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[C429] やっぱり三十郎ですよね

これは私も大好きな作品で、Mardigrasさんの愛のこもった記事に、”うんうん、わかる!”と最初から最後まで共感しっぱなしでした。
イラストも、写真と見間違えてしまいそうな丁寧な描きこみで、ほんとにお好きな作品なぁと思いました。

わたしはこの作品を観て「こんなにも理想的な主人公がいたのか」と時代劇に興味を持てるようになったんですよ。これを観なければ「百万両の壷」とも出会わなかっただろうし、本当に観てよかったと思える作品です。

それにしても、椿の花にそんな苦労があったとは・・・。制限された中でより良いものをと工夫すればこそ、このような素晴らしい作品が生まれるのでしょうね。

[C430] >宵乃さん

ですよね~(笑)。やっぱり三十郎です!

イラストを描こうと思ってはじめて実感したんですが、この映画、背景の細部までピントが合っているので、ついつい細かく描きたくなってしまったんですね(笑)。それに、どの場面をとってみても、これ描きたいな~と思う美しい構図の映像ばっかりで、ホントすごい映画だな~と改めて思わされてしまいました。

宵乃さんの記事もさきほど読ませていただきました。まさに時代劇おそるべしですねぇ~!私も時代劇観るようになったのは「椿三十郎」のおかげです。そして笑える時代劇といえば...やっぱりコレと「百万両」が双璧ですね(笑)。

椿の花の苦労...それにしても赤より赤く見える黒を、って発想がそもそもすごいです。ホンモノ=リアルってわけじゃないことがよ~く伝わってくるエピソードだと思いました。

[C431] やっぱり三十郎ですよねぇ~ (笑)

こんばんは☆
mardigraぶし健在ですねぇ~☆
大分読むのも早くなりました。(笑)

名画座で観ている気分で・・・・。
うん!うん! とうなずきながら拝見させていただきました。
日本映画に疎い私には、良いきっつかけになった映画です。


。。。papaさん乱入

痛快娯楽時代劇の最高傑作と言えば
「椿三十郎」と「用心棒」
時代劇といえば東映でしたが、それとは全く違う泥臭い
人間味のある主人公で殺陣もすばらしく、
やはり黒沢明の演出は見事ですね!


Mさま~★
この映画にYAMANEKOんち飛びつくと思ったでしょう
その通り~~☆

    。。☆ あばよ ☆。。
        (笑)
  • 2009-12-10 02:54
  • harunayamaneko
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[C432] >harunayamanekoさん

はは、釣れた釣れた~(笑)。

というのは冗談ですが、やっぱり三十郎!なので今回は特に長くなってしまいました。次からもっと短くなる予定です(笑)。思えば私も、これ観たころから、日本映画の名作をいろいろと漁って観始めるようになりました。

papaさんへ
「用心棒」と「椿三十郎」は、どっちも面白すぎて、実際のところ、甲乙付けがたいです。二つセットで最高傑作という感じですね!東映っていうと任侠モノってイメージなのですが、そのさらに前は、時代劇で一世を風靡していたんですねぇ...

[C433] 黒澤明の

時代劇ではやはり『7人の侍』が一番好きで、末期の『影武者』や『乱』は好きでないけど、『用心棒』と『椿三十郎』は好きです。どちらかというと『用心棒』の方が好きです。たぶん山田五十鈴が演じたあの女性像の印象が強いからだと想います。そして映画で表現されたアウトサイダーたちの生き方が当時かっこよく映りました。

山本周五郎の本は好きでいまでも本棚にならんでいます。
もっと彼の他の本、例えば『天地静大』とかの原作で時代劇黒澤映画を作って欲しかったとおもいます。Mardiさんもおもわれるように『椿三十郎』のシリーズ続けて撮って欲しかったですよねぇ~

この一枚目の絵の三船敏郎は実像よりすてきな気がします。
最後の絵はあの『どですかでん』の頭師佳孝?ですよねぇ~
黒澤映画の出演俳優はもう鬼籍に入った人の方が多くなってるとおもうのですが、彼もそうなんでしょうか?・・・、左ト全と同じで存在感があるようでないような面白い役者さんだったような気がします。

あまり『椿三十郎』とは関係ないことばかりのコメントで失礼しました。
  • 2009-12-12 05:54
  • ヘルブラウ
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[C434] ひょっとすると

最後の絵は年代からいっても仲代達矢かもしれないと思い直しています。

記事も斜め読みして、かなりいい加減ですんまへん!
  • 2009-12-12 06:07
  • ヘルブラウ
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[C435] >ヘルブラウさん

ヘルブラウさんは「七人の侍」、そして「用心棒」ですか...私はどちらも観たいのに観れない状態がかなり長く続いて(当時はレンタル・ビデオ屋もなかったので)、観れたときはうれしかったですね~。そして期待以上の面白さでした。「用心棒」のキッつい顔した山大五十鈴、確かによかったですね~。

山本周五郎は、年をとるごとに面白くなっていく気がします。日日平安の収録されている短編集も今回改めて読み返したのですが、あれ、こんなに面白かったっけ?と味わい深くて驚きました。私も「天地静大」大好きですよ!読んだのが学生の頃だったので、ひときわ印象深かったです。黒澤監督で映画が作られていたら、主役は誰がよかったですかね...う~ん、加山雄三でしょうか...

三十郎みたいに好きなキャラクターは絵を描いてても楽しいです。
最後の絵はひょっとしての方、仲代達矢です(笑)。たしかに鉢が開いてて、頭師佳孝にも似てますね。私は、実は描いてて、加山雄三みたいだと思ってました。いや~まだまだ修行が足りません(笑)。そういえば「どですかでん」も原作は山本周五郎ですね。ちなみに頭師佳孝は存命で、テレビに映画にご活躍のようですよ~(笑)。

[C988]

世界の黒沢、三船コンビは最高ですね。今観ても新鮮です。
やはり、初期のエンターテイメント作品はしびれますね。

[C991] >根保孝栄・石塚邦男さん

黒澤・三船コンビの作品群は、ホント信じられないくらい、綺羅星のごとき傑作のオンパレードですね...
両者の気合が呼応しあって、画面に渦巻く気が伝わってくるようです。「赤ひげ」以降、袂を分かってしまったのがホント残念です。
  • 2013-03-17 19:06
  • Mardigras
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[C996] 黒澤監督と椿三十郎の魅力

黒澤映画の醍醐味は「七人の侍」のキャラクターと劇つくりの面白さだろう。
出演者のいかんにかかわらず、シナリオや舞台設定が面白いので、誰が出演しても、魅力ある映画になる。

椿三十郎も舞台設定、キャラクター、シナリオがしっかりしてるので面白い。

[C1002] >根保孝栄・石塚邦男さん

おっしゃるとおり、「七人の侍」の醍醐味は、あの前半の仲間集めにあると思います。各々のエピソードも面白いし、観るたびに、あの前半があるからこそ、後半のドラマにあれだけの分厚さが生まれてるんだな~と思います。
  • 2013-03-24 10:18
  • Mardigras
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椿三十郎

おもしれぇ、やる気か!?
「椿三十郎」のイラスト(三船敏郎)

存じ、黒澤明の「椿三十郎」(1962)。痛快時代劇、いや痛快娯楽映画といってこれに並ぶ作品は、古今東西、もはや同じ三十郎が主人公の「用心棒」(1961)くらいしか思いつきません。

黒澤映画には、好きな作品がたくさんありますが、マイベストを挙げろと言われれば、「椿三十郎」。なぜならこれが、初めて観た黒澤映画だったから。そして、邦画にもこんな面白い映画があるのか!と、教えてくれた作品だったから。

私が「椿三十郎」を初めて観たのはテレビ放映でした。フジテレビのゴールデン洋画劇場で、時間枠を拡大した"ノーカット"放送。黒澤監督には、「白痴」(1951)を作ったとき、フィルムをもっと短かくしろと会社から命じられ、"そんなに切りたいならフィルムを縦に切れ"と抗議した、なんてエピソードがありますが、この、シネスコサイズで撮られた「椿三十郎」のテレビ放映は、時間だけでなく、横長の画面もノートリミングで、まさに文字通りの"ノーカット"。それまでお目にかかったことのない、上下に黒い帯のついた細長い画面(いわゆるレターボックス)の醸し出すホンモノ感が、やたらとありがたく思えたものです。

コレ観たのいつだっけ、と気になり、ちょっとググってみたところ、どうやら放映日は、1985年6月1日。私が高校三年生のときでした。高校三年といえば、「乱」(1985)を観た年でもあって、そうそう、そういえば、「椿三十郎」とほとんど同じタイミングで「乱」を観たんだよなあ、同じ時代劇なのに、まったく違うテイストでずいぶん驚いたっけなあ、と、黒澤映画を知ったばかりの頃の気分を懐かしく思い出しましたが、またちょっと気になり、「乱」の封切り日を調べてみると、なんとこれが、「椿三十郎」の放映日と同じ、1985年6月1日。おお、どうりで同じタイミングで観た気がするはずだ、「乱」を観たのは公開初日の朝いちだったから(こちらの記事)、要するにこの2本、同じ日に観てたんだ、そうかそうか。

あれっ!?...ってことは、もしかして、私が最初に観た黒澤映画は「椿三十郎」じゃなくて、「乱」?

いや~、ずいぶんと長い間、すっかり勘違いしていたことに、ひょんなことから気づいてしまいました。というわけで、いまさらながら、黒澤映画の中で「椿三十郎」がいちばん好き、であることの理由がなくなってしまったのですが、でもまあ、椿でも蘭(乱)でもいいじゃねぇか(三十郎調)ってことで...


かたっくるしいこと言いっこなし、痛快至極のアクション時代劇

文仕事がほとんどないとされる黒澤映画は、ときに人間の実像や理想像を追及するモラリスティックな作品、またときに政治的・社会的なメッセージの色濃く滲む作品、あるいは古今東西の名作に材をとった格調高い文芸作品、はたまたかたっくるしいこと言いっこなしの観客サービスに徹したエンターテインメント、さらには監督自身の画家志向や心情が強く反映された私小説的な作品、とまあ、そのテーマやジャンルは呆れるほどバラエティに富んでいて、作風をひとことで言い表すことばが見つかりません。

黒澤明という映像作家の興味と造詣が、いかに多岐にわたっていたのかということを改めて思いますが、しかしなんといっても凄いのは、ほぼどのタイプの作品群にも、そのジャンルの頂点を極めたような作品が、(ひとつならず)存在することです。

とはいえその真骨頂は、やはり、巧みなストーリーテリングの才を十二分に発揮した、とにかく観客を楽しませることに力のすべてを注ぎ込んだ、純度100%のエンターテインメントにあるのではないか――なぜなら黒澤明ほど、完成度の高い娯楽映画を高打率で連発した映画監督は、エンターテインメントの総本山ハリウッドを見渡してみても、ほとんど見当たらないと思うからです。

そして、そんな黒澤オモシロ映画の中でも、「用心棒」と並んで一、二を争う、ただひたすら娯楽に徹しきった作品が、この、「椿三十郎」。軽妙洒脱なコメディタッチのドラマに切れ味鋭いアクションをミックスさせた、ちょっと日本的な土壌で生まれたとは信じられない(それでいてまぎれもなく日本的な美しさに彩られた)、湿っぽいところのまったくない、からっとドライな時代劇です。



「椿三十郎」の原作について

三十作を数える黒澤映画のおよそ半分には、原作があります。「椿三十郎」もまた、そのうちの一本で、原作は、山本周五郎の「日日平安」。山本周五郎のいわゆる滑稽モノと呼ばれるジャンルの短編時代小説であり、映画の全編に漂う、ぬるま湯に浸かったような心地よい雰囲気は、原作の持つ味わいそのものといっていいでしょう。「日日平安」は、もともと堀川弘通が監督する予定で、黒澤明が脚本を執筆したものの、結局お蔵入りとなり、のちに「用心棒」の続編の企画が持ち上がった際に、あれが使えるぞ、ということで、菊島隆三、小国英雄、黒澤明が共同で、"三十郎モノ"として大幅に改稿した、という経緯があるそうです(DVDのコメンタリーより)。

藩政を壟断する奸物たちを、志ある若侍たちが、行きずりの浪人の助けを借りて成敗する、というプロットのアウトラインは、ほぼ原作そのままといっていいものですが、主役のキャラ変更にあわせ、エピソードの数々はがらりと書き換えられ、激しい立ち回りをところどころに散りばめたものに刷新されています。原作の主人公、菅田平野は、三十郎と違って腕前はからっきしの食い詰め浪人で、仕官したいがために涙ぐましい一計をもって騒動に首を突っ込み、知恵を絞って、その解決に手を貸します。

映画では、小林桂樹の演じるとぼけた侍に、そのイメージが反映されています(「日日平安」の企画段階では、小林桂樹が主役候補だった)。しかし、三十郎の性格が、「用心棒」の三十郎よりもいくぶん柔らかくなっているように感じられるのは(「用心棒」に比べ、腕にモノを言わせるのと同じくらい、当意即妙の知恵で立ち回るシーンが多い)、三十郎にも、菅田平野のDNAがほんのちょっぴり混じっているからでしょう。



もっともユーモラスでもっとも凄惨

椿三十郎」は、黒澤映画の中でもっともユーモラスな作品であると同時に、もっとも凄惨な作品でもあります。この映画のなにより優れていると思うところは、その弛緩と緊張の、とんでもない落差にあります。柔らかなドラマと凄みあるアクションの振り幅、そして、その相反するムードを一息に縮めるキワの滑らかさとスピード感――おっとりしたムードのドラマに油断していると、とつぜん、つむじ風が巻き起こるように怒涛の立ち廻りが始まって、アッと息を呑みます。

前作の「用心棒」も、ところどころにギャグの仕込まれた作品ですが、「椿三十郎」は、原作の影響か、続編ゆえの余裕か、それこそドラマ全体が、心地よいユーモアにくるまれた作品です。"死ぬも生きるもわれわれ九人"の生真面目だけど浅はかな若侍たちが、シネマスコープの横長の画面にずらずらっと雁首を並べ、"金魚のうんこ"のように一列に繋がって右往左往する構図の道化じみた可笑しさは、ほかの黒澤作品では、あまりお目にかかれないものです。

そしてそこに加わる、"いや、十人だ"の三十郎。三船敏郎という、おっかない面構えをした役者の見せる喜劇的な表情やしぐさは絶品で、若侍たちとの掛け合い漫才みたいなやり取りはむろん、この怖いものなしの男が、城代家老の奥方にだけは調子を狂わせられてしまうのが、愉快。

馬草小屋の乾草に寝転んだ奥方と息女が、窮地にあって暢気な会話を交わしているのを、乾草の陰からひょこりと顔を覗かせた三十郎が、困ったような表情を浮かべてそっと聞き耳を立てている様子だとか、椿屋敷に乗り込む直前、襖の文字をぐじぐじなぞりながら、女性二人ののんびりしたやり取りをガマンしている様子だとか、画面のユーモラスな構図の効果もあって、何度観ても笑えます。

そして、そんなおっとりムードをいきなりぶち破る、ときに痛快、そしてまた、ときにとんでもないおそろしさを感じさせる立ち廻り。たとえば、城代家老の屋敷に軟禁された奥方と息女を救出する場面。植栽の陰に隠れて様子をうかがっていた三十郎と若侍たちが、いざ行かんとしたその瞬間、室戸半兵衛(仲代達矢)の姿を見つけて慌てて引っ込むコミカルな展開から一転、半兵衛の姿が消えた途端、それともやれとも言わずに全員がさっと立ち上がり、勇壮でリズミカルな音楽に乗せて、疾風のごとく三人の見張りを急襲するという、その静から動、緩から急への胸がすくような、鮮やかさ。

また、大目付の屋敷に捕縛された若侍たちを助けるため、三十郎がその場にいた大目付の配下を片っ端から、無抵抗の門番をも含めて一息に皆殺しにしてしまう、その、あっと驚く非情で残酷な展開。

そしてなんといっても、城代家老(伊藤雄之助)の馬面を嗤う脱力のエピソードの直後に用意された、脚本に"これからの二人の決闘は、とても筆では書けない"と記された、三十郎と室戸半兵衛の、まさに息が詰まるような、クライマックスの居合勝負――。

初めて観たときは、このクライマックスにはホント、度肝を抜かされたものです。なぜなら、この春風駘蕩たる雰囲気を漂わせた映画の最後の最後に、こんな凄惨な場面が待っていようとは、これっぽっちも思わなかったから。

両者ともぴくりとも動かないままに過ぎていく、とんでもない長さの睨みあい。観ているこっちの息が切れそうになったそのとき、突如として切り結ばれる居合い抜きの技は、あまりに早すぎて、いったい二人の刃がどう交錯したものか、その太刀筋はさっぱり見えません。そしてその刹那、刀を振り下ろしたままのかっこうで、噴水のように血潮を吹き上げ絶命する、室戸半兵衛。

静から動、緩から急、ここに極まれりの衝撃。この異様な緊迫感は、何度観返しても、一向に衰えることがありません。とにかく、こんな爆発力をもった殺陣を観たのは、あとにも先にもこれっきりです。



黒澤映画の虚構を支えるリアリティ

澤監督は、"嘘"をつくのが滅法うまい監督です。言い換えれば、虚構の世界をもっともらしくみせる演出が抜群に上手な監督です。もっともらしさとは、要するに、作りごとであることを忘れさせてくれるリアリティのことであり、そしてそんなリアリティは、演出や脚本のみならず、演技から撮影から音響からセットから衣装から小道具からロケーションから、それこそスクリーンを通じて目と耳に伝わるすべての要素から生み出されるものでもあります。

リアリティを感じられるかどうかは、その映画の世界にのめり込めるかどうかの分岐点です。自身の経験や知識、モノの考え方や感じ方といった主観的な物差しと(無意識のうちに)照らし合わせて、その虚構のリアリティがあまりに不自然だったり不完全なものだったりすると、途端に興醒めしてしまうというか、ドラマに夢中になりようがないというか。逆に、よくできた映画に感じるリアリティは、それ自体がひとつの経験値となって、以降に観る映画に期待するリアリティのハードルを、一段アップさせてしまったりもします。そして、これがよくできた黒澤映画ともなると、ハードルの高さが一気に何段分も上がってしてしまうような、段違いのインパクトがあるのですね。

私にとって「椿三十郎」は、まさにそんな一本でした。この映画を観たせいで、時代劇に期待するリアリティのハードルが、地面すれすれから天井近くまで、一気に跳ね上がってしまいました。なにせ、当時の私にとって時代劇といえば、テレビの一時間ドラマだったところに、黒澤明の「椿三十郎」。ストレートな正義の味方、「銭形平次」とはひと味もふた味も違う捻くれたヒーロー像。同じ勧善懲悪モノでありながら、毎度お馴染みの「水戸黄門」とは異なる、桁外れに練りこまれた理詰めのストーリー。そして「遠山の金さん」や「大岡越前」とはずいぶん趣を異にした、登場人物たちの立ち居振る舞いや見た目、風景、風俗。とまあ、なにからなにまで、あまりといえばあまりの違いに、それまで観ていたテレビ時代劇の世界が、一気に陳腐化してしまいました。はっきり言って、こんなの観てしまったら、ハードルが上がりすぎてしまって、もう二度と、「水戸黄門」なんか観れやしないのです(というのはうそですが)。



無敵の男、三十郎の人間味

「あの男、何をしでかすかわからん。化け物だぜ、ありゃ」

機略縦横にして無類の腕っ節、豪胆でふてぶてしくてユーモアもあって、実は人情家で、何ものにも縛られない余裕綽々の男、"もうすぐ四十郎"こと三十郎を評して、田中邦衛が演じる若侍の一人が口を尖らせながら、そうつぶやきます。

出自も経歴も本名さえも不明、「七人の侍」(1954)の勘兵衛以下七人全員を足して割ったかのような、規格外の浪人の肩書きとして、"化け物"とは、これほど的を得た表現はないでしょう。弱きを援けずにはいられない倫理観の持ち主でありながら、三十郎が(スーパーマンのようなわかりやすい正義漢ではなく)"何をしでかすかわからない化物"であるのは、その行動規範の得体の知れなさと容赦のなさにあります。なにせ三十郎は、前作の「用心棒」で、ほとんど退屈しのぎのオモシロ半分で、ひとつの宿場町をぶっ壊してしまうのです。

とはいえ、そんな三十郎の"何をしでかすかわからない化物"性は、"てめぇらのやることは危なっかしくて見ちゃいられん"と、初心な若侍たちに行きがかりの同情心から与する、この「椿三十郎」において、かなり"得体の知れる"ものになっていたりもします(ただし相変わらず、"容赦"はない)。たとえば、「用心棒」で怖いものなしだった三十郎は、この映画では、"少し足りねぇのさ"というくらいにイノセントな城代家老の奥方を前にすると、まるで借りてきた猫みたいに頭が上がらなくなってしまいます。そして、この奥方が、

「あなたは、なんだかギラギラしすぎてますね。抜き身みたいに。あなたは、鞘のない刀みたいな人。よく斬れます。でも、本当にいい刀は、鞘に入ってるもんですよ」

などと箴言めいた忠告をすると、三十郎はそれに対し、実に居心地の悪そうな渋面を浮かべ、押し黙ってしまうのですね。"抜き身の刀"という表現は、どちらかといえば「用心棒」の桑畑三十郎に相応しいものであって、「椿三十郎」の三十郎は、その行動に、言われるほど、その切っ先がどちらを向いているかわからないようなアブなさは、感じられません。「椿三十郎」の三十郎は、「用心棒」の三十郎と比べると、その"化物"の皮を一枚、脱ぎ捨てている感じなのですね。

とはいえ、それでもこの、"化物"とか"抜き身の刀"という表現に激しく納得してしまうのは、三十郎を演じる三船敏郎が、その表情と佇まいから、それこそ"ギラギラした抜き身の刀のような"尋常でないエネルギーを発散し、そして何もかもを見下ろして余裕綽々の"化物"のような貫禄を漂わせているからです。要するに、三船敏郎だからこその説得力というか、三船敏郎が三十郎を演じているからこその"化物だぜありゃ"、であり、また"あなたは抜き身の刀みたいですね"、なのですね。

前述のとおり、映画の終盤近く、捕らえられた若侍たちを救出するため、三十郎が二十人ほどの大目付の郎党を、一息に斬り伏せるシーンがあります。その、一気呵成の殺陣の迫力と凄みもさることながら、今観ても感心してしまうのは、かたをつけたあとの三十郎が、肩でぜえぜえはあはあと、大きな息をしていることです。桃太郎侍も金さんも助さんも格さんも、およそテレビ時代劇のヒーローは、どれほど大人数を相手に立ち廻ったあとでも呼吸ひとつ乱さずにいたものですが、よく考えてみれば、そんな激しく動き回ったあとで涼しい顔をしていられるはずがないのであり、つまりこのぜえぜえはあはあが、ひとりが二十人を一気に切り伏せるという虚構を支えるリアリティになっているのだなあと思います。

それから三十郎は、興奮冷めやらぬ憤怒の形相で、「てめぇたちのお陰でとんだ殺生をしたぜ」と、救け出した若侍たちを怒鳴りつけ、怒りに任せて撲り倒します。人間離れした荒業の直後に描かれる、この、血の通った人間味。こうしたディテールの演出こそが、リアリティを分厚くするのであり、ソツがないというか、まったく隙がありません。



時代考証のリアリティと、セットとロケーションのスケール感

澤映画に見られる巨大なスケールのオープンセット、そして壮大なロケーションは圧巻です。この映画でいえば、たとえば大目付の役宅のあっと驚く巨大な門構えをはじめ、おそらく五~六十メートルは続いているであろう塀囲いに、どーんと幅の広い往来、さらには辻の四方に建ち並んだ屋敷や画面の奥の掘割に掛かる木橋――とまあ、それはテレビの時代劇ではまったくお目にかかったことがないスケール感であり、巨大であること自体に、(本当にそんな巨大なものであったのかどうかは別にして、)作り物であることを忘れさせるリアリティが宿っています。

「椿三十郎」のイラスト(大目付の役宅と三船敏郎)

さらには松林に囲まれた街道筋の黒藤別邸、段差のある漆喰壁にぐるりと取り囲まれた椿屋敷、クライマックスの一騎打ちが行われる広々とした街道辻――とまあ、書き出せばキリがないのですが、厳密な時代考証に基づいたものであろう大規模なオープンセットや、念入りに選ばれたのであろうロケ地のひとつひとつが、その、いかにも手抜きのなさそうな(お金のかかっていそうな)説得力ある質感と、巨大なものをさらに巨大に感じさせるローアングルのカメラワークともあいまって、これ、本当に江戸時代に撮影された映像なんじゃないか、とみまがうようなリアリティを醸し出しています。



時代風俗のリアリティ

場人物のメイクが、テレビの時代劇で目にするものと大きく異なっていたことにも、ずいぶん驚かされてしまったものです。たとえば鬘(かつら)。テレビ時代劇の髷(まげ)といえば、たいてい蒲鉾みたいにぶっとくて大きいものと相場が決まっていて、侍も町人もみな同じかたちなのですが、「椿三十郎」では、総髪の三十郎はともかく、冒頭から登場する若侍九人からして、みな月代(さかやき)の広さや剃り際のかたちが微妙に異なっていて、さらに志村喬や藤原釜足が演じる年寄りの侍になると、年齢なりの髪の量に応じた細く小さいちょん髷がちょこんと乗っていたりして、これを観てはじめて、確かにこうじゃないとおかしいよな!と気づかされたものです。

この映画に描かれた女性のメイクはさらなる衝撃で、入江たか子が演じる城代家老の奥方が眉毛を剃り落とし、さらに、その口の中が真っ黒だったことには、ホント、ギョッとさせられたものです。なにせ、銭形平次のおカミさんも大岡越前の奥方も、眉毛はふさふさ、歯は真っ白で、江戸時代の既婚女性に引眉だとか鉄漿(おはぐろ)なんて習慣のあったことをまったく知らなかったからです。

そして、そんな奥方と娘のおっとりした所作に、間延びした口調――武家の女性って、きっとこんなんだったんだろうなあ、と、実際はどうだったのか知らずとも、思わず納得させられてしまう雰囲気を醸し出していて、テレビの時代劇や昨今の時代劇映画に出てくる女性が、いくら髷を結って着物を着ていても、現代女性のコスプレにしか見えないのは、鉄漿や引眉はともかく、結局、このあたりの立ち居振る舞いやしゃべり方が、いかにも現代人のそれだから、なのだと思います(いや、それは男の俳優も同じ)。



チャンバラのリアリティ・スタンダード

本刀を振り回したことのない人間にとって、"チャンバラ"は結局のところ、どこまでいっても現実味の薄いものでしかありませんが、しかし前述の、大目付の役宅で大立ち廻りを演じる三十郎が、一人を斬り伏せるごとに、返す刀で二太刀目を浴びせる迫真性には、う~ん、芸が細かい、と感嘆してしまいます。そして、なんといっても、クライマックスの居合勝負が、いかにリアルに振付けられたものであったのかは、DVDに収録された殺陣師による再現を観ると、よ~くわかります(スローで何度も観返してようやく、なぜ同時に抜いたはずの三十郎の刀が半兵衛の先を取っているのかがわかる)。

また、時代劇の斬り合いで、ズブッとかブスッといった、いかにもそれっぽい擬音が被さるようになったのも、あるいは斬られてバッと血が噴き出す演出も、すべてはこの作品の前作、「用心棒」から始まったことだそうです(DVDのコメンタリーより)。どちらも今となっては、時代劇に限らず、殺陣のリアリティを演出する手段として、当たり前すぎるほど当たり前となっていて、特に殺傷音は、かなりチープなドラマにおいても当たり前に使われているがゆえ、かえって嘘くささを感じてしまったりするほどです。

黒澤映画には、時代劇に限らず、そういったリアリティのスタンダードとでも言いたくなる発明や工夫がいろいろと施されていて、ドラマそれ自体とはまた別のところで、面白さを味わわせてくれます。



三寒四温の季節感

た黒澤監督は、季節感を捉えるのがとても上手な監督です。映画の中に描かれる花鳥風月に、四季の微妙な移り変わりを感じることは、自分が日本人だからでしょうか、特に邦画を観るときの大きな楽しみのひとつであり、またその季節感自体が、リアリティを生み出す大きな要素となっていたりもします。「椿三十郎」も、ほかの黒澤映画と同様、季節感が見事に表現された作品で、映画全体を通じ、春の足音が聞こえはじめた時候の水ぬるむ生温い空気感が伝わってきて、うっとりさせられます。

まずは、なんといっても、タイトルにもなっている、"椿屋敷"の庭に咲きほこる、実に壮観な、紅白とりどりの椿。これ、黒澤監督が、椿の赤にパートカラーを使いたがったものの、技術的にどうしても不可能だったのだそうです。いや~よかった、技術的に不可能で。「天国と地獄」(1963)のように、パートカラーであることがストーリーの展開上必要不可欠なわけでなし、もしこの映画の椿だけに赤く色がついていたら、かなり不自然だったのではないでしょうか。

そして、そんなアイデアよりも遥かに感動的なのは、椿をより椿らしく、椿の赤をより赤らしく見せようという工夫。モノクロで見たときに、より赤らしさを感じさせる黒の色をいろいろと研究した上で造花に色付けし、すぐダメになってしまう椿の葉の代わりに榊の葉をくくりつけ、それでも1日でダメになるので毎朝200個ほど新しい花を用意しなおして、目立つ位置にある花を付け替えていたのだそうです(DVDのコメンタリーより)。いや~、すごい。まったく、そこまでやるからこそ、あの、春が匂ってくるかのような季節感が生まれるのでしょう。

この椿、クライマックスでの活かされ方が鮮やかなのはいうまでもありませんが、もはやこれまでと覚悟した大目付が、ガックリと項垂れるのに合わせて、一輪の椿がポトリと泉水に落ちるカット――これがまた、切腹して果てる(=介錯される)大目付を暗示して、まったく見事というほかありません。

また、若侍たちが身を隠す、庭に疎水の流れる寺田家の風情が素晴らしい。この映画とちょうど同じ頃に観た、溝口健二の「武蔵野夫人」(1951)も、こんこんと清水の湧き出る"庭に流れのある家"が舞台になっているのですが、どちらの映画も、さらさらと心地よいせせらぎが微かに聞こえてきたりして、実に風流です。「椿三十郎」では、水の音とともに、椿の生垣から鶯(うぐいす)の鳴き声が響いてきて、ここでもまた、早春のほのかな暖かさを感じさせています。かと思えば、夜の辻を走る若侍たちの足元に吹く一陣の風に、木の葉がぴゅーっと舞い上がる様子をローアングルで捉え、まだ春になりきらない季節の夜の寒さを演出したりもしています。

そして鳥といえば、忘れられないのがクライマックスの決闘場面。三十郎と半兵衛が無言で睨みあいを続けるその後ろで、なんとも長閑に雲雀(ひばり)が囀っているのです。ただでさえ息が詰まるようなとんでもない緊迫感を、二倍にも三倍にも膨らまそうかという、自然を取り込んだ、そのおそるべき対位法。もう、ニクいほどに効果的なのであります。



モノクロだからこそのリアリティ

椿三十郎」に強いリアリティを感じるもうひとつの理由――それは、この映画がモノクロだということです。これはもう、個人的な感覚でしかありませんが、私の場合、描かれている時代が古ければ古いほど、どうやらモノクロ映像の方が、しっくりくるようです。

「椿三十郎」のイラスト(仲代達矢と三船敏郎)

自分の生まれた頃(ちょうどテレビの映像がモノクロからカラーに切り替わる頃)を境に、それより昔の時代は色がないモノクロの世界だった、と心のどこかで思い込んでいるというか、視神経にそう刷り込まれてしまっているというか。おそらく、昔のリアルな世界の映像(あるいは写真)をモノクロでしか見たことがない、というのがその理由のような気もするのですが、ホントのところは自分でもよくわかりません。

以前、「映像の世紀」という、20世紀を映像で振り返ったNHKの特集番組がありました。その、貴重なフィルム・ライブラリーの中に、GHQが撮影したという、敗戦直後の日本のカラー映像があったのですが、そんな映像が存在していたということに驚く一方で、実に本末転倒ながら、終戦直後の焼け野原や田舎の風景に色がついているということに、妙な違和感を覚えてしまったものです。

ところが面白いことに、こんなことを感じるのは、あくまで日本を舞台にした邦画に対してだけであって、古い時代を描いたカラーの洋画を観ても、特にこれといった違和感がありません。日本人の私にとって、日本と地続きでない世界の歴史自体、ハナからファンタジックなものだからでしょうか。

*        *        *

全三十作を数える黒澤作品、むろんすべてが上手に嘘をついていると思えるものばかりではありませんが、無条件に面白いと思う作品は例外なく、いかにそれが荒唐無稽なドラマであろうとも、あの手この手の"もっともらしさ"の演出によって、そのお話がまるで実際に起こったかのような、またそのキャラクターが実在していたかのような、もっといえば、その映画がその時代の記録映像であるかのような、ふとそんな錯覚を覚えてしまうくらいの"リアリティ"を感じさせてくれます。そして、この上なく破天荒でファンタジックな、「椿三十郎」という時代劇の無類の面白さもまた、妥協のない完璧主義によって積み重ねられた、リアリティあるディテールの賜物ではないか、と思うのです。

*        *        *

半兵衛との決闘を制し、若侍たちを怒鳴りつけ、肩をひとつくいっと捻り、「あばよ」とどこかへと去っていく三十郎の後姿を捉えたエンディング。「用心棒」の、あの、うきうきするようなテーマ曲が高らかに、誇らかに流れます。これ、「用心棒」の終わり方とまったく一緒なのですね。ああ、黒澤監督に、この調子で三十郎の三作目を作ってほしかったなあ...このエンディングを観るたび、いつもそう思ってしまいます。



椿三十郎 (英題: Sanjuro
公開: 1962年
監督: 黒澤明
製作: 田中友幸/菊島隆三
脚本: 菊島隆三/小国英雄/黒澤明
原作: 山本周五郎(「日日平安」
出演: 三船敏郎/仲代達矢/加山雄三/田中邦衛/小林桂樹/入江たか子/伊藤雄之助
音楽: 佐藤勝
撮影: 小泉福造/斎藤孝雄
美術: 村木与四郎


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コメント

[C429] やっぱり三十郎ですよね

これは私も大好きな作品で、Mardigrasさんの愛のこもった記事に、”うんうん、わかる!”と最初から最後まで共感しっぱなしでした。
イラストも、写真と見間違えてしまいそうな丁寧な描きこみで、ほんとにお好きな作品なぁと思いました。

わたしはこの作品を観て「こんなにも理想的な主人公がいたのか」と時代劇に興味を持てるようになったんですよ。これを観なければ「百万両の壷」とも出会わなかっただろうし、本当に観てよかったと思える作品です。

それにしても、椿の花にそんな苦労があったとは・・・。制限された中でより良いものをと工夫すればこそ、このような素晴らしい作品が生まれるのでしょうね。

[C430] >宵乃さん

ですよね~(笑)。やっぱり三十郎です!

イラストを描こうと思ってはじめて実感したんですが、この映画、背景の細部までピントが合っているので、ついつい細かく描きたくなってしまったんですね(笑)。それに、どの場面をとってみても、これ描きたいな~と思う美しい構図の映像ばっかりで、ホントすごい映画だな~と改めて思わされてしまいました。

宵乃さんの記事もさきほど読ませていただきました。まさに時代劇おそるべしですねぇ~!私も時代劇観るようになったのは「椿三十郎」のおかげです。そして笑える時代劇といえば...やっぱりコレと「百万両」が双璧ですね(笑)。

椿の花の苦労...それにしても赤より赤く見える黒を、って発想がそもそもすごいです。ホンモノ=リアルってわけじゃないことがよ~く伝わってくるエピソードだと思いました。

[C431] やっぱり三十郎ですよねぇ~ (笑)

こんばんは☆
mardigraぶし健在ですねぇ~☆
大分読むのも早くなりました。(笑)

名画座で観ている気分で・・・・。
うん!うん! とうなずきながら拝見させていただきました。
日本映画に疎い私には、良いきっつかけになった映画です。


。。。papaさん乱入

痛快娯楽時代劇の最高傑作と言えば
「椿三十郎」と「用心棒」
時代劇といえば東映でしたが、それとは全く違う泥臭い
人間味のある主人公で殺陣もすばらしく、
やはり黒沢明の演出は見事ですね!


Mさま~★
この映画にYAMANEKOんち飛びつくと思ったでしょう
その通り~~☆

    。。☆ あばよ ☆。。
        (笑)
  • 2009-12-10 02:54
  • harunayamaneko
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[C432] >harunayamanekoさん

はは、釣れた釣れた~(笑)。

というのは冗談ですが、やっぱり三十郎!なので今回は特に長くなってしまいました。次からもっと短くなる予定です(笑)。思えば私も、これ観たころから、日本映画の名作をいろいろと漁って観始めるようになりました。

papaさんへ
「用心棒」と「椿三十郎」は、どっちも面白すぎて、実際のところ、甲乙付けがたいです。二つセットで最高傑作という感じですね!東映っていうと任侠モノってイメージなのですが、そのさらに前は、時代劇で一世を風靡していたんですねぇ...

[C433] 黒澤明の

時代劇ではやはり『7人の侍』が一番好きで、末期の『影武者』や『乱』は好きでないけど、『用心棒』と『椿三十郎』は好きです。どちらかというと『用心棒』の方が好きです。たぶん山田五十鈴が演じたあの女性像の印象が強いからだと想います。そして映画で表現されたアウトサイダーたちの生き方が当時かっこよく映りました。

山本周五郎の本は好きでいまでも本棚にならんでいます。
もっと彼の他の本、例えば『天地静大』とかの原作で時代劇黒澤映画を作って欲しかったとおもいます。Mardiさんもおもわれるように『椿三十郎』のシリーズ続けて撮って欲しかったですよねぇ~

この一枚目の絵の三船敏郎は実像よりすてきな気がします。
最後の絵はあの『どですかでん』の頭師佳孝?ですよねぇ~
黒澤映画の出演俳優はもう鬼籍に入った人の方が多くなってるとおもうのですが、彼もそうなんでしょうか?・・・、左ト全と同じで存在感があるようでないような面白い役者さんだったような気がします。

あまり『椿三十郎』とは関係ないことばかりのコメントで失礼しました。
  • 2009-12-12 05:54
  • ヘルブラウ
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[C434] ひょっとすると

最後の絵は年代からいっても仲代達矢かもしれないと思い直しています。

記事も斜め読みして、かなりいい加減ですんまへん!
  • 2009-12-12 06:07
  • ヘルブラウ
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[C435] >ヘルブラウさん

ヘルブラウさんは「七人の侍」、そして「用心棒」ですか...私はどちらも観たいのに観れない状態がかなり長く続いて(当時はレンタル・ビデオ屋もなかったので)、観れたときはうれしかったですね~。そして期待以上の面白さでした。「用心棒」のキッつい顔した山大五十鈴、確かによかったですね~。

山本周五郎は、年をとるごとに面白くなっていく気がします。日日平安の収録されている短編集も今回改めて読み返したのですが、あれ、こんなに面白かったっけ?と味わい深くて驚きました。私も「天地静大」大好きですよ!読んだのが学生の頃だったので、ひときわ印象深かったです。黒澤監督で映画が作られていたら、主役は誰がよかったですかね...う~ん、加山雄三でしょうか...

三十郎みたいに好きなキャラクターは絵を描いてても楽しいです。
最後の絵はひょっとしての方、仲代達矢です(笑)。たしかに鉢が開いてて、頭師佳孝にも似てますね。私は、実は描いてて、加山雄三みたいだと思ってました。いや~まだまだ修行が足りません(笑)。そういえば「どですかでん」も原作は山本周五郎ですね。ちなみに頭師佳孝は存命で、テレビに映画にご活躍のようですよ~(笑)。

[C988]

世界の黒沢、三船コンビは最高ですね。今観ても新鮮です。
やはり、初期のエンターテイメント作品はしびれますね。

[C991] >根保孝栄・石塚邦男さん

黒澤・三船コンビの作品群は、ホント信じられないくらい、綺羅星のごとき傑作のオンパレードですね...
両者の気合が呼応しあって、画面に渦巻く気が伝わってくるようです。「赤ひげ」以降、袂を分かってしまったのがホント残念です。
  • 2013-03-17 19:06
  • Mardigras
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[C996] 黒澤監督と椿三十郎の魅力

黒澤映画の醍醐味は「七人の侍」のキャラクターと劇つくりの面白さだろう。
出演者のいかんにかかわらず、シナリオや舞台設定が面白いので、誰が出演しても、魅力ある映画になる。

椿三十郎も舞台設定、キャラクター、シナリオがしっかりしてるので面白い。

[C1002] >根保孝栄・石塚邦男さん

おっしゃるとおり、「七人の侍」の醍醐味は、あの前半の仲間集めにあると思います。各々のエピソードも面白いし、観るたびに、あの前半があるからこそ、後半のドラマにあれだけの分厚さが生まれてるんだな~と思います。
  • 2013-03-24 10:18
  • Mardigras
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管理人: mardigras
「氷壁」(1958)を観ました。穂高のロケ撮影が素晴らしい!

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「劔岳 点の記」を訪ねて
その後のシネマ・イラストレイテッド in TSUTAYA
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「ツィゴイネルワイゼン」を訪ねて(その2)
2014年イラスト・カレンダー
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