アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生

「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」のイラスト(ブルース・ブラザーズ)

メリカの肖像写真家、アニー・リーボヴィッツの半生を描いたドキュメンタリー映画、「アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生」(2006)。

先週、この映画の告知記事を書いたとき、そういえばドキュメンタリー映画って、映画館で観たことがないどころか、そもそもテレビやビデオでもほとんど観たことがない...ということに気がつきました。試しに観たことのあるものを片っ端から思い出してみると、どんなにがんばって記憶をほじくり返してみても、ほんの十本ちょっと。せっかくなので、書き出してみましょう。

「ボーリング・フォー・コロンバイン」(2002)、「ロジャー&ミー」(1989)、「華氏911」(2004)、「不都合な真実」(2006)、「世界残酷物語」(1962)(?)、「ブエナ・ビスタ・ソシアル・クラブ」(1999)、「ロスト・イン・ラ・マンチャ」(2002)、「砂漠は生きている」(1953)、「ビヨンド・ザ・マット」(1999)、「WATARIDORI」(2001)、「ダーウィンの悪夢」(2004)、「東京オリンピック」(1965)、「ゆきゆきて神軍」(1987)、「人間蒸発」(1967)(?)

とまあ、たったのこれだけ。しかもその大半は、テレビでたまたまやってるのをなんとなく観た、くらいのもので、自ら強い関心を持ってわざわざビデオを借りてきたのは、ほんのニ、三本。ドキュメンタリーがキライかといえばそんなことはなく、NHKあたりのテレビドキュメンタリーは好んで観ているので...ドキュメンタリー映画にあまり縁がないというか、いや、ドキュメンタリー映画に対してアンテナが働いておらず、そもそもその存在をキャッチできていない、といった感じでしょうか(上記に挙げた作品のほか、どんなドキュメンタリー映画があるのか、それすらよく知らなかったりする)。

そんなわけで、私にとって今回の映画は、もしなるはさんの推薦がなければ、その存在に気づかないまま、まず100%、この先ずっと観ることがなかっただろうと思われる一本。そんな、自分ひとりだったら金輪際、縁がなかったはずの映画にめぐりあうのが、この企画の楽しいところ、なんですね。

...とまあ、また例によって、どうでもいマクラをだらだら書いてしまいましたが、以下、映画を観ながら頭に浮かんできた感想を、つらつらとリアクション的に。

<邦題について>
この映画の原題は、"Annie Leibovitz: Life through a Lens"。これ、映画の冒頭で、"写真家の人生とは?"と尋ねられたアニーが、クルマを運転しながら答えるセリフ、"Just a life looking through a lens"からきてるのでしょう、きっと。アニー自身を描いた映画なので、邦題は、"レンズの向こうの人生"ではなくレンズのこっち側、"レンズ越しに世界を覗き続ける人生"みたいな感じであるべきではないでしょうか...

<写真(作品)と撮影風景の映像のギャップ>
冒頭、ジョージ・クルーニーと女性たちの海上の撮影風景の様子を捉えた映像のあとに映し出されたアニーの作品を目にして、思わず息を呑みました。写真それ自体のインパクトもさることながら、撮影風景のなんてことない記録映像と、アニーのカメラによって切り取られた一瞬の光景が、同じものを映している(写している)にもかかわらず、ほとんど別世界といいたいくらいに違って見えたからです。あれこれレタッチしまくっているにしろ、そのレタッチ後のイメージが、レンズを覗く彼女にだけは、はっきりくっきり見えているに違いないわけで、バッキンガム宮殿のキルスティン・ダンストしかり、プールや野原で遊ぶ彼女の子供たちしかり、写真集をめくるだけでは味わうことのできない、撮影風景の記録映像と作品の強烈なギャップの衝撃に、頭がくらくらしてしまいました。

<私の感想を代弁してくれたこの一言>
そんなわけで、アニー・リーボヴィッツをどう思うかという問いに対するたくさんの人たちのインタビューの中で、(この映画を通してしか、アニーもアニーの作品も知らない)私の感想をずばり代弁してくれた一言は、キース・リチャーズのこれ。

"彼女はオレが見えないものを見ている"

<アニーのプロフェッショナリズム>
ローリング・ストーン誌の専属カメラマンとして70年代を西海岸で過ごしたアニーは、おそらくリベラルに違いない...と思ったので、クリントン夫妻(やマイケル・ムーア)のみならず、ブッシュ・キャビネットのポートレイトを撮影していたことには、かなり驚きました。しかもこれがまた、頭にくるくらい、カッコよく写されているのですね。彼女はアーティストであるのと同じくらい、仕事人でもあるのだなあ、ということを感じさせる1枚でした。

<オノ・ヨーコについて>
ジョン・レノンがオノ・ヨーコに抱きついてる写真、とても有名なものだそうですが、初めて見ました。ジョンにとって、ヨーコがどんな存在だったのかがひしひしと伝わってきて、これを見て、オノ・ヨーコという人に、はじめて好感らしきものを覚えました。

<撮影スタイルの変遷>
ストーンズのツアーに同行して寝食をともにし、"被写体の一部"になりきってメンバーの舞台裏の姿をカメラに収めていた彼女のドキュメンタルなスタイルが、いかにして、徹底的に作りこんだコンセプチュアルで演出的なスタイルへと変貌していったのか――そのあたりの経緯を物語るエピソードが、とてもエキサイティングでした。

<写真というよりも"絵画">
ヴァニティ・フェアの編集者が、アニーのセット主義が次第にエスカレートしている、というようなことを語っていました。セットに凝れば凝るほど、出来上がった作品は、写真というよりも、ほとんど"絵画"のようです。クリスティーズの写真部門の責任者が、コマーシャリズムの観点から、彼女の作品をルネサンスの芸術作品にたとえていましたが、そもそもアニーの作品それ自体の質感が、細密に描かれた写実主義やロマン主義の絵画を思わせるところがあります(冒頭のジョージ・クルーニーの写真は、その構図といい、色彩といい、思わずジェリコーの"メデューズ号の筏"を連想してしまった)。


アニー・リーボヴィッツ レンズの向こうの人生
(原題: Annie Leibovitz: Life through a Lens
製作国 : 米国
公開: 2006年
監督: バーバラ・リーボヴィッツ
製作総指揮: スーザン・レイシー
製作: バーバラ・リーボヴィッツ
出演: アニー・リーボヴィッツ/オノ・ヨーコ/ミック・ジャガー/ミハイル・バリシニコフ
音楽: ジェームズ・ニュートン・ハワード


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[C490] こんばんは☆

お忙しい中、素敵なレビューを書いてくださり、有難う☆

mardigrasさんは、いつも思うのですが、私などの分からない「英語の微妙な言い回し?」などを、耳で聞いて理解されるから、イイなぁ~!と思っています。

そうですね、彼女は、皆と同じモノを見ているけど、違うモノを観てしまうのでしょうね。
青い色の顔も、ホントに単純な事なのに、すっごい迫力でしたね!

では、まだしばらくは皆さんのレビューを待ちたいと思います。今回も本当に有難う~♪
  • 2010-01-25 18:33
  • miri
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  • 編集

[C491] >miriさん

こんばんわ~。
ぜんぜん忙しくないんですが、今回は観るのがちょっと遅くなってしまいました...

"レンズの向こうの人生"という訳はぜんぜん間違ってないんですが、アニー自身の紹介映画なのに、とちょっと違和感があったのでした。それにアニー自身も、被写体の人生を捉えるなんてムリ、と映画の中で言っていたので...

優れた芸術家って、きっとみんな、フツーの人には見えないものを見てるんでしょうね。優れた仏師が、木片や石の塊の中に仏の姿をありありと見るように...

映画を観てるあいだ、なんでブルースブラザーズの顔を青く塗ったんだろう、、、と、ぼーっと思ってたんですが、いざイラストを描いてみて、顔を青く塗ろうとしたときに、あ、ブルースだからブルーなの?と、ようやく気づきました(汗)。

私もこれから、みなさんのレビューをゆっくり読ませていただこうと思いま~す。

[C492] ドキュメンタリーはあまり観なくて・・・

と思っていたら意外と31作も観てました。ちゃんと覚えている中で面白かったのは「皇帝ペンギン」「エマニュエルの贈りもの」「マーロン・ブランドのすべて」です。(関係ないですけどね~、アハハ)

わたしも邦題は引っかかるものがあって、CMを観た時に「レンズの向こうってどっち?誰の人生?」と家族と話しました。結局、「アニーの映画なんだから、被写体からみたレンズの向こうじゃないの?」という結論に。・・・納得はできませんでしたが(笑)

アニーがあの写真のような世界を見ているのだとすると、撮っても撮っても足りない、死ぬまで撮り続けたいという気持ちもわかる気がします。
昔見たアンビリバボーとか何とかいう番組で、音などが色や匂いになって認識されたりする共感覚というのを紹介していたけれど、彼女もそんな感じなんでしょうかね?興味深いです。
  • 2010-01-26 13:20
  • 宵乃
  • URL
  • 編集

[C493] 横から失礼いたします☆

宵乃さん、mardigrasさん、私、タイトルについて考えてみたのですが・・・

お二人のご意見を読むまであまり深く考えていなくて、多分、売る人の考えとしては、どういうふうにも受け取れる感じで、深く考えない私のように“さーっと通り過ぎる多くの人に向けてのタイトル”のような気が・・・。

今回、よく考えてみたのですが、アニーと被写体の間にはカメラが(レンズも)あるけど、この場合、アニーと私たち鑑賞者(映画館で・DVDで)の間にもあるカメラ(レンズ)の事で、私たちがそれを通してアニーの人生を見る・・・という感じではないかしら?と思いました。・・・いかがでしょうか?
  • 2010-01-26 16:36
  • miri
  • URL
  • 編集

[C494] こんばんは!!

今回の映画、観てくださってありがとうございます。
私も、おもしろいかどうかわからぬまま
ドキドキヒヤヒヤしながら観ました(笑)
でも、すごく熱い作品でした。
やっぱり彼女の写真に対する熱意が
すごく伝わるんだと思います。
暑苦しいのではなく、情熱的というか。

>"彼女はオレが見えないものを見ている"
これ、かなり重要な言葉でしたよね。
あれほどの作品は、アニーにしか撮れない理由ですね!

[C495] >宵乃さん

わはは、宵乃さんも数えましたか!!31作とはすごいですね~!
この映画を観たおかげで、これからはドキュメンタリー映画の放映を意識してチェックしてしまいそうです。

>被写体からみたレンズの向こうじゃないの?
なるほど~、そうきましたか。確かにその解釈もありですね(笑)。うまい!

撮影風景だけ観てると、正直、安いコスプレにしか見えなかったんですが...写真を見て、ホント、うわ~っ!て思いました。まさにアンビリーバブル...彼女には、あれが最初から、見えてるんでしょう。アニーはもしかしたら、被写体の姿に違う色彩や背景を知覚してるのかもしれませんね。ホント、この先も撮って撮って撮りまくって、彼女にしか見えてない世界をもっともっとシェアしてほしいと思います。

[C496] >miriさん

>アニーと私たち鑑賞者(映画館で・DVDで)の間にもあるカメラ(レンズ)の事で、私たちがそれを通してアニーの人生を見る...

なるほど~。宵乃さんのに続き、これも気づかなかったです。いや、うまい解釈ですね~!!

言い出しっぺの責任上、ネットでいろいろ調べてみたんですが、"Life through a lens"って、割合、よく使われてる言い回しみたいです。その際の意味は邦題のとおりで、レンズの向こうの被写体を指してるのですが、もしかしたらアニーが、この言い回しの言葉遊びか洒落のつもりで、カメラマンの自分を指して、"Life looking through a lens"と言ったのではないかという気がしました。で、映画のタイトル(原題)は、miriさんの解釈も含めた多重の意味を含んだものなのではないかと...

[C497] >なるはさん

いや~、面白い映画を選んでいただいて、ありがとうございました!

ホント、エネルギッシュで情熱的でしたね~。
映画の中で、ツラいときには写真を撮れば忘れられる、みたいなことを言ってたと思いますが、そこまで好きなことだからこそ、あそこまで情熱的になれるんでしょうね...

キースがいいこと言ってる一方で、ミック・ジャガーのコメントは当たり障りのないお世辞っぽくて、あまり深みがなかったような気がしました(笑)。

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