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第三の男

リメイク不能なサスペンス
イラスト_第三の男01
製作: イギリス(1949年)監督: キャロル・リード
出演: ジョゼフ・コットン、オーソン・ウェルズ、アリダ・ヴァリ、トレヴァー・ハワード


トーリー、セリフ、キャスト、カメラ、照明、美術、音楽...卓越した要素の相乗効果で生まれた奇跡のスリラー。もっとも好きな映画を1本、と言われれば「第三の男」。これはもう、どこをとっても完璧な映画じゃないでしょうか。オープニングからエンディングまで、きらいなシーンがひとつもない、というか、どこをとっても好きなシーンしかありません。

初めてみたのは高校生のとき、場所は確か、今はなきテアトル吉祥寺で、セルジオ・レオーネ監督の「ワンス・アポン・ア・タイム・イン・アメリカ」と二本立てのリバイバル上映。そもそもお目当ては「ワンス−」の方で、しかも3時間半を超える「ワンス−」のあとでかなり疲れきっていたはずでなのすが...ハリー・ライムのテーマにあわせてツィターの弦が震える斬新なタイトルバックから、たちまちスクリーンに惹き込まれていったことを覚えています。

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イラスト_第三の男03画の舞台は、第二次世界大戦終結直後、米英仏ソ四カ国による分割占領下のオーストリア、ウィーン。大戦で荒廃した実際の街でロケ撮影された、二度と再現不可能ともいえるリアルな映像は緊迫感に満ち溢れ、驚嘆すべきカメラワークと照明によって映し出される殺伐とした廃墟のたたずまいや不気味な人影が忘れられない印象を残します。光と影の生み出す強烈なコントラスト、ときどき挿入される平衡感覚を狂わすような斜めのカット...観るものの不安感を煽るようなサスペンスに満ち溢れた映像は、同時に、額に入れて飾りたくなるような美しさをたたえています。映画はカラーがとうぜん、と思っていた高校生の自分に、モノクローム映像の、そしてクラシック・フィルムのすばらしさを教えてくれた一本でもあります。

スパイ小説の大家、グレアム・グリーンが手がけたプロットは、ミステリーの常道にのっとり、ケレン味のある魅力的なナゾを冒頭から提示します。冷静に考えると、はてなと思う箇所がないでもないストーリーなのですが、映画向きのテンポのよいメリハリの利いた展開で突っ込む暇を与えず、クライマックスまでの1時間44分をぐいぐいと引っ張っていきます。

このストーリーにあわせ、まるでこちらの感情を掻き立てるかのような奏でられるのが、アントン・カラスの爪弾くツィター。時に軽快で時に甘く、また時に感傷的で時に物悲しい曲調、そしてスリリングな場面で掻き鳴らされる、ショッキングで激しい弦の響き...弦楽器1本で映画全編をもたせるというリード監督のアイデアを受け、カラスはフィルムを観ながら、なんと場面場面にあわせた即興演奏を行っていったそうです。よい映画にはたいていよい音楽がつきものですが、「第三の男」ほど、映像と音楽が分かちがたく結びついているように感じられる映画にはめったにお目にかかれません。カラスの即興演奏のエピソードは、まさにそんな映画ならではの逸話だと思います。

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場人物、そしてキャストについて。まずはなんといってもオーソン・ウェルズ演じるハリー・ライムから。

ウェルズが演じる、というより、ウェルズが創りだしたこのハリー・ライムという希代の怪人の人物造形は本当に見事です。いたずらっ子がそのまま大人になったような、甘えの滲むどこか憎めない表情はまさに人たらし...といった感じです。物陰の暗闇に隠れていたハリーの足元に猫がじゃれつき、その顔が窓明かりに浮かび上がる初登場シーン、まるでいたずらを見つけられた子供のように、上目遣いでニヤっとするその笑顔はたまらなく魅力的で、観るものは一瞬にしてこの男にたぶらかされてしまいます(少なくとも私は)。

この104分にわたるドラマの中で、ウェルズの出番がほんの10分足らずというのは実に驚くべきことです。ウェルズの存在感はまさに圧倒的といってよく、このたった10分間の顔見世で物語全体の印象を支配し、すべてを掻っさらっていきます。その数少ない登場場面のひとつ、ハリーとホリーが公園で出会うシーンは、まさにウェルズの独壇場、絢爛たるアフォリズムに彩られたこの映画のハイライトといっていいでしょう。

水増ししたペニシリンを市場に流し、大勢の罪なき子供を犠牲にした非道な犯罪をホリーになじられたハリーは、観覧車の高みから地上の人々を見下ろし、こううそぶきます。

「あのケシ粒のひとつや二つがこの世から永遠に消えたからといって、いったい何が悲しいっていうんだ?あれをひとつ消すごとに2万ドル手に入るとする。お前はそれを断るっていうのか?あといくつ消すことができるか、数えてみようとは思わないのか?」

「人類のことなんて誰もかまっちゃいない。政府ですらそうなのに、なんで俺達が気にしなきゃならないんだ?」


また自らの行為を正当化して、こんなことを口にします。

「ボルジアが支配した30年間、イタリアでは戦火が絶えず、テロや殺人の流血沙汰が日常茶飯事だった。だが一方でミケランジェロやダ・ビンチといった偉大な芸術家が生まれ、ルネサンスが花開いた。で、500年も平和と民主主義の続いた同胞愛の国スイスがいったい何を生み出したというんだ?せいぜいハト時計だろ」

この映画史に残る名セリフはもともとシナリオにはなかったもので、ウェルズが現場で提案したものとされています。

「第三の男」に先駆けること2年、チャールズ・チャップリン監督による「殺人狂時代」が1947年に公開されています。この映画でチャップリンは、金のために次々と未亡人を殺す青髭に扮し、終盤、逮捕され収監されたこの殺人者に、「私の殺人はビジネスだ。世界中の大事業の歴史をみてみろ。戦争、闘争...みんなビジネスじゃないか。一人を殺せば悪党だが、百万人を殺せば英雄と呼ばれる。数が殺人を神聖化するわけだ」と言わせ、痛烈な戦争批判を行っています。金のためなら人が死んでもかまわないというハリー・ライムの身勝手なロジックは、「殺人狂時代」における犯罪者の開き直った捨てゼリフと本質的に通じるものがあります。「第三の男」という優れたスリラーに、戦争批判のようなメッセージ性はまったく感じないのですが、「殺人狂時代」の原案がウェルズである(とされている)ことを考え合ると、この希代の悪党、ハリー・ライムのセリフには、ウェルズによる、単なる気の利いたレトリック以上の意図を感じます。

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イラスト_第三の男02のほかの登場人物についてもほんの少し...

ハリー・ライムとは対照的な善きサマリア人、ホリー・マーチンス...登場人物の中で唯一、戦争の影を感じさせないこのアメリカ人の小説家が、最後まで、戦禍の犠牲になった街と人とを本質的に理解できない(ように思える)鈍感な人間として描かれていることには、イギリス人であるグレアム・グリーンのアメリカ人に対する揶揄の含みを感じます。善意で動けば動くほど空回りするホリーは、たとえ二枚目のジョゼフ・コットンが演じていても、最後の最後まで徹底的に間抜けです。こういう映画を思春期に観てしまうと、「いい人」になろうとはあんまり思わなくなります...

続いて、アリダ・ヴァリ演じるハリーの恋人アンナ・シュミット。ハリーが死んだと思い込んでいたころ、「ハリーを愛していたのか」とホリーに尋ねられ、こんなふうに返します。

「もう過去のことだからわからない。でも私も死んでしまいたい」

そんなハリーが実はまだ生きていて、非道な犯罪者であったことを知ったあとのホリーとの会話。

「それでもまだハリーに未練があるの?」
「まったくないし、会いたいとさえ思わない。でも彼はいまでも私の一部なの」


MPに追われるハリーのことをこんなふうにも言います。

「かわいそうなハリー...」

愛する男の正体がわかり、しかも自分に対しても不誠実だったとわかってさえ、想いが残るこの女心、正直、高校生の頃はさっぱりわからなかったものですが(ということはあの静謐で深い余韻の残るラスト・シーンもちゃんと理解できていたわけじゃないということかもしれませんが)...それから20数年、男と女とはこういうものだということが少しはわかるようになった今日この頃です。

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スペンス、スリル、アクション、そしてロマンス。映画の面白さがつまった、映画の中の映画。"映画の教科書"とよく言われる作品ですが、映画史的な評価、位置づけとは関係なしに、単純に面白いストーリー、素晴らしい演技、美しい映像、楽しい音楽...人類史上最大の戦争なくして生まれえなかったこの作品は、いみじくもハリーの言うところのルネサンスの偉大な芸術作品と同じように、きっとこの先何百年も人々に愛され、鑑賞され続けることだろうと思います。

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下、蛇足をいくつか...

映画の重要な舞台になったカフェ・モーツアルトと遊園地の観覧車はまだウィーンにあるそうで、地下水道や公園をめぐる第三の男ツアーなんてものもあるそうです。バブル華やかなりし頃、カフェ・モーツアルトを日本企業が買ったなんてニュースを見た覚えもありますが...その後どうなったのでしょう。当時の面影はもう失われてしまっていることでしょうが、いつかそのうち、訪れてみたいものです。

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画の中で、ホリーはウエスタン小説の作家ということになっています。西部劇といえば映画、とばかり思い込んでいましたが、とうぜん小説にもそういうジャンルがあるのですね(アメリカ人にとって、日本人の剣豪小説みたいな感覚でしょうか)。あまり興味も湧かず、そもそも邦訳が少ないということもあって、まったく縁がなかったのですが、半年ほど前に、古本屋でマックス・ブランドというこのジャンルの大家の本がたまたま目にとまり、つい買ってしまいました(映画の中でホリーが尊敬する作家と言っていた、ぜーン・グレイと同じようなキャリアの作家です)。タイトルは「砂塵の町」。大味なアクション小説かとタカをくくっていたのですが、読んでビックリ、これがトリッキーなストーリーでかなり面白い!食わずぎらいはいけませんね。たまたまその数ヵ月後、NHK BSで、マレーネ・ディートリッヒ主演の映画、「砂塵」というこの小説を原作とする映画を観たのですが、原作を活かすことよりもディートリッヒをフィーチャーすることに主眼に置いた内容で、こっちはあまり楽しめませんでした。

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の昔NHK教育テレビで、クラシック・フィルムを毎月1本放映する番組がありました(たしか「世界名画劇場」とか、そんな番組名)。まだレンタルビデオもなく、衛星放送もないころ、吹き替なしの字幕ノーカット(とうぜんCMもありません)で名画を放映してくれるこの番組は、古い映画を観る手段がほとんどなかった当時、かなりありがたかったものです。同じキャロル・リード監督の作品で、やはり傑作といわれている「邪魔者は殺せ」「落ちた偶像」を観ることができたのも、この番組のおかげです。ただ不思議なことに、どちらもほとんど記憶に残っていません。「第三の男」を観たのと前後する時期だったと想うのですが、あまり面白くなかったんでしょうか...また機会があったら観てみたいものですが、やっぱり「第三の男」は特別なのかな、と思ったりもします。



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コメント

[C3] はじめまして。

モノクロのイラスト。インパクトがあって凄く素敵です。
第三の・・・いいですよね。音楽もすぐ頭の中に流れてきます。♪
オーソン・ウェルズわずか10分くらいしか出てなかったのですね。
クライマックスの地下の排水溝?影を追うシーンの撮り方なんか良かったです。
(アングルって言うのでしょうか)

あとブレードランナー、設定された未来に圧倒されました。
私も劇場で観ましたが、何版だったのでしょう。?
核爆弾か何か???の影響でずっと雨が降っているのですよね。

楽しく拝見しました。また伺います。


[C5] >whitypearlさん

ありがとうございます。
ウェルズの登場時間、時計で計ってみたので間違いなしです(笑)。
ブレードランナーはあの雨が独特の雰囲気作りに大きく貢献してますよね!
  • 2008-11-29 16:15
  • Mardigras
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今年はもう仕事せずにとことん好きなことをやりたおしてしまおうかな、などと不埒なことを妄想する今日この頃。

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