
「影武者」週間(何のことかは「影武者」を観ませんか?の記事参照)のおととい金曜日、黒澤明監督の「影武者」(1980)をビデオで鑑賞しました。というわけで、思いつくままに感想を。
オープニングについて
この映画、なんといってもオープニングのキャッチ力が強烈で、数ある黒澤映画の中でも、極上といいたくなる素晴らしさ。意表を付いた "三人信玄"による延々6分強の長回しの面白さ、そして「影武者」のタイトルを挟み、一転、短いショットをテンポよく繋いだ、泥まみれ(この泥の色具合がまたよし)の使番が城の虎口を次々とくぐり抜け、曲輪を延々駆け抜けていく、弾むようなアクション。静から動への鮮やかな転調に、一気に引き込まれてしまいます。特に、使番の行く手を塞ぐようにして、狭い曲輪の石垣に寄りかかって休息する圧倒的大人数の足軽の群れが醸し出すリアリティに、物語の先に待ち受けているであろう大スペクタクルを予感し、ぞくぞくしてしまいます。
人、人、人と馬、馬、馬
「影武者」は、とにかく、その有無をいわさぬ人海のすさまじさに圧倒されてしまう映画です。武田騎馬軍団の馬揃え、一糸乱れぬ足並みで延々と行軍する足軽の大軍、数百メートルにわたる馬防柵の合間から鉄砲を構える織田・徳川軍の軍勢、そしてその前に崩れ落ちて横たわる、武田軍の人、人、人と馬、馬、馬――戦国モノとしてぶっちぎりのスケールなのであり、黒澤監督は、これらの行軍シーンや戦場シーンを、局所的な映像の短いカットを繋ぐようなことを一切せず、どうだ!といわんばかりに思い切りレンズを引いた超ロングショットでもって、どばーんと見せてくれます。その物量は圧倒的で、ほかではお目にかかったことのないド迫力であるのは確かなのですが、でも、そこにカタルシスを感じたかというと、それがちょっと意外なほど、衝撃が薄かったのですね。
その物量に、よくぞこれほど集めたものだと驚嘆しつつも、とはいえそれはあくまでメイキングに対する感想であって、映画の世界そのものに対する感動ではなかったというか。数百の人馬が並ぶ光景は壮観ながら、寄ったショットに頼らない超ロングで見せられるがゆえ、逆に、そこに映し出されているものがすべて、という感じが伝わってきてしまって、どうしても、その画面の外にいなくてはならないはずの千単位、万単位の軍勢の存在を想像することができなかったというか。なんだか数百人足らずで戦っているという、映画に動員された物量のそれ以上でもそれ以下でもないイメージしか、頭に抱くことができなかったのですね(一方、超ロングではない、もっと寄った冒頭の城内の場面は、画面ぎゅうぎゅうの足軽たちがフレーム外にも同じ密度で存在するかのように感じられて、その広がりをもった画力が実に素晴らしい)。
これらの場面、初めて観たときは激しく度肝を抜かれた記憶があるので、もしかすると、昨今のCGで描かれた、万単位なら万単位で表現された圧巻映像(たとえば「レッドクリフPart I」(2008)の赤壁を取り囲む、数十万の曹操軍とか)に目が慣れてしまったのかもしれません(だとすれば、ちょっと悲しい)。黒澤監督が「影武者」を撮った時代に、もし現代と同じレベルのCG技術が存在していたら、果たして戦場シーンにCGを使っただろうか、なんてことを考えてしまいました。
黒澤映画の理屈っぽさとしつこさ
たとえば、「七人の侍」(1954)で勘兵衛たちが村の要塞化をあーでもないこーでもないとあれこれ検討する様子。はたまた「天国と地獄」(1963)に描かれる、細部を一切省略しない、身代金受け渡しの駆け引き。あるいは「蜘蛛巣城」(1957)で、霧に巻かれた騎馬武者が延々右往左往する場面。黒澤映画は、予想を遥かに上回る描写のしつこさと理屈っぽさに、独特の面白味があると思うのですが、この生真面目ともいえる説明調や粘っこい描写が、この映画では、空回りしてしまっている印象があります。
たとえば信玄を狙撃した鉄砲足軽が、家康にそのときの状況を説明し、実演してみせる場面。エピソードの説得力自体、そもそもそれは無理があるのでは?と感じてしまうのですが、省略なしに延々と時間をかけて語られる先込め銃の準備の描写は冗長過ぎて、そんなところに時間かけなくてもいいよと言いたくなるというか、それを演じる役者のちょっと信じられないような下手さとも相まって(ハラハラしてしまうくらい)、なるほどそう撃ったのか!と感心するよりむしろ、物語に入りかけた気持ちがすーっと醒めてしまうところがあります。ほかにも、影武者が信玄の亡骸の入れられた大甕をこつんこつんと割る場面だとか、戦勝祝いの能奉納の場面だとか、その説明調や省略のないしつこさが、この映画においてはただ退屈なだけで、面白さに転化されていないように思えます。
ビバ!大介、ビバ!秀治
役者の演技といえば、上記の足軽Aに限らず、ひとことふたこと台詞のある足軽B、C、D...の演技がほとんどつらいものばかりで、いろいろ経緯はあったのでしょうが、なぜもう少し適切な配役にならなかったのか、と不思議でなりません。主要キャストにしても、かなりムラがあるというか、たとえばオーディションで選ばれた隆大介の南蛮胴具足に身を包んだ気迫ムキ出しの信長はツボなのですが、同じオーディションで選ばれた油井昌由樹の家康は、いかがなものか。泰然自若とした雰囲気を醸し出してはいますが、目力がないというか、のちに天下を獲る武将の貫禄が感じられないのですね。とはいえ萩原健一の、何かというと目玉をひん剥く、台詞回しのぎこちない諏訪勝頼よりは遥かにマシなのですが...。
その一方で、主役の仲代達矢や信玄の実弟、武田信廉を演じた山崎努は、こちらの気持ちを逸らすことのない演技で、さすがというほかありません。(映画を通じ、残念ながら、信廉が言うほどの、影武者であることの悲哀はあまり伝わってこなかったのですが、これは二人の演技のせいでは決してない、と思います)。そのほか、信玄の老臣、山縣昌景を演じた大滝秀治も素晴らしい。信玄を諌める場面で、窒息しそうなくらいに顔を真っ赤にしてみせるところなどは、これぞザ・秀治!という感じで最高です。騎馬姿も驚くほどさまになっていて、いかにも歴戦の戦国武者の雰囲気がありました。
「影武者」の色使いについて
モノクロ時代の黒澤映画を観るたび、この監督は、観客(といって範囲が広すぎれば私)がどんなものを観たくて、どんなものにカタルシスを覚え、どんなものを美しいと思い、どんなものにリアリティを感じるのかということを、なんでこんなによくわかっているんだ、という思いにとらわれます。黒澤監督が、マーケットアウトの発想で大多数の観客が望んでいるであろうものを作っていたのか、それとも監督の撮りたいもの(こと)がたまたま観客の望むものと一致していたのか、はわかりませんが、「どですかでん」(1975)以降のカラー作品からは、黒澤監督の趣味が優先されはじめたように思えるというか、あるいは観客の期待と黒澤監督の志向が明らかに乖離しはじめたように思えてなりません。
そんなことを私が思ってしまう理由のひとつは、その色使い。「どですかでん」といい、「影武者」といい、「乱」(1985)といい、不自然な色が多すぎるというか、どうにもやりすぎな感じがしてしまうのですね。その色使いが、監督のやりたいことであるのはよくわかるのですが、ぜんぜん別のメディアであるはずの映画を"絵"として見せたがっているような作り物感に、どうしてもついていけないところがあります(付き合わされている、という感じを抱いてしまう)。「影武者」でいえば、たとえば、影武者の見る悪夢の世界のサイケデリックな色使いや、終盤の諏訪湖にかかる、いかにも作り物めいた直線的な虹の色など。これら以外にも、たとえば軍団ごとの旗指物の鮮やかでわかりやすいにもほどがある色分けだとか、重臣たちがみなはっきりと異なる色の衣装を着ているだとか、"色"を見せたい("色"で魅せたい)、という意図が必要以上に強く感じられ、どうにも気持ちが醒めてしまいます(色ついでに言うと、終盤の仲代達矢と山崎努の「八墓村」(1977)のような白塗りの顔は、これまたかなりつらい)。
* * *
とまあ、なんだか不満ばかり並べてしまいましたが、「影武者」は、冒頭の場面以外にも、思わず息を呑んでしまう映像が、いくつもある映画であることもまた確かです。例によって、村木与四郎の手がけた妥協のない美術やセットは惚れ惚れするほど素晴らしく、特に、信玄の館のセットはいかにも戦国武将の屋敷といった質実剛健な空気が匂い立ち、帰還する信玄の影武者を一族郎党が出迎える場面や、お役御免となった影武者が雨の中を立ち去っていく場面の表門まわりの雰囲気など、うっとりしてしまいます(ただしいずれも足軽A、B、Cの演技が...)。
正直、ドラマとしてはいまひとつ乗り切れないけれども、これはもういいや、と投げ出す気にはなれない作品――毎年観ようとは思わないけれど、きっとまたいつか、何か黒澤映画が観たいなと思ったときに、そういえばこれ、しばらく観てなかったな、と手に取ることがきっとあるだろうと思う作品――とまあ、私にとって「影武者」は、そんな映画なのですね。
影武者 (英題: Kagemusha)
公開: 1980年
監督: 黒澤明
製作: 黒澤明/田中友幸
脚本: 黒澤明/井手雅人
出演: 仲代達矢/山崎努/萩原健一/大滝秀治/隆大介/根津甚八
音楽: 池辺晋一郎
撮影: 宮川一夫/斎藤孝雄/上田正治
美術: 村木与四郎
編集: 吉崎治
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管理人: mardigras

目つきと口元が特に素敵です☆
そして記事の内容も、深くて・・・特にオープニングの事は、私も思っていたのに全然書けなかった事を、全部書いてくださり、読んでいて「そうそう♪」って感じでした。他も本当に深いです!
私は女優が全くのチョイ役でガッカリしてしまいました。戦国の男の映画・・・仕方ないんでしょうけど・・・。(すごく浅いです・・・恥)
でも、ずっと長い間、この映画を「見ようとして見ていない」と胸にあった「つかえ」が取れて、見られた事は、すごく感謝なのです☆
これに懲りず、またよろしくお願いしま~す♪
(今回はfc2には感想を書きませんでした。gooに書きました)