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[T2] 十二人の怒れる男

個人的な偏見を排除するのはいつも難しい。 1957年(12 ANGRY MEN) 製作国:アメリカ 監督:シドニー・ルメット 製作:レジナルド・ローズ 原作:レジナルド・ローズ 脚本:レジナルド・ローズ 撮影:ボリス・カウフマン 音楽:ケニヨン・ホプキンス amazon.co.jpで詳細を見る。...

コメント

[C367]

Mardigrasさま

こんなところで好みがかみ合うなんて・・・・。
感激です★

この映画を初めてみたのは、中学生の時
たった一部屋で展開して行く話に
どんどん引き込まれて・・・・・。
映画ってすごい!!と思ってしまいました。

裁判員制度がはじまる時にも
何か参考になる映画があればと思い
この映画を紹介しました。

私はこの作品をきっかけに
映画にのめり込んでいったので
とても嬉しかったで~す★
  • 2009-10-18 04:06
  • harunayamaneko
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[C368] こんにちは

私もこの作品大好きなんですよ~!
あの、見た目と内容の密度の濃さ、一度観たら忘れられませんよね。
でも、Mardigrasさんの記事を読んだら、わたしは”「偏見や責任感のない人々の”有罪”の主張を、8番が覆していく”というところに爽快感を覚えただけで、民主主義について考えてみるという姿勢が足りなかったと痛感しました!(一番印象に残っているのが、あの暑苦しい部屋にお手洗いがつながっている事だったりします。)
日本でも他人事ではなくなったことだし、わたしも自覚しないといけませんね・・・。
  • 2009-10-18 10:32
  • 宵乃からす
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[C373] >harunayamanekoさん

こんにちは、harunaさんの法廷モノ映画の記事、私も読んでますよ~。そのとき、あ、「十二人の怒れる男」について書かれてる、と、私も同じようなことを思ったのです(笑)。 裁判員、選ばれたらホントどうしましょう...

ちなみに私の好きな裁判の出てくる映画は、、、
「十二人の怒れる男」
「情婦」
「ア・ヒュー・グッド・メン」
「フィラデルフィア」
「ケイン号の叛乱」
「告発の行方」
「疑惑」
「真空地帯」
「私は貝になりたい」
「羅生門」
harunaさんがほかにどんな映画を挙げられていたか覚えてないので、、、これからもう一回、記事読ませていただきま~す!

[C374] >宵乃さん

一度観たら忘れられないし、それにネタバレしても、何度も楽しめる映画ですよね。ほんの100分足らずですが、ホントおっしゃるとおり、密度が濃いな~と思います。

手洗いがくっついてるせいで、鍵のかかった部屋から一歩も出ずに済むんですよね(出られないともいう)。あのシーンは、場面転換の少ないこの映画の貴重なアクセントになってたと思います。でもあれ、ホンモノの評議室もあんなふうな造りになってるんですかね。。。

この映画、ちょうど多感な(笑)高校生の頃に観たせいで、メッセージが必要以上に強く心に響いたんだと思います。社会にさまざまな問題や矛盾を抱えながらも、民主主義を信じて一縷の光明(陪審8番の存在)を見出す作り手のポジティブ感が伝わってきて、アメリカという国はいいな~、と単純に思わせられてしまいました。しかしそれにしても、裁判員になる可能性、あまりになじみがなさ過ぎて、ぴんとこないというか、正直、自覚を持つのは難しいですよねぇ。。。

[C376] 追伸

2度目のコメントになってしまいました。

裁判ものは、興味をそられますね!
どうしても付け加えてほしい映画・・・。

ポールニューマンの「評決」そして「評決のとき」
バートランカスターの「ニュールンベルグ裁判」
グレゴリーペックの「アラパマ物語」

切りがなかったでした。(笑)

「わたしは死にたくない」
「わたしは貝になりたい」

この2本の映画はあまりにも理不尽で
2度めを観ることができません!
わたしも貝になります。

「情婦」・・・・いいですね~。
  • 2009-10-21 05:44
  • harunayamaneko
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[C377] 管理人のみ閲覧できます

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[C378] >harunayamanekoさん

再コメありがとうございま~す!

「アラバマ物語」は、実はリスト書いた後すぐに思い出して、しまった!と思ってしまいました(笑)。
そうだ、「評決」もありましたね!それからそうそう、グリシャム作品もすっかり忘れてました。
「ニュールンベルグ裁判」 と「わたしは死にたくない」 は、残念ながら観たことないんですよ。。。
そうそう、harunaさんがほかの記事で書かれていた、ジョン・フォードの「バッファロー大隊」も面白かったです!(法廷モノとは知らずに観たおかげで、余計に。。。)

[C379]

mardigrasさん、こんばんは、

相変わらず、素敵なCG ですね~。

ところで、私は、この映画の Remake しか見たことないんです。
自分が知っている?世代しか、わかることができないのだと思います。
この映画を観るたびに、「説得力」と言うのか、
起承転結を上手く説明できる、ある意味での役者が、
勝ってしまうのか、、、なんていつも思います。
私は、ふざけた?映画も大好きですが、
このような映画も大好きです!?

では、また~。

[C380] >kaoruさん

こんにちは~!
いつもお褒めのおことば、ありがとうございます!!
Remakeってもしかしたらロシアの映画でしょうか...WOWOWで放映するみたいなので、私も観てみようと思ってるんですよ。

記事には書かなかったのですが、この映画を観ると、会社勤めしてたときの企画会議を思い出すんです。自分の思ってる方向に話を進めて議論に勝つには、あらかじめシナリオを想定したロジカルな話しっぷりの一方で、ときにはエモーショナルなアピールも交えたりして、トータルな演出力が必要というか、kaoruさんのおっしゃるとおり、"役者"であることが求められるのかもしれませんね...

私だってフザけた映画、大好きですよ~(笑)!

[C381] Mardiさんお久ー

久しぶりにこちらへ伺いましたらこの静謐な男たちの姿が目に入り、う~ん、いいなぁ~映画よりモダンですっきりだなぁ~・・・というすぐの感想でした。

確かにこの映画は地味なのに何かが学べる映画、そして普遍な力強さを持つ映画であったと想います。

ヘンリーフォンダ=12人の怒れる男と私の頭の中にインプットされているようです。ウェスタン最盛期の当時のハリウッドでこのような映画が製作されたことにアメリカの良心をみることができ大好きな映画の一つであります。

記事を読んでると一つ一つの事柄が鮮やかに浮かんでくるようでいまさらながらMardiさんの描写力に感心しています。

  • 2009-10-28 21:49
  • ヘルブラウ
  • URL
  • 編集

[C382] >ヘルブラウさん

こんにちは、お久しぶりで~す!
ありがとうございます、今回の絵は5人もいるので、いつもの5倍時間がかかってしまったんですよ~(笑)。実は最初、全員描こうと思ったんですが、いつまでも終わりそうもないのでやめました...

ヘンリー・フォンダっていうと、、、私はまず「荒野の決闘」のワイアット・アープが思い浮かんで、次がこの映画の陪審8号、って感じです。この映画はフォンダがもちろん主役ですけど、ほかの役者さんもそれぞれに見せ場があって、ホント地味なんですけど、みんながみんないいんですよねぇ~。

アメリカってほかの国と一緒でいろいろ問題ある国だと思いますが、なんだかんだ言って、こういうストレートすぎるような映画をてらいなく作ってみたり、自らの恥部に正面から向き合う映画をまじめに作ってみたり、なんだかそういう自助努力に長けてるところだとか、自浄作用のあるところが素直に凄いな~とかうらやましいな~と思います。

最近、更新をサボりがちなのですが、ぼちぼちアップしていきますので、またお暇なときに遊びに来てくださいね~!

[C383]

mardigrasさん、またまた、こんばんは。

私が知っている、Remake は、
12 Angry Men という90年代の物です。
Jack Lemmon、Courtney B. Vance、を筆頭に?
いい感じでした。

とりあえず、参考までに、、、
では、また、です。

[C385] >kaoruさん

アメリカでもリメイクされてたとは、全然知りませんでした...
ちょっと調べてみたら、ジョージ・C・スコットも出てるみたいですね(しかも陪審3番で!)。
ジャック・レモンもぴったりだし、これはけっこうよさそうですね~!
いつかきっと観てみます。情報、ありがとうございました!

[C393] こんにちは。

はじめまして、MOVIE-DICの白くじらと申します。

事件とはまったく関係のない人が、運命を決めるということは恐ろしくもあり、民主主義のいいところなのかもしれませんね。とはいえ、やはり個人的感情に左右されることもありえますし、作中でも各様様々な感情、性格の持ち主でした。まさにおっしゃられているとおりアメリカ社会の縮図ですね。

観賞した当時はまだ学生で、12人全員の意見の一致が必要であることも知りませんでしたが、なんでも多数決で決めることの多い世の中で素晴らしいことだと思いました。
話し合うということはとても大事ですね。

この作品では、ほとんど部屋の中だけでストーリーが進んでいるにもかかわらず、緊迫感があり、内容にあきることもなくラストまで食い入るように観てしまいました。
時に4番に汗を出るシーンなどいいですねぇ。

とはいえ、今回の結論は話し合いという良い面が見られたものの、次は彼らはいないところが恐ろしくもあり、逆に期待しなければならないところでしょうか。

トラックバックさせていただきました。

PS1.イラストが凄すぎます。当時が蘇ってきますね。
PS2.サイさんに誘われて今回の「ブログ DE ロードショー」に参加予定です。私のところでも記事を上げたときに発案者は「mardigrasさんと二人で」ということでしたのでリンクを貼らせて頂いております。以上、ご報告まで。問題があれば言ってくださいね。

[C394] >白くじらさん

はじめまして、コメントありがとうございます。

白くじらさんの記事も読ませていただきましたよ~。共感できる部分が多くて(「十二人の優しい日本人」の感想とか。笑)、面白く読ませていただきました。世の中が理性的で自立心のある人間ばっかりだったら、きっと陪審制も民主主義もパーフェクトなんでしょうね...私も観たのが学生のときだったのですが、それだから余計に、この映画のメッセージとテーマに感激してしまったんだと思います。10代なかばまではアクション映画ばっかり観てたものですが、思えばこの映画あたりの影響で、アクション以外の映画も面白いんだな~、と興味が広がっていった気がします。

「ブログDEロードショー」のページ、わざわざリンク貼っていただいてありがとうございます。でも私はたまたまきっかけになっただけで、このすばらしい企画はサイさんのアイデアなんですよ(笑)。
次回の映画も陪審制をテーマにした作品、、、楽しみですね!

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十二人の怒れる男

デモクラシーの神様と十一人の普通の男
「十二人の怒れる男」のイラスト(ヘンリー・フォンダほか)

画を観て何かを学んだ、と思うことは滅多にありませんが、シドニー・ルメットの「十二人の怒れる男」(1957)はめずらしく、観終わった瞬間、いや観ている間にも、なんだかとても大切なことを教えてもらっているような気にさせられた映画です。

自分の価値観に、少なからず影響を受けたという意味で、この映画こそベスト・オブ・マイ・ベスト、といっていいところがあって、いざこうしてフェバリット・ムービーの48番目に紹介しようとすると、たとえばなぜ「ジュラシック・パーク」(1993)よりも、この映画を下にしたのだろう...と、約一年前に何を思ってこの順位に決めたのか、さっぱり思い出せません。

ストーリーの面白い映画。テーマに共感する映画。語り口の斬新な映画。映像の優れた映画。音楽が美しい映画。演技に感動させられる映画。あるいは観たときの思い出も込みで、思い入れのある映画――とまあ、映画を好きになる理由はいろいろあって、これまで紹介してきた映画にも、どの要素も平均点以上と思える総合評価の高い作品もあれば、どれかひとつの要素が突出して素晴らしい作品もあり、はたまたそんな作品自体の出来不出来を越えたところで偏愛している映画もあったりします。

そんな、尺度の違うもの同士を比べることの不毛さもさることながら、その時々の気分やコンディションによって、面白さを感じるポイントも刻々と変わるわけで、まったく考えれば考えるほど、順位付けが無意味なものに思えてくるのですが、でも私、リスト作りが好きなんですね。

舞台劇のような映画のいかにも映画らしい工夫

くて暑っ苦しい裁判所の一室で、十二人の男たちが額を寄せ集め、口角泡をとばし、汗まみれになって、ただひたすら喧嘩腰の議論を戦わせる映画、「十二人の怒れる男」。

この異色の法廷劇を、私が初めて観たのは、高校生のときでした(教育テレビの世界名画劇場)。ただし、このオハナシの存在自体は前から知っていて、というのも、中学生のときに読んだ、「七色いんこ」という戯曲をモチーフにした手塚治虫の連作マンガの中に、「十二人の怒れる男」を採り上げたエピソードがあったからです。

そんなわけで、この作品、てっきり戯曲の映画化だとばかり思い込んでいたのですが、つい最近、実は舞台よりも、映画の製作が先だったと知って驚きました(正確にはテレビ・ドラマがオリジナル)。なぜなら、オープニングとエンディングの数カットを除き、ドラマの舞台が裁判所の一室(と洗面所)に限定されていて、いかにも舞台劇そのもの、といった趣きがあるからです。

とはいえこの映画、その舞台劇っぽさにもかかわらず、限られた条件の中で、いかにも映画ならではの工夫があれこれ施されていて、その意味では映画らしい映画、といってもいい作品です。

たとえば、陪審員たちの評議が白熱するにつれ、扇風機の壊れた室内が息苦しいほどに蒸し暑くなっていく様子の描き方。陪審員たちのシャツの汗染みが、次第に広がっていく様子をクローズ・アップで捉えてみたり、あるいは雷雨で真っ暗になった窓の外から、大粒の雨が吹き込んでくる様子を描いてみたり、あれやこれやと手を変え品を変え、まさに映画ならではのやり方で、蒸し蒸しムービーの最高峰、「夜の大捜査線」(1967)に勝るとも劣らない、窒息しそうな暑っ苦しさのストレスを表現しています。

そして一転、評議が終わり、解放された陪審員たちが屋外へと出て、三々五々、雨上がりの街中へと散っていく場面の、スカっと晴れやかな開放感――。これはもう、舞台劇では演出しようのない、屋外での撮影を効果的に活かした、まさに映画ならではのカタルシスといっていいでしょう。

ほかにも、たとえば狭い部屋をダイナミックに使って、陪審員たちが犯行の再現実験をしてみせたり、あるいは何度も繰り返される評決をめぐる投票の仕方にバリエーションを持たせてみたり、と、室内劇であるにもかかわらず、意表を突いたさまざまなアクションが盛り込まれていて、その考え抜かれた創意工夫が、実に楽しい。



精緻な会話で組み立てられたアーム・チェア・ディテクティブ・ストーリー

十二人の怒れる男」の核心は、言うまでもなく、練りに練ったプロットと、磨き抜かれたダイアローグにあります。

父親殺しの嫌疑で起訴された、スラム街に住む、ヒスパニック系の青年。映画は、この、一見証拠の揃った、誰の目にも有罪間違いなしに思えた事件をめぐる、十二人の陪審員たちによる評議の一部始終を、彼らの会話のやり取りを通じて、丁寧に描いていきます。

最初は有罪を主張していた十一人の陪審員が、無罪を支持するただ一人の陪審員を説得しようとして逆に説得され(卓越した推理力と洞察力で、残りのメンバーがロジカルにやり込められていく)、決を採るたび、翻意する陪審員の数がひとり、またひとりと増えていく――というのが見どころで、思えばこの作品、一種の"安楽椅子探偵"モノ、といっていいのかもしれません。

この、十二人の間で交わされる議論の展開は、いわば1ミリの隙間もなく積み上げられた、堅固な石垣のよう。わざとらしい説明調や、ご都合主義的な展開に陥ることなく、審理されている事件の内容はむろんのこと、一人ひとりの陪審員が心変わりしていく心理が手にとるように、わかりやすく、そしてあくまでも自然に語られていきます。しかも、会話の中に散りばめられた大小さまざまの伏線が、ドラマが進むにつれてぴたりぴたりと決まり、さらには前述のとおり、ここぞというタイミングで、評決をめぐる投票(=山場)が何度か繰り返されたりもして(そのたびに、スリルとカタルシスが再生産される)、この上なく単調な舞台設定であるにもかかわらず、最初から最後まで、退屈することがまったくありません。



「十二人の怒れる男」の十一人の普通の男たち

んな、精緻に編みこまれたダイアローグに命を吹き込んでいるのが、十二人の陪審員たちの、個性溢れるキャラクター。職業も出自もてんでばらばらで、まるで社会の縮図であるかのように、その構成は、バラエティ豊かです(ただし全員が白人男性で、要するに、当時のアメリカ社会=白人男性の社会だった、ということでしょう)。

各々の人物に与えられた性格は、その発言と態度を通じてくっきりと描き分けられ、大人数であるにも関わらず、ひとりひとり、見事なまでにキャラが立ちまくっています。中には、本来、陪審員選別のプロセスで除外されてしかるべき、偏見に凝り固まった差別主義者(陪審10番)や、個人的感情で目の曇った人物(陪審3番)も混じっていたりしますが(国選弁護士が、裁判に熱心でなかったという設定)、インテリ、労働者、リタイアした老人にスラム街の出身者や移民もいたりして、ヘンリー・フォンダ扮する、デモクラシーの神様のような奇跡的人格の陪審8番(建築家)は別にしろ、いかにもそこらにいそうな"普通の人々"の見本市、といった趣があります。

「十二人の怒れる男」のイラスト(リー・J・コッブ)この映画、最後は、あやうく有罪になりそうだった被疑者が無罪となり、あたかも陪審制の素晴らしさを高らかに謳い上げるかのような結末でもって締めくくられますが、一方で、職業裁判官ではない、市井の人々に裁きを委ねることの問題点もまた、わかりやすく浮き彫りにしています。それは、ひとことでいえば、果たして陪審員に、人を裁く資質があるのかという問題です。

前述のような、偏見に満ち満ちた人物は問題外としても(ドラマの終盤、差別主義者の陪審10番はただひとり、誰からも愛想を尽かされる)、陪審団の中には、倫理観の欠如した、おふざけ半分の人物(陪審7番)や、冒頭で判事が述べるところの人を裁くことの責任をまったく自覚していない、物見遊山な気分の人物(陪審12番)も混じっています。

これらのタイプ、それこそどこにでもいそうな存在だけに(そして選任プロセスから除外される可能性が低いだけに)、ある意味、露骨な差別主義者よりも、よっぽどタチが悪いといっていいかもしれません。真剣味のなさに比例して、彼らの態度は日和見的でもあり、ドラマの終盤、議論の形勢が逆転するにつれて、彼らは、何の信念もなく、おそらくは単に評議から早く解放されたいがゆえに、有罪から無罪へ、ころっと意見を転じます。

羽振りのよさそうな広告マンである陪審12番は、民主社会の恩恵を十二分に享受して、人並み以上の経済的成功を収めていそうにみえるぶん、その自らが拠って立つ土台である社会に対する貢献意識の低さというか、ノブレス・オブリージュの欠如に、強い憤りを覚える人物です。

また、ヤンキースの熱狂的なファンで、いかにもアメリカに生まれてアメリカで育ったらしい陪審7番は、野球観戦に行くために、早く議論を終わらせることだけを考えている、身勝手極まりない人間です(この、野球好きの陪審7番が、アメリカ国民であることに強い誇りを抱いている移民の陪審11番によって、そのいい加減な態度を厳しく糾弾される場面は、陪審制度を通じて民主主義のありようを教え諭しているかのような、この生真面目な映画にあって、白眉といっていい場面かもしれません。民主社会は、アメリカ人にとって生得的なものではなく、国民ひとりひとりの自覚と倫理観に拠っているものだというメッセージが伝わってきて、強く印象に残ります)。

これら、わかりやすい問題人物たちと並んで、もうひとり、陪審員に期待される精神から大きく逸脱しているのではないかと思える人物がいます。それが、一番初めに有罪から無罪へと意見を変える、陪審9番の老人。被告を有罪とみなしながらも、たった一人で無罪を訴える陪審8番の勇気に打たれたから、という理由で無罪に与するこの人物の、いわば逆日和見主義ともいえる正義感が、結果的に冤罪判決を食い止める契機となります。しかし、評議内容それ自体と別のところで発揮される彼の正義感は、制度の趣旨を考えたとき、やっぱり心得違いでしかないのではないか――という気がしてなりません(この皮肉な展開は、おそらく製作者の意図したところでしょう。評議の長時間化を迷惑に思わない、"暇で孤独な老人"という彼のキャラクターは、のちに目撃証言をひっくり返す伏線ともなっていいて、つくづくよく練られたプロットだと思います)。

とまあ、評議の内容以前の問題として、陪審団のうち半数近くまでが、そもそも陪審員に求められる資質、態度を逸脱しているように思えるわけですが――さらに残る面々が、果たしてどれだけ"人を裁く"陪審員として信頼に足るかといえば、これまた大いに心もとない限りです。有罪と考える根拠をしどろもどろでうまく説明できない陪審2番。うまく説明できないどころか、説明することを保留する陪審5番。"考えることはいつもボスに任せている"という陪審6番――と、市民としての真摯な正義感を持つ"善きサマリア人"であるにせよ、ひとりの人間の生死を左右する評決という重責を担うには、その判断能力や自立心が、あまりに役不足であるように見受けられる人たちばかりです。

とはいえ、陪審8番や4番のようなクールさとクレバーさでもって、法の原理原則から外れることなしに判断を下せるような素人が、そんじょそこらにごろごろいるとも思えず、それこそ2番や5番や6番のような人たちが、現実の世界でも、平均的な陪審員の姿なのではないかと思われ、そしてそんな一般市民の手に裁きの一端を委ねることこそが、陪審制の意義そのものだったりもするわけですが――しかし、陪審8番のような奇特な人物(わざわざ事件現場を訪れて、独自に証拠物件を探すようなことまでしている。つまるところ、陪審8番は、本来であれば弁護士がすべき役割を担っているといっていい)がいなければ、陪審団の評決はものの5分で有罪に決まり、被告は死刑台送りとなっていたはずなのですね。

もう二十年近くも昔の話ですが、実際に、陪審裁判ってなんていい加減なんだろう、と思わせられた刑事裁判がありました。それは、映画とは正反対のケースながら、元NFLプレーヤーの黒人俳優、O.J.シンプソンが白人の元妻を射殺したとして逮捕、起訴された事件の刑事裁判です。当時、アメリカに住んでいたのですが、全米中のメディアがこの事件に夢中になっていて、O.J.がハイウェイを逃走する逮捕時の空撮映像が、テレビでうんざりするほど、繰り返し流されていました。

で、全米中が固唾を呑んで見守った裁判の顛末は、証拠が明らかで有罪間違いなし、と言われていたにもかかわらず、無罪(一部の証拠にでっち上げがあったされる)。このとき、十二人の陪審員のうち九人が黒人だったのですが、あまりといえばあまりの結末に全米中がひっくり返り、私も、陪審制という制度はなんていい加減なんだ、と、強い不信を感じてしまったものです(ちなみにのちの民事裁判では、有罪判決が下された)。



民主主義とは多数決にあらず

述のとおり、陪審8番という奇跡的な人物がいたお陰で、さらに皮肉なことに、陪審9番による制度の精神とは反する態度によって、危ういところで冤罪(の可能性)が回避され、映画では、結果として、陪審制がこれ以上ないほどビューティフルに機能した、というオチで締めくくられます。

しかし、現実には、陪審8番のような、裁判関係者のすべてが見逃していた手がかりを掬い上げる観察力と洞察力や、残りの十一人を説得する卓越したディベート能力とずるがしこいとすらいえる機略、さらにはわざわざ証拠探しまでする底知れぬ善意と行動力を兼ね備え、そしてなんといっても民主主義の精神にとことん忠実である人間がそうそういるはずもなく、仮にいたとしても、そんな傑物が、たまたまこのような冤罪含みのケースの陪審員として選ばれる確率は、相当低いはずです。

その意味で、この映画のプロットは、陪審裁判のシミュレーションとしては特異すぎ、陪審制の利点の描かれ方は、その問題点の描写ほどに、普遍的なリアリティを持ちえていないように思えます。しかしそれでもなお、「十二人の怒れる男」から、陪審制という制度、ひいては民主主義の精神のグローリアスな神々しさが、ひしひしと伝わってくることもまた、確かなのですね。

記事の冒頭、「十二人の怒れる男」から何かとても大切なことを教えてもらった気がする、と書きましたが、それはまさに、民主主義とは何ぞや?についての理解です。

この映画を観るまで、民主主義イコール多数決、くらいに思っていましたが、陪審制の評議が多数決で決まるものではなく、最終的に一人でも反対意見の者がいれば、評決不能として陪審の選任を一からやり直すものだと知って、目からうろが落ちる思いがしました。評決に全員一致を求めるということは、しぜん、そこに議論が生まれなくてはならないはずで(陪審員がいい加減でないという前提のもとでですが)、要するに、結果的に多数決で決まることはあるにせよ、民主主義にとって、少数派の意見を無碍に押しつぶすことをせずに、まずは議論を尽くすということこそが大切なんだということ、そして陪審制は、その大原則を評決不能というルールによって担保しているんだということに思い至り、感銘を受けたのですね。

ドラマの冒頭、ただひとり無罪に投票した陪審8番が、他の陪審員たちからいったい何がしたいんだとなじられ、話し合おう、と答えます。これこそが、このドラマのキーワードであり、ひいては陪審制、そして民主主義のキーワードでもあって、全編"話し合い"から成り立っている「十二人の行かれる男」という作品は、いわば、民主主義の教科書みたいな映画といっていいのではないでしょうか。

ちなみに教科書みたいな、という表現は、決して、単なる比喩ではありません。大学のビジネス法のクラスで、"beyond a reasonable doubt"(合理的疑いを越えて―要するに"疑わしきは罰せず"という大原則のこと)という、英米法における刑法の基本概念を説明する際に、先生が、この映画に言及していたことを覚えています。

意識して観返すと、確かに、このことばがいろいろなバリエーションで繰り返し表現され、"合理的な疑いがあるなら有罪とすることはできない"というセリフが、念押しされるかのように、何度も登場します。そして陪審8番は、その意見表明において、はじめから終わりまで、"彼は無罪だ"と言い切ることが一切なく、あくまで、"無罪の可能性がある"(よって有罪にはできない)という言い回しを貫いています。この原則、逆の言い方をすれば、有罪の人間を無罪放免にしてしまうおそれを内包しているともいえますが(映画の中の少年も、実際は父親を殺したのかもしれない)、無罪を有罪とする可能性の高い社会と、有罪を無罪とする可能性の高い社会のどちらがよいかと訊かれれば、それはやはり、後者でしょう。

この、民主主義の対価とでもいうべきジレンマは、映画の中でもしっかり言及されており、ドラマの中盤、陪審8番は、他の陪審員にその点を突かれると、困ったような表情を浮かべるだけで、何も言い返すことができません。この、"困ったような表情"には、有罪を無罪とすることは、無罪を有罪にしてしまうよりはまだマシという、"疑わしきは罰せず"という概念が決して完璧なものではないことに対するもどかしさがひそかに籠められている気がして、シンパシーを覚えます。

実際のところ、プロフェッショナルではない一般人が、どこまで感情を排し、"beyond a reasonable doubt"の精神に忠実になれるものなのか(そもそもどこまで理解し咀嚼できるのか)。わが身に置き換えて考えてみても、かなり難しいことのような気がします。



他人事ではなくなった「十二人の怒れる男」の世界

まあ、他人事みたいな目線でもって書いてますが(実際、日本人にとってはついこの間まで他人事だったわけですが)、この映画を初めて観たころには想像もしなかった裁判員制度が、今年から日本でも導入されました。

「十二人の怒れる男」を初めて観た数年後、「12人の優しい日本人」(1991)という邦画を観て、そのオリジナルとは比べるべくもない浅薄さと、そもそも日本に存在しない陪審制度という設定に、しゃらくささを感じた覚えがありますが(パロディとしてよくできていると思ったものの、オリジナルに籠められていたメッセージに感動しすぎていたせいか、不愉快の感情が勝った)、まったく、時代は変わるものです(しかもつい最近、実は日本でも陪審制度を導入していた時期があるということを知って驚いた)。

アメリカの人種間対立ほどのメガ対立軸が社会に存在せず、比較的、同じ価値観や日常感覚が共有されているように思われる日本において、裁判員制度は案外相応しい制度かも、という気がします。しかし、その導入プロセスが、例によってお上からのお仕着せであるように思えてしまうのも、偽らざるところです。なんというか、日本人の民度向上の証としての司法への国民参加というより、この映画に描かれていたところの根本の精神をどこかに置き去りにしたままの、民主主義のうわべをなぞっただけの制度に思えてなりません。要するに、私たち日本人は、いつそんなことを望んだのか?(それこそ話し合ったのか、議論は尽くされたのか?)という違和感があるのです。

しかしまあ、いったん法として定められたら、それに従うのもまた、法治国家に生きる市民の定め(というのは「アンタッチャブル」(1987)に教えられた)。とはいえ、自分がもし裁判員に選ばれたとしたら、果たして本当に務まるのか、個人的感情を排し、"beyond a reasonable doubt"の精神でもって、人を裁くことができるのか、これっぽっちも自信がない、というのが正直なところです。

今現在、裁判員裁判は量刑判断が焦点となるもののみで、事実関係が争点となるケースはまだないようです。いずれは映画のような、被告が起訴内容を否認する事件や、あるいは被告の責任能力が焦点となるような事件も出てくるはずで、そんなケースに選任された裁判員には、相当な覚悟とエネルギー、そして知見が求められることでしょう。

陪審8番のように、というのは無理としても、せめて、論理とそれに基づく信念でもって、最後の最後まで、有罪を主張する陪審員4号くらいの冷静さと合理性を保ちたいものですが、何の訓練もなしに、素人の自分にそんなことがいきなりできるかといえば、やはりちょっと難しいだろうな、と思うのです。



十二人の怒れる男(原題: 12 Angry Men
製作国: 米国
公開: 1957年
監督: シドニー・ルメット
製作: レジナルド・ローズ/ヘンリー・フォンダ
脚本: レジナルド・ローズ
出演: ヘンリー・フォンダ/リー・J・コッブ/E・G・マーシャル/ジャック・ウォーデン
音楽: ケニヨン・ホプキンス
撮影: ボリス・カウフマン
編集: カール・ラーナー


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  • 2009-10-18 04:06
  • harunayamaneko
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[C368] こんにちは

私もこの作品大好きなんですよ~!
あの、見た目と内容の密度の濃さ、一度観たら忘れられませんよね。
でも、Mardigrasさんの記事を読んだら、わたしは”「偏見や責任感のない人々の”有罪”の主張を、8番が覆していく”というところに爽快感を覚えただけで、民主主義について考えてみるという姿勢が足りなかったと痛感しました!(一番印象に残っているのが、あの暑苦しい部屋にお手洗いがつながっている事だったりします。)
日本でも他人事ではなくなったことだし、わたしも自覚しないといけませんね・・・。
  • 2009-10-18 10:32
  • 宵乃からす
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[C373] >harunayamanekoさん

こんにちは、harunaさんの法廷モノ映画の記事、私も読んでますよ~。そのとき、あ、「十二人の怒れる男」について書かれてる、と、私も同じようなことを思ったのです(笑)。 裁判員、選ばれたらホントどうしましょう...

ちなみに私の好きな裁判の出てくる映画は、、、
「十二人の怒れる男」
「情婦」
「ア・ヒュー・グッド・メン」
「フィラデルフィア」
「ケイン号の叛乱」
「告発の行方」
「疑惑」
「真空地帯」
「私は貝になりたい」
「羅生門」
harunaさんがほかにどんな映画を挙げられていたか覚えてないので、、、これからもう一回、記事読ませていただきま~す!

[C374] >宵乃さん

一度観たら忘れられないし、それにネタバレしても、何度も楽しめる映画ですよね。ほんの100分足らずですが、ホントおっしゃるとおり、密度が濃いな~と思います。

手洗いがくっついてるせいで、鍵のかかった部屋から一歩も出ずに済むんですよね(出られないともいう)。あのシーンは、場面転換の少ないこの映画の貴重なアクセントになってたと思います。でもあれ、ホンモノの評議室もあんなふうな造りになってるんですかね。。。

この映画、ちょうど多感な(笑)高校生の頃に観たせいで、メッセージが必要以上に強く心に響いたんだと思います。社会にさまざまな問題や矛盾を抱えながらも、民主主義を信じて一縷の光明(陪審8番の存在)を見出す作り手のポジティブ感が伝わってきて、アメリカという国はいいな~、と単純に思わせられてしまいました。しかしそれにしても、裁判員になる可能性、あまりになじみがなさ過ぎて、ぴんとこないというか、正直、自覚を持つのは難しいですよねぇ。。。

[C376] 追伸

2度目のコメントになってしまいました。

裁判ものは、興味をそられますね!
どうしても付け加えてほしい映画・・・。

ポールニューマンの「評決」そして「評決のとき」
バートランカスターの「ニュールンベルグ裁判」
グレゴリーペックの「アラパマ物語」

切りがなかったでした。(笑)

「わたしは死にたくない」
「わたしは貝になりたい」

この2本の映画はあまりにも理不尽で
2度めを観ることができません!
わたしも貝になります。

「情婦」・・・・いいですね~。
  • 2009-10-21 05:44
  • harunayamaneko
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[C377] 管理人のみ閲覧できます

このコメントは管理人のみ閲覧できます

[C378] >harunayamanekoさん

再コメありがとうございま~す!

「アラバマ物語」は、実はリスト書いた後すぐに思い出して、しまった!と思ってしまいました(笑)。
そうだ、「評決」もありましたね!それからそうそう、グリシャム作品もすっかり忘れてました。
「ニュールンベルグ裁判」 と「わたしは死にたくない」 は、残念ながら観たことないんですよ。。。
そうそう、harunaさんがほかの記事で書かれていた、ジョン・フォードの「バッファロー大隊」も面白かったです!(法廷モノとは知らずに観たおかげで、余計に。。。)

[C379]

mardigrasさん、こんばんは、

相変わらず、素敵なCG ですね~。

ところで、私は、この映画の Remake しか見たことないんです。
自分が知っている?世代しか、わかることができないのだと思います。
この映画を観るたびに、「説得力」と言うのか、
起承転結を上手く説明できる、ある意味での役者が、
勝ってしまうのか、、、なんていつも思います。
私は、ふざけた?映画も大好きですが、
このような映画も大好きです!?

では、また~。

[C380] >kaoruさん

こんにちは~!
いつもお褒めのおことば、ありがとうございます!!
Remakeってもしかしたらロシアの映画でしょうか...WOWOWで放映するみたいなので、私も観てみようと思ってるんですよ。

記事には書かなかったのですが、この映画を観ると、会社勤めしてたときの企画会議を思い出すんです。自分の思ってる方向に話を進めて議論に勝つには、あらかじめシナリオを想定したロジカルな話しっぷりの一方で、ときにはエモーショナルなアピールも交えたりして、トータルな演出力が必要というか、kaoruさんのおっしゃるとおり、"役者"であることが求められるのかもしれませんね...

私だってフザけた映画、大好きですよ~(笑)!

[C381] Mardiさんお久ー

久しぶりにこちらへ伺いましたらこの静謐な男たちの姿が目に入り、う~ん、いいなぁ~映画よりモダンですっきりだなぁ~・・・というすぐの感想でした。

確かにこの映画は地味なのに何かが学べる映画、そして普遍な力強さを持つ映画であったと想います。

ヘンリーフォンダ=12人の怒れる男と私の頭の中にインプットされているようです。ウェスタン最盛期の当時のハリウッドでこのような映画が製作されたことにアメリカの良心をみることができ大好きな映画の一つであります。

記事を読んでると一つ一つの事柄が鮮やかに浮かんでくるようでいまさらながらMardiさんの描写力に感心しています。

  • 2009-10-28 21:49
  • ヘルブラウ
  • URL
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[C382] >ヘルブラウさん

こんにちは、お久しぶりで~す!
ありがとうございます、今回の絵は5人もいるので、いつもの5倍時間がかかってしまったんですよ~(笑)。実は最初、全員描こうと思ったんですが、いつまでも終わりそうもないのでやめました...

ヘンリー・フォンダっていうと、、、私はまず「荒野の決闘」のワイアット・アープが思い浮かんで、次がこの映画の陪審8号、って感じです。この映画はフォンダがもちろん主役ですけど、ほかの役者さんもそれぞれに見せ場があって、ホント地味なんですけど、みんながみんないいんですよねぇ~。

アメリカってほかの国と一緒でいろいろ問題ある国だと思いますが、なんだかんだ言って、こういうストレートすぎるような映画をてらいなく作ってみたり、自らの恥部に正面から向き合う映画をまじめに作ってみたり、なんだかそういう自助努力に長けてるところだとか、自浄作用のあるところが素直に凄いな~とかうらやましいな~と思います。

最近、更新をサボりがちなのですが、ぼちぼちアップしていきますので、またお暇なときに遊びに来てくださいね~!

[C383]

mardigrasさん、またまた、こんばんは。

私が知っている、Remake は、
12 Angry Men という90年代の物です。
Jack Lemmon、Courtney B. Vance、を筆頭に?
いい感じでした。

とりあえず、参考までに、、、
では、また、です。

[C385] >kaoruさん

アメリカでもリメイクされてたとは、全然知りませんでした...
ちょっと調べてみたら、ジョージ・C・スコットも出てるみたいですね(しかも陪審3番で!)。
ジャック・レモンもぴったりだし、これはけっこうよさそうですね~!
いつかきっと観てみます。情報、ありがとうございました!

[C393] こんにちは。

はじめまして、MOVIE-DICの白くじらと申します。

事件とはまったく関係のない人が、運命を決めるということは恐ろしくもあり、民主主義のいいところなのかもしれませんね。とはいえ、やはり個人的感情に左右されることもありえますし、作中でも各様様々な感情、性格の持ち主でした。まさにおっしゃられているとおりアメリカ社会の縮図ですね。

観賞した当時はまだ学生で、12人全員の意見の一致が必要であることも知りませんでしたが、なんでも多数決で決めることの多い世の中で素晴らしいことだと思いました。
話し合うということはとても大事ですね。

この作品では、ほとんど部屋の中だけでストーリーが進んでいるにもかかわらず、緊迫感があり、内容にあきることもなくラストまで食い入るように観てしまいました。
時に4番に汗を出るシーンなどいいですねぇ。

とはいえ、今回の結論は話し合いという良い面が見られたものの、次は彼らはいないところが恐ろしくもあり、逆に期待しなければならないところでしょうか。

トラックバックさせていただきました。

PS1.イラストが凄すぎます。当時が蘇ってきますね。
PS2.サイさんに誘われて今回の「ブログ DE ロードショー」に参加予定です。私のところでも記事を上げたときに発案者は「mardigrasさんと二人で」ということでしたのでリンクを貼らせて頂いております。以上、ご報告まで。問題があれば言ってくださいね。

[C394] >白くじらさん

はじめまして、コメントありがとうございます。

白くじらさんの記事も読ませていただきましたよ~。共感できる部分が多くて(「十二人の優しい日本人」の感想とか。笑)、面白く読ませていただきました。世の中が理性的で自立心のある人間ばっかりだったら、きっと陪審制も民主主義もパーフェクトなんでしょうね...私も観たのが学生のときだったのですが、それだから余計に、この映画のメッセージとテーマに感激してしまったんだと思います。10代なかばまではアクション映画ばっかり観てたものですが、思えばこの映画あたりの影響で、アクション以外の映画も面白いんだな~、と興味が広がっていった気がします。

「ブログDEロードショー」のページ、わざわざリンク貼っていただいてありがとうございます。でも私はたまたまきっかけになっただけで、このすばらしい企画はサイさんのアイデアなんですよ(笑)。
次回の映画も陪審制をテーマにした作品、、、楽しみですね!

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「ゴースト・イン・ザ・シェル」を観てきました。もちろん吹替版で。いや~、面白かった!

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