掛け、ダンスをする二人。エピファニーは、彼女の赤ん坊が儀式の最中に神と交わってできた子どもであり、そしてそれが最高のエクスタシーだったと言いながら、その腕をハリーへと伸ばします。ハリーはそんなエピファニーとベッドをともにしますが、しかし行為の最中、彼はひどい幻覚に襲われます。まずます激しくなる雨漏りがいつしか血の雨となり、血の海の中で血しぶきを跳ね飛ばしながら絡み合う自分とエピファニーの姿。そしてどこかで狂ったように交わりあう、複数の男女の幻覚―。いつしかエピファニーの首を絞めていたハリーは、絶叫する彼女の悲鳴に気づき、すんでのところで我に返ります。

ハリーとエピファニーが眠るモーテルへ、また刑事たちがやってきます。彼らの口から、マーガレットの惨殺死体が発見されたことを聞いた彼はシラを切り通し、刑事たちを追い返します。部屋の中ではエピファニーがバスタブに浸かり、鼻歌を口ずさんでいます。そのメロディを耳にし、愕然とするハリー。それは、マーガレットのアパートで、ハリーが無意識に弾いたのと同じメロディでした。それが何の歌かを問いただすハリーに、エピファニーは、母が好きだったジョニーの歌だと答えます。ジョニーを知らないはずの自分がなぜジョニーの歌を知っていたのか―。ハリーは呆然と鏡をみつめます。

ハリーはマーガレットの父、イーサンを探して町の収穫祭へと足を運びます。イーサンを見つけ、「ケリーと名乗ってジョニーを病院から連れ出したのはおまえとお前の娘だ」と詰め寄るハリー。イーサンはハリーを小屋の中へと誘い、冷静に話をしようと試みますが、ハリーの焦燥と凶暴な怒りは収まりません。ハリーは刃物を振りかざし、イーサンの首に突きつけます。そして脅しに屈したイーサンが、とうとう語りはじめた、その(トン)デモーニッシュな真相とは―。

いわく、イーサンとジョニーは悪魔崇拝者だった。父親である彼の影響で、マーガレットもまた悪魔を信じるようになり、またマーガレットにジョニーを紹介したのも自分だった。あるとき呪術者として類まれな能力を持っていたジョニーが、悪魔をこの世に呼びだすことに成功した。ジョニーは悪魔と歌手としての成功と引き換えに自らの魂を差し出す契約を結び、かくてジョニーは人気者となった。しかし悪魔に魂を差し出すのが惜しくなったジョニーは、悪魔を裏切り姿をくらます魔術を古文書の中に発見した。その方法とは、自分と同い年の人間の心臓を喰らい、その魂を乗っ取るというものだった。そして1943年のニュー・イヤーズ・イヴ、彼らはタイムズスクエアで出会った帰還兵をホテルの一室で殺害し、ジョニーがその心臓を食べた。しかしジョニーは殺した男に成り代わる間もなく応召され、戦地で顔に大怪我を負って記憶喪失になってしまった。イーサンとマーガレットは回復し始めていたジョニーを病院から連れ出し、帰還兵の最後の記憶が残っているはずのタイムズスクエアに置き去りにした―。

最後まで聞いていられなくなったハリーはその場を逃げ出し、洗面所の便器に顔を突っ伏すと叫び声をあげます。「その帰還兵は誰なんだ!?その帰還兵の名前は!?」。イーサンが言います。「それはジョニーしか知らない。彼はその帰還兵の認識票を花瓶に密閉してマーガレットに預けた」

「オレは自分が誰だかわかってる。オレは自分が誰だかわかってる...」そう叫びながら鏡に映る自分をみつめ、泣き崩れるハリー。そして一瞬後、我に返った彼が見たものは、ぐつぐつと煮え立った巨大なガンボ・スープの鍋に上半身を突っ込んだイーサンの死体...

半狂乱になって収穫祭を飛び出したハリーは、みたびマーガレットの部屋へと向かいます。警察によって張られた立入禁止のテープを引き剥がし、部屋に乗り込んだハリーは机の上に古ぼけた花瓶を見つけ、洗面台に叩きつけます。割れた花瓶から、認識票が転がり出てきます。そしてもちろん、そこに記された名前はハリー・エンゼル...

顔を歪めたハリーがふらふらと居間に戻ると、そこにはソファに悠然と座るサイファーの姿がありました。「ルイス・サイファー...ルシファー...名前までばかばかしい」。そうつぶやくハリーに、サイファーは笑って答えます。「メフィストフェレスでは、発音しにくいだろう?」

「すべてお前の仕業だ!」とどなるハリーに、長く伸ばした爪の先で彼の認識票をつまみあげ、「違う、お前がやったのだ」と告げるサイファー。ハリーの頭をよぎる惨たらしい記憶―ファウラーに銃弾を撃ち込み、マーガレットの心臓を抉り取り、トゥーツを切り刻み、イーサンの頭を鍋に突っ込み、冷酷に笑う男、それは自らの正体を暴く可能性のある人間を次々と殺していく、自分自身の姿でした。絶望に顔をゆがめ、ハリーは泣き叫びます。形相を一片させ、目を金色に光らせたサイファーが、ハリーを指差しながら宣告します。「小賢しさがいかに虚しいものかがよくわかったろう。お前の魂は私のものだ」

「オレは自分が誰だかわかってる。オレは自分が誰だかわかってる」呆けたようにそう繰り返すハリー...ふと我に返った彼が頭をめぐらしたとき、サイファーの姿は部屋から消えうせています。

そしてモーテルに戻ったハリーを待ち構えていたのは刑事たち。ベッドの上には下半身に銃弾を撃ち込まれ、腹を真っ赤に染めたエピファニーの死体。彼女の首には、マーガレットの部屋にあったはずのハリーの認識票が絡みついています。「この女は誰だ?」と聞かれ、ハリーは力なく答えます。「オレの娘だ」

刑事の抱きかかえた赤ん坊が、目を金色に光らせながらハリーを指差します。サイファーから逃れられないことを悟るハリー。彼は力なくつぶやきます。「地獄で会おう...」



(トン)デモーニッシュ・ハード・ボイルド、「エンゼル・ハート」

まあ、こうして改めて振り返ってみると、やはり2時間弱にまとめるにはストーリーが煩雑すぎる...と思わずにいられなかったりするのですが、しかしそれよりなにより問題なのは、やはりその結末。ハード・ボイルドのフォーマットに則って始められた物語のトーンが、いつの間にかオカルト味を強くしていき、そしてクライマックスに至って、ついにまじりっけなしの荒唐無稽なオカルトへと変貌してしまうのです。悪魔との契約、魔術を使った身代わり、金色に光るデ・ニーロと赤ん坊の目。いや~、一緒に観にいった友だちたちに、何あれ!?と詰め寄られて何にも言い返せなかったのも、まったくもってむべなるかななのであります。

アメリカのある推理小説に、ガチガチの本格モノと思いきや、その実オチがオカルトだったという有名な作品があります。もともと怪奇色の強い作風で、それゆえ不可能性の高い謎が論理的に解決される点に強いカタルシスを感じさせる作風で知られる作家の手になるものですが、この、オカルト的で思わせぶりな謎が実はオカルトそのものだったという作品、彼の作風自体がミス・ディレクションともなって、読んだときはかなり強烈なインパクトを受けてしまったものです。

で、何が言いたいかというと、「エンゼル・ハート」(とその原作、「堕ちる天使」)はまさに、このハード・ボイルド版だということ。そしてハード・ボイルドで描かれる世界が現実味の強いものであるというお約束的思い込みのせいで、このオカルト的結末の落差にかなりの高度感があるということです。"この物語、実はオカルトですよ"という暗示、というか伏線は、実は映画の冒頭から巧妙に提示されているのですが、しかしその暗示の濃度が薄すぎるというか、不親切というか、ぱっと見では単に雰囲気を盛り上げるための"おぞましさ"とか"おどろおどろしさ"の演出にしか感じられないものだったりして、つまりそれ自体、ひとつのミス・ディレクションであるという言い方もできるのですが、しかし前述のとおり、はじめて観たときはそのあたりの感度がさっぱり働かず、まじめな推理モノと思って観ていたせいで、(事件が論理的に解決されるという)期待を裏切られたというか、いくらなんでもこのオチはアンフェア過ぎるんじゃないかという(今思えば筋違いの)感想を持ってしまったのです。しかしこの映画、推理モノという狭い視点を捨てて、なんでもありの広い目と心を持って観返すと、その評価は一変します。何度も細部に目を凝らして観ると、そのオカルト的仕掛けの凝りようがいかに精緻なものだったのかに気づき、深く感服させられてしまうのですね。



「エンゼル・ハート」の必要以上に巧妙な暗示の数々

の映画、ハーレムにある黒人教会での独特の説教や、ニューオリンズのブードゥー、はたまたバプティストの浸礼といった、部外者には異様に見えて仕方がない数々の宗教的場面がところどころに描かれています。むろんそれらは雰囲気作りのためのものでもあるのでしょうが、一方、この映画の本命である悪魔崇拝の存在を目立たなくする目くらましの役割を果たしていたりもします。まるで木を森に隠すように、異教徒の目からは奇妙で異様なものとしか思えない、さまざまな信仰の光景の合間にぽつりぽつりと埋めこまれた、悪魔崇拝を暗示するあれやこれや―。ほんの一瞬しか映らないこれらの映像に目を留め、その意味に気づいたとき、「エンゼル・ハート」に感じるカタルシスは倍化します。

まずは冒頭、サイファーの指に嵌められた指輪に刻まれた不思議な意匠。ほんの一瞬、ちらりと画面に映るだけのこのデザインが、逆さペンタクルと呼ばれ、悪魔のシンボルとされているものだということを知ったのは、ずいぶんあとになってからのこと。そしてこの逆さペンタクルの意匠は、実はマーガレットが身につけたブローチにも刻まれ、またトーッツの前歯に嵌められた金歯にも象られていて、彼らが悪魔崇拝者であることは、こんなところにちらりとさりげなく示されています。

「エンゼル・ハート」のイラスト(ロバート・デ・ニーロ)そしてファウラーが死んだことを、ハリーがサイファーにレストランで報告する場面。気味の悪いやり方で殻を剥いたゆで卵に、「ある宗教では卵は魂のシンボルなのだよ」といってかじりつくサイファー。これなんかはまあ、わかりやすいというか、単なる不気味な雰囲気作りかと思いきや、実はそのまんまだったという描写です。さらにはゴスペル教会を再訪したハリーが、サイファーと面会した部屋の壁の奥に見つけた不気味な祭壇。そこには猿の頭や人の眼球、紫色のロウソクが並べられ、そして逆さにした十字架が飾られているのですが―逆さの十字架が逆さペンタクルと同じく悪魔崇拝のシンボルであることを知ったのも、やはりずっとあとになってからのことです。

またほかにも、トゥーツとハリーの取っ組み合いの最中に壁から落ちて割れる天使の像、ハリーの幻覚に現れる、複数の男女が狂ったように交わりあうサバト(悪魔集会)の映像、そしてそもそもの原作タイトル、"Falling Angel(堕ちる天使)"からして、その意味するところは堕天使=悪魔=ルシファー(=サイファー)...

オカルト的結末を暗示するこれら数々の伏線、もしかすると、私が知らないだけで、ほかにもいろいろあるのかもしれません。しかしいずれにしろ、これらの手がかりがスクリーン上に映し出されるのはすべてほんの一瞬。そしてその意味の説明や種明かしが行われることも一切ありません。この手のことに関心の深い人のみならず、キリスト教に馴染み深い西欧人なら、どれもこれもみな、一目でその意味するところが理解できるものだったりするのでしょうか...

これら悪魔の存在を暗示するあれこれとともに、映画のところどころには、不気味な印象を残す短い映像が差し挟まれています。冒頭、サイファーと面会するために訪れた黒人教会のあるビルの一室で、ハリーは夫が自殺したという女性の後姿を目にします。血潮の飛び散った壁を、たわしで擦り続ける黒衣を纏った女性。そしてその光景がきっかけとなったかのように、鏡を覗き込むたび、彼の頭には心臓の鼓動音が聞こえ始め、不気味な幻覚が浮かぶようになります。奈落の底へと降りていくエレベータ、ゆっくりと回る換気扇、雑踏の中に佇む帰還兵、洗面器を手に螺旋階段をのぼる黒衣の女、ひとつとだけ明かりの灯されたホテルの窓、血まみれになったどこかの一室、壁の血潮を拭う黒衣の女、螺旋階段を下りていく三人の男女。そしてエンディング、モーテルの廊下に置いた椅子に腰掛け、通り過ぎるハリーの後姿をみつめている黒衣の人物...

これらの映像についてもやはり、それがいったい何を意味するものなのかという説明は一切なく、その解釈はあくまでも観るものに委ねられています。そのうちのいくつかは、映画を観ればすぐに意味のわかるものである一方で、中には相当注意深く観ないことには(=一時停止)、何が映っているのかさえ(上に書いたようなことさえ書けないくらい)よくわからないものもあったりもします。しかし何度も繰り返し観て、これらの断片的な映像の意味に気づき、そのすべて繋がってみえるようになったとき、「エンゼル・ハート」は単に雰囲気の素晴らしさだけではない、伏線の見事に散りばめられた、実に完成度の高い作品だったように思えてくるのです。



ミッキー・ロークのこと

チの荒唐無稽さをうやむやにしてしまいそうなくらい、主人公の張り裂けそうな心の痛みがひしひしと伝わってくるクライマックスの絶叫...ロバート・デ・ニーロの向こうを張った素晴らしい演技と、ぐずぐずと崩れそうで崩れないぎりぎりのかっこよさ。この作品がミッキー・ロークの旬であり、キャリアの絶頂だったとことは間違いないんじゃないかと思います。その後の出演作品をすべて観ているわけではありませんが、どうにもいまひとつというか、私にとっての「エンゼル・ハート」以降のベストといえば、サントリー・リザーブのCMだったりします。

勇利アルバチャコフの世界戦の前座として東京ドームでボクシングの試合をして以降、ミッキー・ロークの姿を見かけることがすっかりなくなってしまったのですが、しかしそんな彼の活躍を久しぶりに目にしたのが、2005年公開の「シン・シティ」。特殊メイクを施した顔は、はっきりいってどのあたりがミッキー・ロークなのかすらさっぱりわからないものでしたが(そしてその実際の顔のあまりの変貌ぶりには大驚愕)、しかしメジャーな映画に出演しているその姿には、なんとも感慨深いものがありました。そしていよいよ6月公開の「レスラー」。ミッキー・ロークがゴールデングローブ賞主演男優賞を獲得した映画です。いや~、久々に、心から楽しみな一本。最近は映画館で映画を観ることがめっきり少なくなってしまいましたが(今年になって観たのは「チェ 28歳の革命」のみ。しかも「チェ 39歳の死」は観ていないという中途半端ぶり)、何があっても「レスラー」だけ必ず映画館に足を運ぼうと心に誓う今日この頃です(追記: そして足を運びました、しかも2回も。感想はこちら)。



エンゼル・ハート(原題: Angel Heart
製作国 : 米国
公開: 1987年
監督: アラン・パーカー
製作総指揮: マリオ・カサール/アンドリュー・バイナ
製作: アラン・マーシャル/エリオット・キャストナー
脚本: アラン・パーカー
原作: ウィリアム・ヒョーツバーグ(「堕ちる天使」
出演: ミッキー・ローク/ロバート・デニーロ/シャーロット・ランプリング
音楽: トレヴァー・ジョーンズ
撮影: マイケル・セラシン
美術: ブライアン・モリス
編集: ジェリー・ハンブリング


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コメント

[C191]

たぶん、この映画が先駆者じゃないかなぁ。
え~、実は自分!見たいな落ちのパターン。違うかなぁ。以前にもあったんでしょうかねぇ。
ひょっとして自分?でも…、見たいなパターンも、ヒッチの作品にはありますが、とにかくこの作品を初めて観た時は、その落ちに驚いたものです。
それにしてもイラストは上手過ぎ!一体何をどうやったらこの様なイラストが描けるのか、私にはその方がミステリーですよ。

  • 2009-05-08 00:04
  • ロッカリア
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[C192] >ロッカリアさん

考えてみれば、確かにそうかもしれません。
いろいろ思い出そうとしてみましたが、どれもみんなこの映画のあとに作られた作品ばかり...
これ、もしかするとエポックメーキングな映画だったのかもしれませんね。

ちなみに私がこの映画観に行ったときは、映画の途中、隣に座っていた友だちが、「わかった、本人だよこれ!」と親切に耳打ちしてくれました(笑)。

イラスト、、、ありがとうございます。慣れてきたせいか、はじめの頃に比べたら、かなり進歩したな~と自分でも思っています(自画自賛。笑)。

[C193]

この映画は完全なものはまだみてないんですよ。
こちらのテレビ番組でミッキーロークのことを取り上げる時
必ずこの映画のシーンが流れます。

『シンシティー』は私もブログに書きました。

この映画のことよりマディさんの高校生活が目に見えるようでおもしろかったわ、すんまへん!

ランキングバナーはすぐに押せる所に貼っていただければいいのにーって・・・探すのめんどくさがりが言ってま~す。
  • 2009-05-08 03:41
  • ヘルブラウ
  • URL
  • 編集

[C194] >ヘルブラウさん

はは、お恥ずかしい...この記事書くまですっかり忘れてたエピソードなんですが、、、でもまあ今となってはよい思い出...ということにしておきます(笑)。

ミッキー・ロークのキャリアを語るとき、この映画は外せないんでしょうね、、、でも記事にも書きましたが、血量過多の映画なので、もし今後観る機会があるようでしたらご覚悟のほど。でもSIN CITYがOKでしたらぜんぜん問題ないかも。記事、拝見しましたよ~。確かにインパクトのある顔のオン・パレードでしたね(笑)。

バナー、クリックしてくださってるんですか?ありがとうございます!今の場所、確かに目立たないかもしれませんね...せっかくだから少しでも押してもらえるように、、、ちょっと考えてみま
~す!

[C1058] I know who I am!

しばらく更新がなかったので,ご体調を崩されたのかと陰ながら心配しておりました.安心しました.

なので,またコメントさせてください.この映画は私にとって最高傑作だと思っております.
映画全体に漂う雰囲気,トレヴァー・ジョーンズの音楽,細かいカット割り,ミッキー・ロークの妖しく不潔な魅力,デ・ニーロの爪,シャーロット・ランプリングのうなじ,リサ・ボネット(レニー・クラヴィッツの元奥さんでしたよね)の洗髪シーンの美しさ,そして何と言ってもゆで卵の割り方(皆さん一度は真似しましたよね?)と食べかた(それを見たミッキー・ロークの顔の一瞬のカットが秀逸),ファウラー医師を待つ間のレストランで鍵をいじりながら待つハリーの一見無意味なほどのロングカットシーン,キャメルのタバコとマッチの付け方,換気扇,下にしか降りないエレベーター….挙げれば切りがないくらい,痺れる映像と音楽でした.いやぁ,映画って本当にいいもんですねwww.
名古屋の古書店でこの映画のパンフレットを,当時大学生の私としては結構な値段で買いましたが,確かそのなかのエピソードによると,元々ハリーはデ・ニーロ,サイファーは何とマーロン・ブランドの案があったそうです.この映画の内容から,エピファニーの父親だったことや時代設定からすると,ハリーはもう少し年をとっている方が本当はしっくりくるんですよね.でもまぁ,そうなるまた違った映画になったでしょう.やはりミッキー・ロークありきでしたね.
なお,伏線の一つで誰も触れていないようなのですが,かつてのジョニーのヒット曲(自らピアノで引いていたり,エピファニーがお風呂で口ずさんでいたり,その他映画の各場面でピアノでのみ繰り返し出てくる曲)を,調査の手始めにハリーが病院に向かう車の中で,BGMと合わせてその旋律を口笛で自ら吹いているんですよね.この映画で,途中でオチが分かった,などといばる人がいますが,そんなことはこの映画には全く関係ないと思います.「シックス・センス」や「アザーズ」とは格が違います.
なお,現実にもハリーの夢にも現れる決して顔を見せない黒装束の人間(性別不明),唐突にラストでモーテルに入るハリーを見上げる時にはっきり顔を表す男,あれがジョニーだというのをネットで見たことがありますが,管理人さんのご意見は如何でしょう?この世の人間ではない??
  • 2013-07-03 22:17
  • きるごあ
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[C1060] >きるごあさん

せっかくコメントいただいたのに、またご返事が遅くなりすみません。。。

「エンゼル・ハート」は観かえすたびに細部に新しい発見があって、ホント、よく作りこまれた映画だと思います。当時パンフレット買った覚えがあるのですが、ハリーがデ・ニーロ、、、は記憶にないですね~。ミッキー・ロークの年齢、、、まったく気にしたことありませんでしたが、確かにおっしゃるとおりかもしれません。。。

それから病院に向かうクルマの中でハリーが口笛を吹いているのも、そこにテーマ曲のBGMが流れるのも覚えているのですが、、、口笛がBGMの旋律をなぞっていたというのは、まったく意識していませんでした。。。

現実にもハリーの夢にも現れる決して顔を見せない黒装束の人間、、、
記事にも書きましたが、夫が自殺したという黒衣の女性が、血潮の飛び散った壁をたわしで擦り続ける黒人教会の光景は、かつてハリー(本当はジョニー)とマーガレットたちが、ハリーだった男を殺したときの光景に重なるもので(彼らがハリーを殺した後、洗面器とたわしを持った黒衣の女性が入れ違いに部屋へ入り、後始末をしていたことがのちのちフラッシュバックで明らかになる)、この光景を目にしたことがひとつのスイッチとなって、ハリーは気味の悪い白日夢と悪夢を見はじめる(=ジョニーの記憶が甦りはじめる)ようになります。ハリーの前に現れる(夢に見る)黒衣の人物の姿恰好は、かつて惨劇の後始末をした黒衣の女性のそれと同じであり、つまり黒衣の人物は現実の存在ではなく、ハリーが文字通りにおそるおそるその肩に手をかけようとしながらままならない、封印された忌まわしい過去そのものの象徴ではないか、と思います。

ラストで、ハリーはモーテルの廊下にうずくまる黒衣の人物の横をすり抜けますが、あれほどその顔を覗きたがっていたにもかかわらず、既に記憶の封印が解けた(自分が誰だか知った)ハリーは、いまやその正体に関心がないどころか、そもそもその存在がまったく目に入っていないようです。そしてここ至ってようやく、黒衣の人物が(観客だけに)顔を見せるわけですが、これが誰かといえば、ハリーがジョニーに戻ったことによってジョニーから解放されたハリーの魂の可視化=ジョニーに殺されたハリーなのではないかと思います(その顔は、黒衣の人物同様に白日夢に何度か現れる、タイムズスクエアで今にも振りむこうとする後姿の帰還兵(=本当のハリー)のちらりとのぞく横顔に似ているように思えます)。。。
  • 2013-07-11 06:47
  • Mardigras
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[C1120] 新たな発見?

ご無沙汰しております.
この映画のブルーレイ版を買いました.その中で監督アラン・パーカーのコメントがあったのですが..
なんと,ラストで唐突に顔を見せる黒装束の男は,「女装したデ・ニーロ」なんですって...一時停止して見たら,紛れも無くデ・ニーロだ..って,分かるか,そんなもん!!
なおラストシーンをオリジナルと吹き替え版2種類あったので,計3回見て改めて気付いたことがあります.このシーン,ミッキー・ロークとデ・ニーロは共演していない,つまり同時に写っている場面ががワンカットもない.共演は冒頭とレストランと教会のシーンだけのようです.なぜクライマックスにそうしたのか??夢うつつの演出なのでしょうか.考えてみれば贅沢ですね,それともスケジュールが合わなかっただけだったりして...

「ヒート」もそうでしたね,アル・パチーノとデ・ニーロ,これ共演じゃないじゃん!と見てる時から突っ込んでました.
  • 2014-11-18 01:03
  • きるごあ
  • URL
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[C1121] >きるごあさん

こんばんわ。

BDにはアランパーカーのコメントが収録されているんですね。それはぜひ見たいです...って、ええっ!?ラストの男、デ・ニーロなんですか!!?

私。この映画、全編にわたって一時停止とスローを多用して観てて、ラストの男の貌も、一時停止でしっかり確認してるんですが、まったく気づきませんでした!!私、あの男は生前のジョニーだと思ってたんですが、「女装した」デ・ニーロって、う~ん、どういうことなんでしょう??

クライマックスで、デ・ニーロとミッキーロークが同時に映ってない、ってのもまったく気づきませんでした...う~ん、また久しぶりに「エンゼル・ハート」観たくなってきました。どうせならBDで、ついでに監督のコメントも聞きたい...モティベーティブにもほどがあるコメント、ありがとうございます。笑。

「ヒート」はおっしゃるとおりでしたね。公開時に観て以来、観返したことがなくて、そろそろまた見て観たい映画のひとつです。
  • 2014-11-18 23:26
  • mardigras
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「氷壁」(1958)を観ました。穂高のロケ撮影が素晴らしい!

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